

1.BRICS外相会議
6月10~11日の両日、ロシア中部ニジニー・ノブゴロドでBRICS外相会議が開かれました。
議長国を務めるロシア政府によると、今年しから新たにイランやUAE(アラブ首長国連邦)などが加盟し、10ヶ国に拡大した形で意見が交わされました。
10日に纏められた共同声明では、加盟国外相は西側諸国による対ロ制裁を念頭に「一方的な強制措置への懸念」を表明していますけれども、該当すると思われる声明の箇所は次の通りです。
15. 閣僚は、国際法に違反する一方的なアプローチが世界経済と持続可能な開発に与える悪影響を認識した。閣僚は、国連憲章の原則に反し、特に開発途上国において経済成長、貿易、エネルギー、健康、食料安全保障に悪影響を及ぼす一方的な強制措置の使用について懸念を表明した。BRICS加盟国はウクライナ問題で、いずれも中立を保つかロシアに融和的な立場で、その大半は、ウクライナのゼレンスキー大統領の提唱でロシア抜きで15、16日の両日にスイスで予定される「平和サミット」への不参加を決めています。
16. 閣僚は、環境への懸念を口実にした、一方的かつ差別的な炭素国境調整メカニズム(CBAM)、デューデリジェンス要件、税およびその他の措置など、国際法に反する一方的、懲罰的、差別的な保護主義的措置を非難し、気候や環境に基づく一方的な貿易措置の回避に関するCOP28の呼びかけに対する全面的な支持を再確認した。閣僚はまた、世界のサプライチェーンと生産チェーンを意図的に混乱させ、競争を歪める一方的な保護主義的措置に反対した。
ロシアは、BRICSについて「新たな世界システムの中核になる」と主張し、拡大する加盟国との連携を強めるとともに議長国としての立場を最大限生かし、欧米側への対抗姿勢を強めていくとみられていますけれども、世界銀行によると、現在のBRICS加盟などの10ヶ国の人口を合わせると、36億1000万で世界の総人口のおよそ45%に上ります。
2.ドル離れは不透明
BRICSの専門家会議でトップを務めるビクトリア・パノワ氏は、NHKのインタビューでBRICSについて次のように述べています。
・BRICSの枠組みは強化され続けている。新たな世界システムの中核になる可能性があるパノワ氏はインタビューで脱ドルを進めることで欧米に対抗すると主張していますけれども、NHKメディア総局報道局国際部記者の油井秀樹氏は6月11日放送の「国際報道2024」で次のように解説しています。
・BRICSは、加盟国の数が増え、さらに多くの国が加盟を検討しており、国際秩序で主流になっていく
・今回の外相会議ではBRICSの拡大も主要なテーマになるす。
・非合法的で一方的な制裁はロシアだけでなくBRICS諸国すべてにとって容認できないものだ。ロシアの貿易総額のおよそ40%がBRICS諸国とのものだ。
・BRICS加盟国の経済的な連携やアメリカの通貨ドルからの脱却を進めることでロシアに制裁を科す欧米側に対抗していく
・G7やウクライナが提唱するスイスでの和平案の実現に向けた国際会議については、『どうでもいい』というひと言につきる。私が知るかぎりBRICSの首脳たちは、当事者のロシア抜きで開催される会議に行くつもりはないようだ
・ロシアはかつてG8の一員だったが、各国が建設的な姿勢をやめ、誰にとっても関心が失われた。植民地時代が終わったことを一部の西側諸国は理解していない。G7の議題は非友好的でありわれわれとの大きな違いはそこだ
・プーチン大統領は、先週の演説で、アメリカの通貨ドルなど西側諸国の通貨を「有害通貨」と呼び、西側通貨による貿易決済からの脱却を進めていくと改めて強調しました。このように、油井氏はドル離れといっても、実際どれだけ進むかは不透明であり、BRICSの「共通通貨」構想についても議論は尻すぼみになっていると述べています。
・さらに、プーチン大統領は、世界経済の将来を担うBRICSの枠組みで、BRICS加盟国のそれぞれの通貨による決済システムを増やしていく方針を訴えたのです。
・今回のBRICS外相会議では、この方針が確認されました。
・ロシア外務省が発表した共同声明では、「外相たちは、BRICS諸国間の貿易・金融取引における現地通貨の利用拡大の重要性を強調した」という文言が盛り込まれました。
・ただ、この文言が盛り込まれたのは今回が初めてではなく以前から盛り込まれていたものです。
・ロシア、それに今回BRICSの新たな加盟国になったイランにとっては、アメリカの経済制裁によって、ドルの決済システムから排除されているだけにドル離れを急ぎたい意向で、今後、実際にどれだけ進むかが焦点の1つとなっているのです。
・これに対して、アメリカのバイデン政権は基軸通貨としてのドルの立場は当面揺るがないという見方を示しています。
・ドルが基軸通貨ゆえに、アメリカは、自国の政治的立場を反映した効果的な金融制裁を発動できるわけです。
・それに対抗してBRICSの間では、2023年、BRICSの「共通通貨」を立ち上げるという議論もありました。ただ、実際に「共通通貨」を立ち上げるには加盟国の間で金融政策などで相当の調整が必要です。
・さらにドル決済の脱却をめぐっては加盟国の間で温度差や意見の違いもあることから「共通通貨」の実現に向けた議論はすでに尻すぼみになっているとみられています。
