

1.プーチンのベトナム訪問
6月20日、ロシアのプーチン大統領は北朝鮮に続いてベトナムを訪問し、序列2位のト・ラム国家主席と会談しました。
これは、ベトナムの招きに応じたものですけれども、ロシア側が招請を依頼したとも言われています。
現在、ベトナムはウクライナ戦争がロシアに有利な条件で休戦になると見ており、自身が北緯17度線で南北に分断された経験から、ウクライナも同様にロシアが占領しているウクライナ東部周辺に鉄条網を巡らして休戦ラインにすることになると想定しているようです。
つまりベトナムは、ウクライナ戦争後、国際社会でのロシアの発言力が増すことを見越して、手を打ったとも考えられます。
会談では、おおよそ次の内容が話し合われたと伝えられています。
・両指導者は、ベトナムとロシアとの包括的な戦略的パートナーシップを強化するための方向性、主要方策で一致会談後、両首脳は、大学教育分野におけるベトナム政府とロシア政府の協力協定、2024年~2025年までのベトナム法務省とロシア法務省との協力プログラム、科学技術省とロスアトム原子力グループが実施するベトナム領土における原子力科学技術センター建設プロジェクトの実施のロードマップに関する覚書など多くの協力協定に署名しました。
・双方は、国連憲章と国際法の基本的な原則に則って、相互信頼、平等、互恵、内政不干渉を基礎にしたうえで、二国関係を強化することや、互いの独立、主権、領土保全および基本的利益を損なう行動をとるために第三国ともに同盟関係を築かない、または、妥結しないこと、いかなる第三国にも敵対しないこと、地域と世界の平和を支持し、貢献し続けることで合意
・外交について、双方は、各級代表団の相互訪問を頻繁に行うことで政治的信頼醸成を推進し、党・国家・政府・国会・省庁部局・地方などのチャンネルを通じて協力メカニズムを強化することで一致
・経済協力について、双方は、ベトナムとユーラシア経済連合とのFTA=自由貿易協定を最大限に活用することや、二国間貿易取引と投資活動の強化に向けて取り組むこと、エネルギー、石油ガス分野における主要プロジェクトを効果的に実施すること、両国の企業がそれぞれの国における投資活動を拡大することに好ましい条件を提示すること、新エネルギー、クリーンエネルギー、グリーン転換、持続可能な開発などの分野において研究協力の拡大を早期に検討することで合意
・双方は、国際法と国際通例に則って、国防・安全保障、非伝統的安全保障問題に対応し、地域と世界の平和、安全保障に貢献
・ベトナムとロシアは、それぞれの国に在留している相手国の国民の生活、労働、学習に好ましい条件を提示することで一致
・地域と国際課題について、双方は、国際法と国連憲章に則った民主主義、公平、明白な国際関係システムの構築、国際法に則った平等・分割されないアジア太平洋地域を支持
・ベトナム東部海域、いわゆる南シナ海の課題について双方は、国際法、1982年国連海洋法条約に従って、この海域の平和、安定、安全保障、海上・上空の自由航行を確保し、武力による威嚇又は武力行使をせず、平和的措置により、あらゆる紛争と対立を解決すること、DOC=海上行動宣言の完全履行、COC=海上行動規範の早期作成を支持
調印後、両首脳は次のように語っています。
ト・ラム国家主席:先日かわされた、ロシアと北朝鮮との軍事同盟的な色合いは影を潜めているものの、経済・貿易分野でかなりの強化を行う取り決めとなっています。
経済協力は包括的な戦略的パートナーシップの柱となる分野です。双方は、ベトナムとユーラシア経済連合との自由貿易協定の効果的な履行を継続し、その協定を格上げするため、早期に交渉を行うことで一致しました。双方は、エネルギー、石油ガス分野における主なプロジェクトの効率向上に引き続き取り組み、特に国際法と両国の法律を基礎に、両国企業が互いの領土内で投資と事業を拡大させるための有利な条件を作り出すことを支持します。さらに、双方は、グリーンへの転換、持続可能な開発に貢献するため、新エネルギーおよびクリーンエネルギー分野における協力を拡大させるため、早期に研究活動を行うことで一致しました
プーチン大統領:
私は、国家主席と共に、ロシアとベトナムの包括的な戦略的パートナーシップの原則を支持する共同声明を採択した。そこでは、両国間の将来の協力における新たな方向性が示されている。会談は建設的かつ実質的な雰囲気の中で行われた。両国は、主要な発展方向について具体的に議論した。国際問題や地域問題に関する最も重要な課題についても触れ、経済・貿易協力にも多くの関心を払った
