ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックお願いします。
1.ハマス最高幹部殺害
7月31日、イスラム組織ハマスは最高幹部イスマイル・ハニヤ政治局長がイランの首都テヘランで、イスラエルによる攻撃で殺害されたと発表しました。
イランのメディアによると、ハニヤ氏がテヘラン市内の退役軍人関連の建物に滞在していたところ、攻撃を受けたということです。
翌1日、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙もハニヤ氏の死亡を報じたのですけれども、こちらはハニヤ氏が滞在する建物に仕掛けられていた爆弾が爆発したと報じています。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、約2ヶ月前にこの建物内に仕掛けられた爆弾が、7月31日午前2時頃、遠隔操作により爆発。建物は衝撃で揺れ、窓や外壁の一部が壊れたとのことです。すぐに医療チームが駆けつけたのですけれども、その場でハニヤ氏の死亡を確認。一緒に巻き込まれた護衛1人も間もなく死亡したと報じています。
ハニヤ氏の殺害について、BBCのラシュディ・アブアルーフ・ガザ特派員は、複数のハマス関係者に話を聞いたところ、何が起きたのかについてそれぞれ違うことを話しており、「ショック状態にある様子」だと伝えています。
また、元外交官でイギリス政府の安全保障顧問だったピーター・リケッツ卿は、ハニヤ氏の暗殺は「イスラエルが地域のどこでも攻撃を成功させられると、非常に強力に示した……ガザでの作戦収束へ向けた政治的な余裕を得たことになる。これで本当に、ハニヤの指導力に大々的な打撃を与えたと言えるようになったからだ」と指摘する一方、この暗殺を機にハマスが和平合意に応じなくなる可能性が高いため、「中東では引き続き非常に危険」な状態が続くともコメントしています。
確かに、2ヶ月も前に建物に爆弾を仕掛け、それを遠隔操作で爆発させたのだとしたら、リケッツ卿が指摘するように、イスラエルが地域のどこでも攻撃を成功させられることを示したことになります。
多くのイラン人は、暗殺を阻止できなかったことに憤慨し、ハニヤ氏の滞在先を知っていたのは一握りの治安当局高官だけだったと述べているところを見ると、既にイランには、イスラエルのスパイが相当潜り込んでいることが推測されます
ただ、この爆発した建物というのは、テヘラン北部にある賓客向けの宿泊施設で、精鋭軍事組織のイラン革命防衛隊が運営していたそうです。であれば、それなりにセキュリティもしっかりしていてしかるべきで、果たして、そこに易々と爆弾を仕掛けることが出来るのはか、少し違和感を覚えます。
2.報復は免れない
今回のハニヤ氏の殺害を受け、ハマス政治局のムサ・アブ・マルズク氏は、今回の攻撃を「卑劣な行為」だとし、「報復は免れない」と述べ、ハマスは「自分たちの道を歩み続ける」とコメントしました。
ハマスによると、ハニヤ氏はイランのマスード・ペゼシュキアン新大統領の就任式に出席するため、テヘランに滞在していたとのことです。
そのペゼシュキアン新大統領は、ハニヤ氏を「勇敢なリーダー」と呼び、イスラエルがハニヤ氏を「卑怯」にも暗殺したことをイスラエルに「後悔」させると述べました。そしてさらに、「イランは自国の領土的一体性を守り、名誉と誇りを尊厳を守る」と強調しています。
そして、イラン外務省は、ハニヤ氏の「殉教」が「テヘランとパレスチナ、そしてレジスタンスの間の深く、断つことのできない絆を強める」とコメントしたとイラン国営メディアが伝えています。
また、カタールのタミーム・ビン・ハマド・アル・サーニ首長も「和平交渉が続く間も、政治的暗殺があり、ガザの民間人攻撃が続く。となると私たちは尋ねる羽目になる。交渉当事者の片方が、相手の交渉担当者を暗殺する事態のなか、いったいどうやったら仲介が成功できるというのか」とソーシャルメディアに投稿。
カタールの外務省は、ハニヤ氏殺害を「凶悪な犯罪で危険なエスカレーション、そして国際法と人道法に甚だしく違反する行為だ……この暗殺と、イスラエルが絶え間なく民間人を標的にする無軌道なふるまいによって、この地域はカオスにすべり落ちていきかねないし、平和の可能性を損なう」と批判しています。