・BRICSは、10月にプーチン大統領が議長となってロシアで首脳会議を開く予定ですが、自らが目指すドル決済からの脱却に向けてどこまで加盟国と連携した方針を示せるのでしようか。
3.ニクソン・ショック
現在ドルは世界の基軸通貨ですけれども、基軸通貨とは、外国との貿易や資本取引などの経済取引において、その決済手段として用いられる通貨のことです。その最大の取引の一つに石油があります。
一般的に、産油国が原油輸出によって得た資金のことを、日本では「オイルマネー」と呼んでいますけれども、欧米では主に「ペトロダラー(Petrodollar)」と呼ばれています。ダラーとはドルのことであり、原油取引がドル建てで行われることに由来しています。
原油取引がドル建てでなければならないという国際的な取り決めはないのですけれども、これには歴史的背景があります。
過去を振り返ると、1960年代まで、中東の石油はアメリカの石油メジャーと呼ばれる企業が独占的に支配しており、石油取引は慣例的に米ドルで行われるとともに、産油国の主な資産もドル建てでした。
ところが、1971年、アメリカのリチャード・ニクソン大統領は、翌1972年の選挙に勝つため、物価高騰の抑制を図りました。そして、この年の8月、90日間の賃金・物価凍結、10%の輸入課徴金の導入を発表し、米ドルと金の交換を停止しました。いわゆるニクソン・ショックです。
ニクソン・ショック後、ドルは大幅に下落しました。
続いて、1973年、サウジアラビアをはじめとする中東の産油国は突如、原油価格を引き上げ、世界経済はパニックに陥りました。産油国がいきなり原油価格を引き上げた背景には、第4次中東戦争への反発の他、ニクソンショックに伴うドル建て資産の目減りを防ぐという実利上の目的もありました。
こうして、アメリカは深刻なインフレという最悪の事態に対処せざるを得なくなったのです。
一連の状態からドルを守るためにニクソン政権が選択したのは、米ドルと石油取引のリンクを強化するとともに、垂れ流されたドルを米国内に還流させ、ドルの暴落を防ぐという戦略でした。
1974年10月、当時のキッシンジャー国務長官がサウジアラビアを訪問し、「王家の保護を約束する見返りに原油輸出をすべてドル建てで行う」との合意をサウジアラビアとの間で成立させました。さらに、中東各国は、石油の販売で得たドルをアメリカの市場に投資させ、アメリカはバラ撒いたドルを回収するスキームを確立。これが現在の「ペトロダラー体制」の始まりです。
これにより、アメリカはドルを過剰に発行して輸入を拡大しても、最終的には自国に戻ってくるので、ドルの価値毀損を防げるようになりました。
一方、世界各国は石油が非常に重要な商品であることから、国際取引を円滑にするため、大量のドル準備金を保有する必要が出てきました。
この取引により、米ドルに対し人工的な一定の需要が生まれ、米ドルは世界の準備通貨として、そして取引における覇権的通貨として確立されることになったのですね。
また、投資家や各国政府などは、国債などの米ドル建ての資産を求めるようになり、アメリカ政府はより容易に財政支出と借入が可能になりました。
ほとんどの取引が米ドルで決済され、ほとんどの商品が米ドルで価格が設定されたことから、アメリカは相手国と取引するために通貨を換算する必要がなく、為替リスクと取引コストも軽減されました。
更に、経済制裁などの措置を口実に、アメリカが敵対国に対してアメリカドルシステムへのアクセスを遮断することもできるため、軍事的および政治的な力の維持にも貢献することとなり、アメリカの世界覇権の礎となりました。
4.崩壊するペドロダラー
今年1月、主要な産油国であるイラン、UAE、サウジアラビアがBRICSに加盟しました。
これにより、BRICSの世界石油輸出のシェアはほぼ40%(ロシアの11.8%+3国の25.5%)を占め、石油埋蔵量に関しては、約24%から42%になりました。
そして、そのサウジアラビアが6月9日に期限を迎えるアメリカとの安全保障協定を更新せず、失効させました。
この安全保障協定とは、先述した、1974年当時のアメリカのキッシンジャー国務長官がサウジアラビア当局と結んだ「サウジアラビアは、自国の石油をアメリカに売却する代わりに、アメリカが外国からの攻撃、特に自国の油田からの保護を保証する」協定です。
この協定を更新しないという重要な決定により、サウジアラビアは石油やその他の商品を米ドルのみではなく、人民元、ユーロ、円、元など複数の通貨で販売できるようになります。これは50年に及ぶ「ペトロダラー体制」からの大きな転換を意味します。
畢竟、世界的な米ドル離れを加速させるとも予想されています。
要するに、ドルの世界覇権を支えている柱の一つともいえる「ペトロダラー体制」の終わりの始まりともいえ、ある意味「ニクソン・ショック」に近いものに相当するのではないかと思います。
もちろん、これで、今日、明日に石油のドル取引が無くなる訳ではないでしょうけれども、サウジアラビアがBRICSに加盟したことを考えると、石油のドル取引割合が低下することは間違いないでしょう。もしかしたら、これを機に、世界秩序が大きく変わることになるかもしれませんね。
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