ひらたくいえば、筆者がかねてから述べている、西側諸国に対抗するためのプーチン大統領の東側経済圏(BRICS含む)構想にベトナムを組み入れようとする動きだと思われます。
2.バンブー外交
ベトナムは1986年にドイモイ(ベトナムの改革開放政策)に転じて以降、政治は共産党独裁、経済は資本主義という中国と同様の体制に転じました。それ以降、順調な経済成長を続けており、アメリカや日本との関係も良好です。ベトナムは21世紀の冷戦が始まっても、現状を維持したいという思惑から、「バンブー外交(竹のようにしなやかな外交)」と呼ぶ全方位外交を貫いています。
ハノイの政治地区バディンにある小さな公園には、高さ5メートルのレーニン像が聳え立ち、毎年レーニンの誕生日には、ベトナムの高官代表団がソ連時代のロシアから贈られたこの像の前で厳粛に花を捧げ、頭を下げるのだそうです。
ベトナムとロシアの関係は密接で、1950年代にソ連が北ベトナムの新しい共産主義国家に与えた重要な軍事的、経済的、外交的支援など何十年にも及ぶものです。
ベトナムは1978年にカンボジアに侵攻し、残忍なクメール・ルージュ政権を追放した後、中国と西側諸国から孤立、制裁を受け、ソ連の援助に大きく依存しました。共産党の有力者グエン・フー・チョン書記長をはじめ、多くの年配のベトナム人はロシアに留学し、ロシア語を学んでいます。
今日でも、ベトナムは依然として主にロシア製の軍事装備を使用し、南シナ海の石油探査ではロシアの石油会社との提携に依存しています。
ウクライナ侵攻はベトナムにとって外交上の課題となりましたけれども、今のところベトナムはうまく対処しています。ベトナムはロシアの行動を非難する国連のさまざまな決議に棄権する一方、ウクライナとの良好な関係を維持し、キエフに援助物資を送っています。
また、両国はソ連時代からの遺産を共有していて、何千人ものベトナム人がウクライナで働き、学んできています。ここでも「バンブー外交」を発揮している訳です。
同様に、ベトナムは輸出品の為の市場を求め、隣国である中国との緊密な関係のバランスを取るために、旧指導者らが長く破壊的な戦争を戦った国であるアメリカとの関係も積極的に強化してきました。
今回、アメリカは、プーチン大統領のベトナム公式訪問について、ロシアを孤立させようとする国際的努力を損なうという理由で反対しますけれども、ウクライナ戦争に対するベトナムの国民感情はヨーロッパよりも曖昧とも言われています。
3.ロシアのジャーナリストからの質問への回答
6月20日、公式訪問を終えたプーチン大統領は、ハノイで、ロシアメディアとの質問に答えています。
そのやりとりから、今回のベトナム訪問に関する部分を引用すると次の通りです。
アナスタシア・サヴィニフ(タス通信社会長):政治の話題から経済問題に移りたいと思います。ロシアからみれば、アメリカが他国に独裁的な圧力をかけ続けていると映っているようです。けれども、プーチン大統領はその圧力の影響を受けている国もあれば、そうでない国もあり、アメリカが圧力を掛けたところで、その目論見どおりになるとは限らないと指摘しています。
アメリカがベトナムやその他の地域諸国に対して独裁的な圧力をかけ続けていることを踏まえ、ハノイでの会談後の貿易と経済の見通しをどのように評価しますか。
この質問に加えて、次の点をお聞きしたいと思います。ロシアはベトナムへのLNGを含む炭化水素の直接長期供給を開始する準備ができていると本日おっしゃいました。この点に関してノバテクはどのようなプロジェクトに取り組むことができますか。これはインフラプロジェクトに関係するものでしょうか、それとも生産プロジェクトに加わるものでしょうか。
ウラジーミル・プーチン:ミケルソン氏に聞いてみれば、詳細を教えてくれるだろう。
いくつかの可能性がある。関連する液化施設の建設に参加するか、ロシアからLNGを輸送することができる。どちらの選択肢も実現可能だ。ここには液化天然ガスを生産するための有望なプロジェクトと施設がある。