ロシアとトルコの外務省も、今回の攻撃を非難。トルコの外務省は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相には「平和を実現するつもりなどない」と批判し、ヨルダン、レバノン、中国の外務省もそれぞれ、ハニヤ氏暗殺を非難しています。
3.テロの親玉
では、ハニヤ氏は、それほどの重要人物だったのか。
ハニヤ氏は、1963年にガザ地区の難民キャンプで生まれました。1980年代後半には、ハマスの有力メンバーとして活動。1989年から3年間、パレスチナ蜂起の弾圧に乗り出したイスラエルによって収監されています。
1992年、ハマスの他の指導者らと共に、イスラエルとレバノンの間の地帯に追放。2003年にはハマス創設者と共にイスラエルの暗殺攻撃の対象となるものの、生き延びています。
2006年のパレスチナ立法評議会選挙でハマスが最多議席を獲得すると、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長によってパレスチナの首相に任命。しかしその1年後、ハマスがガザからアッバス氏率いる政党ファタハを追放し、1週間にわたる暴力沙汰で死者が出るなどした後、解任されています。
ハニヤ氏はこの解任を「違憲」だとして拒み、「パレスチナ国民に対する国家的な責任を放棄しない」と強調、2017年にはハマスの政治局長に選出されています。
翌2018年にアメリカ国務省にテロリストに指定され、ここ数年間はカタールに住んでいたようです。
産経新聞東京編集局外信部編集委員の三井美奈氏は、2006年にハニヤ氏に直接取材を行っています。その模様の記事を引用すると次の通りです。
イラン滞在中に暗殺されたイスラム原理主義組織ハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤ氏。筆者は2006年、取材で自宅に招かれた。当時からイスラエルは次々とハマス幹部をミサイルで殺害していたのに、なぜかハニヤ氏は標的にならなかったそうです。その理由として、イスラエルはハニヤ氏をガザ統治のために役に立つ人材とみているのではないかというのですね。
この年のパレスチナ評議会(議会)選挙でハマスは大勝し、ハニヤ氏は首相に就任した。私はエルサレムに駐在しており、ガザまで話を聞きに行った。彼の家は難民キャンプにある大きな一軒家で、親族や支援者が祝福に詰めかけていた。
待合室でお茶を飲みながら30分ほど待っていると、ハニヤ氏が突然入ってきた。敬虔(けいけん)なイスラム教徒が取材相手だから、慌ててスカーフをかぶろうとしたら、「いいから、いいから」と手を振って笑った。戒律を他人に押し付けない柔軟な人物に見えた。だが、「どんな政治を目指すのか」と尋ねると、パレスチナの苦難の歴史を延々と語るばかりで、話はかみ合わなかった。
このころのハニヤ氏は、ハマスのイメージ戦略を担っていた。外国人記者たちをガザ視察のバスツアーに招いたこともある。昼食会では「お土産です」と言いながら、一人一人にパレスチナのバンダナをかけた。米欧諸国は、イスラエルの生存権を認めないハマスとの対話を拒否していた。
自由選挙による首相交代はアラブ圏では異例のことだった。選挙後、イスラエルは次々とハマス幹部をミサイルで殺害したが、ハニヤ氏は標的にならなかった。不思議に思ってイスラエル紙記者に理由を尋ねると、「イスラエル側は『いずれハマスは変わり、ハニヤ氏はガザ統治に役立つ』と見ているのではないか」と述べた。ハニヤ氏はハマス創始者の側近だが、軍事部門への影響力は薄いのだと指摘した。
ハニヤ氏はガザの難民キャンプで生まれ育ち、住民に人気があった。イスラエルがガザを空爆した夜、現場に行くと、被害を受けた住民たちに声をかけて励ましていた。ハマスは一時、イスラエルとの平和共存を受け入れる姿勢も示唆した。
だが、ガザ封鎖が長期化すると、強硬な素顔があらわになった。イスラム教シーア派のイランに支援を頼み、米国を敵視するイランの「抵抗の枢軸」に組み込まれていった。ハニヤ氏は2017年にハマス最高指導者に就任し、カタールに拠点を移した。昨年10月、ハマスのイスラエル攻撃でガザ紛争が始まり、ハマス側の発表によると、ガザでは3万人以上が犠牲になった。彼が残した組織は袋小路に入り込んでしまった。
