

1.プーチン大統領のウクライナ和平案
6月14日、ロシアのプーチン大統領は、ロシアが各国に派遣する大使をモスクワに集めた会議で演説し、ウクライナでの停戦条件について言及しました。
・ロシアが部分的に占領している4つの地域(ドネツク、ルハンスク、ヘルソン、ザポリッジャ各州)から、ウクライナ軍が撤退すること更に、プーチン大統領は、2014年のマイダン革命の経緯を振り返りつつ、次の条件にも触れています。
・ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)加盟を完全にあきらめること
・ウクライナでロシア語を話す市民の権利、自由、利益は完全に確保このプーチン大統領の演説には、英語の通訳も付けていたそうですかから、西側諸国をはじめとする世界に対するメッセージと考えられます。
・クリミア、セヴァストポリ、ドネツク人民共和国、ルハンスク人民共和国、ケルソン、ザポリツィヤ両地域の新たな領土的現実とロシア連邦の構成主体としての地位の承認
・西側諸国の対ロ制裁の中止
筆者は、プーチン大統領は欧州とアメリカについて、次のように述べている点に注目しています。
ロシアとEU、そして多くの欧州諸国との関係が悪化しているのは事実だ。欧州の高官を巻き込んだ反ロシアのプロパガンダ・キャンペーンは、ロシアが欧州を攻撃しようとしているという憶測を伴っている。私はこのことについて何度も話してきたし、この場で何度も繰り返す必要はない。これは全くのナンセンスであり、軍拡競争を正当化する理由に過ぎないことは、誰もが気づいている。この発言の裏には、アメリカとEUを分断する意図があるかもしれません。ロシアの立場からみれば、当然の戦術だともいえます。けれども、この発言を字句通り受け取るならば、「欧州はアメリカの犬になっている」ということになります。
これに関連して、少し余談を許してほしい。ヨーロッパにとっての危険はロシアからではない。欧州にとっての最大の脅威は、軍事、政治、技術、イデオロギー、情報といった領域で、米国への依存が危機的なまでに高まり、ほとんど完全になりつつあることだ。ヨーロッパはますます世界経済発展の片隅に追いやられ、移民問題やその他の深刻な問題の混乱に巻き込まれ、国際的な主体性や文化的アイデンティティを奪われている。
欧州の政治家や官僚の代表は、自国民や市民の信頼を失うことよりも、ワシントンの不興を買うことを恐れているように見えることがある。最近の欧州議会選挙もそれを示している。欧州の政治家たちは、欧州の指導者たちを監視しながら、屈辱、無礼、スキャンダルに目をつぶっている。
一方、米国は、自国の利益のために彼らを利用するだけだ。高価なガスを買わせたり(ちなみに、欧州のガスは米国の3、4倍高い)、あるいは、例えば今のように、ウクライナへの武器供給を増やすよう欧州諸国に要求したりする。ちなみに、この要求はあちこちで絶え間なく行われている。そして、彼ら、つまりヨーロッパの経済事業者に対して制裁が課される。何の恥ずかしげもなく。
今、彼らはウクライナへの武器供給を増やし、砲弾の生産能力を拡大するよう強要している。ウクライナの紛争が終わったとき、誰がこれらの砲弾を必要とするだろうか?これでヨーロッパの軍事的安全が確保できるのか?それは不明だ。つまり、将来的に武力闘争の性質、ひいては列強の軍事的・政治的可能性、世界における地位を決定することになる分野だ。必要なところに資金を投入する。しかし、これによってヨーロッパの潜在力が高まることはない。彼らに任せておけばいい。それは我々にとって良いことかもしれないが、実際にはそうなのだ。
もしヨーロッパが世界の発展の独立した中心地の一つとして、また地球の文化的・文明的両極として自らを維持したいのであれば、ロシアと良好で良好な関係を築く必要があるのは確かであり、我々は最も重要なこととして、その準備ができている。
日本もネットを中心に「キシダはバイデンのポチだ」なんて揶揄されていたりしていますけれども、何のことはないプーチン大統領からみれば欧州も同じだということです。
2.言葉より行動
プーチン大統領の和平提案に対し、当然ながら、ウクライナを始めとする西側諸国は反発しました。
14日、G7に招待され、イタリアを訪れていたウクライナのゼレンスキー大統領は、イタリアのテレビ局に対して、「一連の発言は、最後通告だ。ヒトラーが『チェコスロヴァキアの一部をよこせ、そうすればここで打ち止めにする』と言ったのと同じことだ」と非難。ウクライナ大統領顧問のミハイロ・ポドリャク氏も、この提案を「完全な見せかけ」で、「常識を逆なでするものだ」と批判しました
。
また、アメリカのロイド・オースティン国防長官も「プーチンは主権国家ウクライナの領土を不法占拠している……その彼がウクライナに対して、和平実現のためああしろこうしろと指図できる立場にない」とロシアの要求を一蹴。ホワイトハウスのジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官も、和平提案はロシアの更なる支配につながるものであり、「完全に馬鹿げた構想」だと述べています。