ワシントンや他の西側諸国が及ぼす圧力については、その影響を感じる国もあれば、影響を受けていないように見える国もある。しかし、私が強調したいのは、米国当局がこの問題に取り組む際の傲慢さが必ずしも彼らに有利に働くわけではないということだ。信じてほしい、これが現実なのだ。実際、それは戦略的観点から彼らに損害を与える。なぜなら、誰もそのような傲慢さを好まないし、中期的歴史的観点から見ても許されないからだ。
我々はこれを克服する方法を学んできた。本当に学んだ。生産量をどれだけ急速に増やしているかを見てほしい。石油生産量はわずかに減少したが、それはOPECプラスにおける自主的な義務によるものだ。目標は石油価格を適正な水準に維持することだ。全体として、私たちはうまくやっている。いくつかの課題はあるかもしれないが、それらに対処する方法を見つけている。
4.ベトナムの脱ドル
アメリカからの圧力に対処する方法とは何かについて、プーチン大統領は明確には述べていませんけれども、タス通信によると、プーチン大統領は、「ロシアとベトナムは貿易で自国通貨に切り替えており、すでに取引の60%がロシアルーブルとベトナムドンで行われている……現在ロシアとベトナム間の貿易の60%以上が米ドルとユーロなしで行われている」と述べたと伝えています。
また、今回ベトナムと結んだ、協定の中には二国間貿易取引を現地通貨で決済する取り組みも含まれており、更に、ベトナムが国際貿易で米ドルを放棄する決定を下したとも報じられていることと合わせて考えると、アメリカからの圧力に対処する方法の一つとして「脱ドル」があるのではないかと思われます。
6月12日、アメリカはロシアに対し、財務省と国務省による「特別指定国民(SDN)」への指定と、商務省産業安全保障局(BIS)による輸出管理強化からなる大規模制裁を発動しています。
この措置を受け、ロシアのモスクワ取引所(MOEX.MM)とロシア中央銀行は急遽声明を発表。「アメリカがモスクワ取引所グループに対し制限措置を導入したため、米ドルとユーロ建ての受け渡し証券の取引と決済が停止された」と、ドル建てとユーロ建ての取引を停止しました。脱ドルです。
金融専門家は、ルーブルが強含みで推移する理由として、
Tバンク(旧ティンコフ銀行)の投資部門であるTインベスチツィイのソフィヤ・ドネツ主任エコノミストは「投資口座のドルやユーロの取引ができなくなることを恐れた個人投資家や金融機関が、ルーブルへの転換を急いだため」と指摘。投資会社フィナムのアレクサンドル・ポタビン・アナリストは「ルーブルのレートを左右する要因の1つである貿易収支の観点では、輸入の需要が大きくないためルーブルが強含みとなっている」と説明しています。
ただ、大統領府付属ロシア国民経済・行政アカデミーのセルゲイ・ヘスタノフ准教授は、為替レートは原油価格により強く影響されることから、「秋にOPECプラスが減産枠を縮小するかがポイントになる」と、今後の為替レートの見通しは必ずしも強含みが続くとは限らない、と指摘しています。
5.プーチンの戦いは始まったばかり
前述したように、アメリカは、プーチン大統領のベトナム訪問を批判していますけれども、さりとて、ベトナムとの関係を断つところまでは踏み切れないようです。
6月20日、アメリカのイエレン財務長官は、アトランタで行った記者会見で、ベトナムは多くの国と協力するという明確な方針を持っていると言及。供給網の多様化と中国への依存度低減に向けた取り組みの一環としてアメリカはベトナムをパートナーと見なしているとし、「ベトナムがロシアや中国との関係を断つことは、アメリカとのパートナーシップの条件になっていない」とし、ベトナムのロシアとの関係強化が決定に及ぼす影響について、明確に回答することを避けています。
ただ、国際通貨基金(IMF)が集計する公的外貨準備の通貨別構成(COFER)の最近のデータによると、 各地の中央銀行や政府が配分する外貨準備に占めるドルのシェアが徐々に低下し続け、その代わりに、豪ドル、カナダドル、中国人民元、韓国ウォン、シンガポールドル、北欧通貨など、いわゆる非伝統的準備通貨のシェアが増えていると示されています。
同時に、その変化は緩やかなものであるとも述べられており、脱ドルとはいえ、今日明日でどうこうというものでもないようです。
総じて、プーチン大統領の東側経済圏構想は、まだその端緒に過ぎないといえるかもしれませんね。

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