だとすると、そんなハニヤ氏をイスラエルが殺害したのなら、もはやイスラエル、ネタニヤフ首相はガザ統治ではなく、ガザ住人の殲滅をも決めたのかもしれないとさえ。
4.中東戦争の危機
あと、それ以外に考えられるとしたら、中東全体を巻き込みながらのイラン撃滅です。
イラン革命防衛隊の2人を含む3人のイラン当局者によるとイランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイ師は、テヘランでハマス指導者イスマイル・ハニヤ氏が殺害されたことへの報復として、イスラエルを直接攻撃するようイランに命令したと、明らかにしています。
なんでも、ハメネイ師は、イラン政府がハニヤ氏の殺害を発表した直後の水曜日朝、イランの最高国家安全保障会議の緊急会議でこの命令を出したとのことで、ハメネイ師は、ハニヤ氏暗殺に対する報復は「イラン政府の義務」だとし、イスラエルは「厳しい罰」を受けるだけのことをしたと非難しています。
今回の件について、イランとハマスはイスラエルによる暗殺を非難していますけれども、イスラエル自身は、ハニヤ氏の殺害を認めも否定もしていません。
今年4月、シリアのダマスカスにあるイラン大使館施設へのイスラエルの攻撃でイラン軍司令官数名が死亡したことへの報復として、イランはイスラエルにミサイルでの直接攻撃をしましたけれども、今回の件について、イランがどの程度の力で反撃するか、また、エスカレーションを避けるために再び攻撃を調整するかどうかは分かりません。
イラン当局者によると、イラン軍司令官らは、テルアビブとハイファ近郊の軍事目標に対するドローンとミサイルの複合攻撃を再度検討しているものの、民間人への攻撃は避けるつもりとのことです。
けれども、その検討している作戦の中には、イランと同盟軍がいるイエメン、シリア、イラクなどの他の戦線からの協調攻撃もあるとのことで、ハメネイ師は、革命防衛隊と陸軍の司令官に対し、戦争が拡大しイスラエルか米国がイランを攻撃した場合に備えて、攻撃と防衛の両方の計画を準備するよう指示したと当局者が明かしています。
そうなったら、戦線は一気に拡大し、中東戦争になってしまいます。
実際、外務省の国・地域別の海外安全情報では、シリア、イラク、ガザ地区が退避勧告のレベル4、イスラエルのヨルダン川西域の入植地、レバノン、イランなどは渡航中止勧告のレベル3が出ています。
5.中東大戦はイラン次第
国際危機グループのイラン担当ディレクター、アリ・バエズ氏は、「イランは、イスラエルのさらなる攻撃を阻止し、主権を守り、地域のパートナーからの信頼を維持するためには報復する以外に選択肢はないと考えているようだ」と、イランは報復措置をハニヤ氏殺害の復讐のためだけでなく、イスラエルがヒズボラ指導者のハッサン・ナスララ氏や、イラン国外の過激派組織を統括するコッズ部隊司令官イスマイル・カーニ将軍など他の強力な敵を殺害することに対する抑止力としても必要だと考えていると指摘しています。
アメリカのバイデン政権の当局者は、報復としてイランがイスラエルを攻撃すると確信しており、それに対抗する準備を進めているとの述べ、その報復は4月13日のイスラエル攻撃と同じ手法で行われると予想しているようです。ただ、規模はより大きくなる可能性があり、レバノンのヒズボラも関与する可能性があるとしています。
当局者が明かしたところによると、アメリカの情報機関はイランが報復するつもりだという明確な兆候を受け取り始めたそうで、ヒズボラ指導者のハッサン・ナスララ氏は、演説で今後数日中にイスラエルに対して重大な対応を行う予定であるとし、「我々はもはや別個の戦線について話しているのではない。これはあらゆる戦線における開かれた戦いであり、新たな段階に入ったことは疑いの余地がない」と語っています。
8月1日、アメリカのバイデン大統領はネタニヤフ首相と電話会談し、ハマスとの停戦を受け入れるよう求めたようですけれども、これまでネタニヤフ首相の言動からみて受け入れる可能性は低いと思います。
イランがどのあたりのラインを狙って報復するのか。中東大戦への拡大はイラン側の報復次第になるのではないかと思いますね。
この記事へのコメント