更に、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、プーチン氏の提案は「誠意あるものではない」と述べ、欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は、ウクライナとの首脳会談で「外国軍がウクライナ領土を占領している現状で紛争を凍結することは解決策ではない。それは将来の侵略戦争を招くだけだ……その代わりに、我々はウクライナにとって包括的かつ公正で持続可能な平和を支持する必要がある。ウクライナの主権と領土保全を回復する平和だ」と述べました。
要するに、プーチン大統領の和平提案を蹴った訳です。
とりわけ、ストルテンベルグ事務総長の「将来の侵略戦争を招く」という発言は、プーチン大統領の「ロシアが欧州を攻撃しようとしているという憶測はナンセンスであり軍拡競争を正当化する理由に過ぎない」という指摘を真向否定するもので、プーチン大統領の発言を信じていないという証左だともいえます。
これは、グラスルの紛争エスカレーションモデルでいう、第3段階の「言葉より行動」あるいは、第4段階の「イメージ、連合」に欧州も突入してしまったかもしれません。
3.G7のウクライナ支援
6月13~14日、G7首脳会議がイタリア南部プーリア州で行われ、凍結済みのロシア資産を使って、ロシア軍の侵攻と戦うウクライナを支援するため、500億ドル(約7兆8500億円)の融資を行うことで合意しています。
G7は、ロシアが2022年にウクライナに全面侵攻したのを受け、欧州連合(EU)とともに約3250億ドル(約51兆円)相当のロシア資産を凍結しています。
ロシア中央銀行の凍結された資産の大半は、ベルギーで保管されているのですけれども、国際法上、各国がこれらの資産をロシアから没収してウクライナに渡すことはできません。
ただ、この資産は年間約30億ドルの利子を生んでおり、G7の計画では、この30億ドルの利子を、国際市場で資金調達するウクライナへの融資500億ドルの年利の支払いに充てるようです。
アメリカのバイデン大統領は首脳会議の共同記者会見で、500億ドルの融資は「ウクライナのために使われるとともに、プーチンに私たちは一歩も引かないことを改めて思い知らせるものだ……私たちがいなくなるまで待つことなどできないし、私たちを分断することもできない。ウクライナがこの戦争に勝利するまで、私たちはウクライナを支えていく」と述べました。
500億ドルという融資額の規模は、アメリカが4月についに予算を成立させたウクライナへの追加軍事支援(約610億ドル)にも匹敵する額で、イギリスのリシ・スナク首相は「ゲーム・チェンジング」と称賛しています。
もっとも、今回合意した融資は年末までウクライナに届かない見通しで、現在の戦況に与える影響は小さいとみられています。つまり、そこまでウクライナが持たなければ、空手形になりかねない訳で、現時点では象徴的意味合いが強いように見えます。
4.凍結ロシア資産
当然ながら、G7による凍結ロシア資産をウクライナに充てる決定に、ロシアは反発しました。ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は、G7で今回の決定が発表される数時間前に、「極めて痛みの大きい」報復措置が取られると警告しています。
また、冒頭で取り上げたモスクワ会議で、プーチン大統領は、次のように述べています。
西側諸国はロシアの資産と通貨準備の一部を凍結した。今、彼らは最終的な充当のために何らかの法的根拠を提供する方法を考えている。しかし、どれほど曲解しようと窃盗は窃盗だ。罰せられないことはないだろう。プーチン大統領は、この措置に対し、報復するとした上で、これは西側の金融システムを自分で破壊する行為だと批判し、それに代わる経済システムを作る必要があると述べています。おそらく現在進めているBRICS経済システムのことを指していると思われます。
問題はさらに深い。ロシアの資産を盗むことで、彼らは、彼ら自身が作り上げ、何十年もの間、彼らの繁栄を保証し、彼らが稼ぐ以上の消費を可能にし、債務や負債を通じて世界中から資金を集めてきたシステムを破壊するために、もう一歩踏み出すことになる。今、すべての国や企業、政府系ファンドにとって、彼らの資産や蓄えが法的にも経済的にも安全とは言い難いことは明白になりつつある。そして、アメリカや西側諸国が次に収奪の対象とするのは、誰であってもおかしくない、外国の政府系ファンドだ。
欧米の基軸通貨に基づく金融システムに対する不信感はすでに高まっている。欧米諸国の証券や債務、そして最近、資本を保管する場所として絶対的に信頼できると考えられていたヨーロッパの銀行から資金が流出している。そして今、その銀行から金が引き出されている。彼らは正しいことをしている。
