

1.激しい段階は間もなく終わる
6月23日、イスラエルのネタニヤフ首相は地元テレビ「チャンネル14」のインタビューで、パレスチナ自治区ガザ最南部ラファでの軍事作戦について、「激しい段階は間もなく終わる」と語りました。
イスラエル軍はラファをハマス最後の主要拠点と見なし、17日にはハマスの4部隊の半数を解体したと発表していますけれども、ネタニヤフ首相は激しい戦闘段階が終了しても、ガザでの戦争は終結しないとも語っています。
では、イスラエル軍はどうなるのかというと、ネタニヤフ首相は、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラとの交戦が激化しているイスラエル北部に部隊を振り分ける考えを示し、部隊を「防衛目的」で再配備する意向を表明しています。
これについて、東京大学公共政策大学院教授の鈴木一人氏は、「イスラエルがラファでの戦闘を終えても、ハマスを殲滅させたということにはならない。つまり、イスラエルの戦闘目的は達成されたわけではないので、あくまでも戦術的なシフトにすぎない。結局、イスラエルはハマスとも戦い続け、ヒズボラとの戦いも始め、どんどん泥沼に落ちていく。その先に何があるのかよくわからない」とコメントしています。
ハマスに連帯するヒズボラは昨年10月からイスラエルへのロケット弾攻撃などを継続。双方の応酬が激しさを増し、全面衝突への懸念が高まっていますけれども、平たく言えば、イスラエル軍にはハマスとヒズボラの二正面作戦をする戦力はないということです。
2.米軍は地上派遣しない
イスラエル軍が二正面作戦できないとなると、あとはアメリカ軍の支援がどうかということですけれども、ワシントンを今週訪問したイスラエルの高官代表団に対し、アメリカはイスラエルを支援する用意があると伝えたとバイデン政権高官が明らかにしています。
ワシントンで今週行われた一連の会談には、デルメル戦略問題相やハネグビ国家安全保障顧問を含むイスラエルの高官が参加。バイデン政権からはサリバン大統領補佐官やブリンケン国務長官、マクガーク中東調整官らが出席しました。
情報筋によると、出席者はイスラエル北部国境の状況やイラン、停戦や人質関係の交渉を含む幅広い議題について話し合ったととのことですけれども、ヒズボラの件が協議に上った際、複数の米当局者はイスラエルに必要な安全保障支援を提供する方針を明確にしたとのことです。それでもアメリカ軍を地上派遣する予定はないとしています。
また、6月23日、統合参謀本部議長のブラウン空軍大将は、アフリカの国防相会議に出席するためボツワナを訪問した際、記者団に対し、イスラエル軍がレバノンに攻撃を仕掛ければ、同国の強力な武装組織ヒズボラを守るためにイランが反撃するリスクがあり、より広範囲な戦争を引き起こし、同地域の米軍を危険にさらす可能性があると警告。さらにイランは「ヒズボラを支援する傾向が強まるだろう……特にヒズボラが重大な脅威にさらされていると感じた場合」はヒズボラへの支援を強化するだろうと述べています。
3.破れたアイアンドーム
6月20日、アメリカのCNNテレビは、複数のアメリカ当局者の話として、ヒズボラとイスラエルが全面衝突した場合、イスラエルがヒズボラの精密誘導兵器を使った大規模攻撃に対処しきれない恐れがあるとし、イスラエルの防空システム「アイアンドーム」による迎撃も困難になる可能性があると伝えました。
「アイアンドーム」はイスラエルの防衛の要。アメリカ議会調査局によると、アメリカはこれまでに29億ドル(約4600億円)を拠出しています。
イスラエル軍によると、ガザの武装組織「イスラム聖戦」が昨年仕掛けたロケット弾攻撃では95.6%の精度で撃ち落としたとのことですけれども、もし、ヒズボラの攻撃がアイアンドームを圧倒する事態となれば、イスラエル軍兵士や市民の命が危険にさらされることになります。
イスラエル軍によると、ヒズボラは約15万発の短距離のロケット弾やミサイルを保有し、ハマスをしのぐ軍事力を持つとされています。ヒズボラはガザの停戦が実現しない限り、対イスラエル攻撃を継続すると宣言しています。
ヒズボラは6月初めに、イスラエル北部の軍基地にあるアイアンドームを攻撃し、損傷を与えているところをとらえたものと主張する映像を公開しました。イスラエル軍はアイアンドームへの損傷は一切確認されていないとしていますけれども、イスラエルのメディアは、アイアンドームへの攻撃が確認された初めてのケースとみられると報じています。
アメリカ当局者らによると、イスラエルは、ヒズボラが保有する数多くのミサイルやドローンに、アイアンドームで対抗しきれない可能性があるとし、ヒズボラの攻撃が高度化されていることに驚いていると伝えてきたと語っています。
更に、別のアメリカ当局者は、全面戦争となった場合、イスラエルが最も必要とする支援は、アメリカが供与することが想定される追加の防空システムとアイアンドームの補充であるとしています。
4.人手不足のイスラエル