私は、西側諸国が支配する経済メカニズムに代わる、効果的で安全な二国間および多国間の対外経済メカニズムの形成を真剣に強化する必要があると考えている。これには、自国通貨による決済の拡大、独立した決済システムの構築、西側諸国によって遮断されたり危険にさらされたりする経路を回避するサプライチェーンの構築などが含まれる。
ロシア中央銀行は、アメリカ政府が12日、新たな制裁でロシア最大のモスクワ証券取引所などを制裁対象に加えたことを受け、証券取引所でのドル建てとユーロ建ての一部の取り引きを停止したことを明らかにし、今後は取引所を通さない店頭取引にする一方、「個人や企業の預金口座にあるドルやユーロの資産はすべて安全なままだ」と強調しています。
また、ロシア最大の金融機関「ズベルバンク」も声明を発表し、制裁による業務への影響はないと平静を呼びかけています。
これについて、13日、ブルームバーグはロシア企業にとってはビジネスがしにくくなる一方「ロシアは欧米諸国の通貨からの移行を進めているため、アメリカの制裁による混乱は限定的かもしれない」と指摘しています。
5.NATO軍と一体化するウクライナ軍
6月12日、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は、翌日のNATO国防相会合を前に、ウクライナ向け武器供与などの支援の調整役をアメリカから引き継ぐ考えを示しました。
ストルテンベルグ事務総長は「ウクライナに対する安全保障支援と訓練の調整をNATOが主導する計画を承認することを期待している。これは、長期的な財政的コミットメントとともに、ワシントン・サミットにおける我々のウクライナ向けパッケージの重要な要素だ」と述べ、その後の質疑応答で再度これについて言及しています。
そのやり取りは次の通りです。
イリーナ・ソマー(インタファクス・ウクライナ): ありがとうございます。インタファクス・ウクライナのイリーナ・ソマーです。事務総長、ワシントンのサミットで、ウクライナが招待を受け、加盟することを期待できないことは理解していますが、同盟はその代わりにウクライナ人に、特に最前線にいるウクライナ人に何を提供できるでしょうか。すなわとNATO加盟についてです。ありがとうございました。これは、NATOに懐疑的なトランプ前大統領が再選を果たした場合に備え、ウクライナへの軍事支援の仕組みを守る狙いがあるっとも見られていますけれども、ウクライナの安全保障に関するNATOの役割として、「ウクライナ軍を統合し、完全に相互運用できるようにするための支援」と述べています。
NATO事務総長:私は連合国がウクライナのための包括的なパッケージに合意することを期待しています。それは、NATOがウクライナに対する軍事支援や安全保障支援、訓練の提供や調整において主導的な役割を果たすという合意です。
これは、ウクライナが自国を防衛するための当面の必要性に対処するのを助けるという点でも重要ですが、完全な相互運用性を確保するための将来的な兵力構築をNATOが確実に支援し、したがってウクライナがNATOへの完全加盟に向けて前進するのを助けるという点でも重要です。
このように、ウクライナに対する安全保障支援と訓練の調整と提供におけるNATOの役割は、ロシアの侵略から防衛するための緊急の必要性に対応するものであると同時に、ウクライナ軍を統合し、完全に相互運用できるようにするための支援でもあります。
第二に、財政的な誓約が合意されることを期待している。これは、7月に予定されているNATO首脳会議に向けて、私たちが現在取り組んでいることです。また、これは長期的なコミットメントとなるでしょう。
第三に、同盟国が加盟に関して強い文言で合意することを期待している。正確な文言の詳細については私が言及することではありませんが、ウクライナが同盟の一員となることを約束する文言がより明確になることを期待しています。
そしてもちろん、これからサミットまでの間、そしてサミットでも、同盟国が軍事装備の増強、防空ミサイル、大砲ミサイルなど、ウクライナが主権ある独立国家として勝利を収めるために緊急に必要とされる重要な発表を行うことも期待しています。もちろん、それなくして加盟問題は議論されません。ウクライナが同盟の一員となるためには、ウクライナの勝利を確保することが最低限必要なのです。
これは要するに、NATO軍とウクライナ軍の一体化であるともいえ、たとえウクライナがNATOに加盟できないとしても、軍事的にはNATO軍事作戦に従って、NATOの先兵となって行動するようになることを意味します。
もっとも、アメリカのNATOにおける影響力は大きく、ウクライナに武器の大部分を提供していることから、NATOが調整役を引き継ぐ効果は限定的との見方もあるようですけれども、NATO軍とウクライナ軍の一体化が上手くいき、ウクライナの軍事支援を欧州が主導することになれば、たとえ、アメリカの次の大統領にトランプ氏が返り咲いたとしても、状況はあまり変わらないことになります。
ウクライナ停戦はまだまだ先のことになるのかもしれませんね。
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