6月18日、イスラエル軍は隣国レバノンに対する軍事作戦計画が承認されたと発表。北部の軍部隊の戦闘準備をさらに増強するとしています。その増強は冒頭で触れたガザに展開した部隊を回すことで補うことになるのですけれども、防衛目的で再編するとしていること、アメリカが地上部隊を派遣しないことと合わせて考えると、イスラエル軍地上部隊によるレバノン侵攻は現実的には難しいのではないかと思います。
理想的には、ヒズボラもイスラエル軍も北部国境で睨みあったままで済むということですけれども、イスラエルとヒズボラはイスラエル北部国境でほぼ毎日銃撃戦を繰り広げています。
今月、イスラエルがヒズボラ最幹部の一人、タレブ・サミ・アブドラを殺害したことで、状況は悪化。ヒズボラは報復としてイスラエル北部に数百発のロケット弾と爆発性ドローンを発射し、イスラエルは過激派グループへの激しい攻撃で応戦しています。
ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ氏は演説で、イラン、イラク、シリア、イエメンなどの過激派指導者らがこれまでにヒズボラ支援のため数万人の戦闘員を派遣すると申し出ているが、ヒズボラにはすでに10万人以上の戦闘員がいると述べています。
更に、南レバノンには、よく整備された戦闘陣地やトンネルが縦横に張り巡らされており、ハマスより更に強力です。
紛争の激化は、イランが支援する他の過激派グループのより広範な関与を引き起こすことも考えられ非常に危険です。
また、長引く紛争はイスラエル経済にも打撃を与えています。
在イスラエル日本国大使館が出している今年5月のイスラエル経済月報によると、イスラエルの経済成長率について、次のように報告されています。
中央統計局は、2024年第1四半期は前期比で 14.1%のプラス成長と発表。個人消費は26.3%増、公共消費は 7.1%増、設備投資は 49.2%増、輸出は 10.4%減、輸入は 32.7%増となった。戦争開始により 2023 年第 4 四半期が前期比で 21.0%減となったところからの反動増となったが、戦争開始前の水準には達していない。戦争の影響で昨年第4四半期で大きく落ち込んだ反動で、今年の第1四半期は戻したものの、いまだ戦争開始前の水準には達していません。
それに、国民の生活レベルにまで下りていくと、気になる報道もあります。例を挙げると次の通りです。
・財務省が来年度の国家予算編成を開始したところ、約300億NIS の穴が見つかったとの報道。増税等なしでは、来年の赤字は GDP の7%程度まで深刻化する。2023 年の生活困窮者向け食料カードの約1億4000万シェケル分が未配布との報道。イスラエルでは、成人人口の 30.9%が食糧不足に苦しんでいる累積赤字に食糧不足に加え電力も不足気味。これでもしヒズボラのミサイル攻撃で発電所が破壊されたら、一気に経済活動が減衰する可能性もあります。
・イスラエルの累積赤字は4月も増え続け、過去12ヶ月で GDPの7%、約1322億NISに相当する水準に達したと、財務省が発表した。
・e-NERGY の報告書によれば、今後4年間で新発電所が建設されなければ、年間100時間の電力不足と、少なくとも10億シェケルの経済への年間コストが発生。
更に人手の問題もあります。
イスラエルは何十万人もの陸軍予備役が召集されて人繰りに穴が開き、港湾からスーパーマーケットにいたるサプライチェーンが混乱。紛争の影響でガザ地区からイスラエルへのパレスチナ人労働者数千人の移動が止まり、ヨルダン川西岸地区からの流れも細っているのだそうです。
更に、タイムズ・オブ・イスラエル紙がガザ戦争が始まって最初の6ヶ月間に50万人以上のイスラエル人が国を離れ、戻ってこなかったと報じています。
イスラエル人口・移民局のデータによれば、昨年10月以降に国を出たイスラエル人の数は約55万人で、今年4月のイースターまでに帰国した人の数よりも多くなっています。
ニュースサイトは、戦争中、あるいは帰還の技術的困難さのためにイスラエル人が一時的に逃亡していたものが、今では恒久的な傾向、つまり永久的な移住に変わっていると述べています。
イスラエル中央統計局のデータによると、4月のイスラエルの人口は990万人で、そのうち200万人以上のパレスチナ人、東エルサレムの40万人のパレスチナ人、占領下のゴラン高原の2万人のシリア人が含まれています。
何百万人ものイスラエル人が、イスラエル国籍に加えて少なくとももう一つの国籍を持つ、いわゆる二重国籍となっています。
こんな状態が長く続けば、国内はガタガタになってしまいます。
イスラエルは、即時停戦を求める国連安全保障理事会の決議を無視し、ガザに対する残虐な攻撃により国際的な非難に直面しています。
これで更にヒズボラと全面戦争など正気の沙汰ではありません。
6月12日、ヒズボラの政治部門幹部で、レバノン国会議員のイハブ・ハマダ氏が時事通信のインタビューに応じ、 「敵(イスラエル)がレバノンへの攻撃を拡大すれば、われわれも反撃を強化する」と対決姿勢を強調し、イスラエル軍のレバノン領内への侵入が「レッドライン」になると語っています。
果たして、イスラエル軍はレバノン侵攻するのか自重するのか。戦火は拡大のリスクを迎えました。
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