

1.イギリス保守党大敗北
7月4日、イギリス下院の総選挙が投開票され、労働党が地滑り的勝利を収め、14年ぶりとなる政権交代となりました。
新しい議席は、6日午前0時の段階で、下院定数650に対し、労働党は解散前の206議席から412議席と倍増。トニー・ブレア氏が党首として臨んだ1997年総選挙の418議席に匹敵する大勝となりました。対する保守党は改選前の345議席から121議席と、1918年以降の総選挙で最少だった同じく1997年の165議席を下回る大敗となりました。
落選した議員の中にはリズ・トラス元首相やグラント・シャップス国防相らも含まれています。
翌5日、労働党のキア・スターマー党首はバッキンガム宮殿でチャールズ国王から首相に任命された後、首相官邸前で「労働党に投票した人も、そうでない人にも『私の政府は皆さんのために奉仕する』と言いたい。我々は変化をもたらし、政治への敬意を取り戻す」と演説しました。
スターマー党首は労働党が大敗を喫した2019年の前回選挙後に党首に就任し、現実路線を打ち出して党の立て直しを図り、政権交代の必要性を訴える主張が受け入れられたとされ、不祥事などで首相交代が相次ぎ、信頼を失った保守党には、長引く経済低迷や物価高騰、移民の増加に対する不満も向けられたと見られています。
また、英国の欧州連合離脱運動を推進した旧称ブレグジット党のリフォームUKは、総選挙前の1議席から4議席を獲得。党首のナイジェル・ファラージ氏が初当選しました。中道派の自由民主党は解散前の15議席から71議席と大幅に議席を増やしています。これらも保守党に不満を抱く保守票が流れたとみられています。

2.極右政党の台頭を防いだ政権交代
先日行われたフランス下院の第一回選挙で、"極右"政党が大躍進を果たし、6月の欧州議会選でも極右政党が大幅に議席を伸ばし、右派の盛り返しが見られていますけれども、イギリスはそうではない、という指摘もあります。
7月5日、野村総研は「英国選挙で労働党が圧勝:極右政党の大幅台頭を防ぎ国際協調路線に軌道修正」というコラムで次のように述べています。
【前略】このように、今回のイギリス総選挙は「ブレグジットの是非」を問うものであり、保守党への不満を背景に、伝統的な左派勢力が、国民の不満の受け皿となり、極右政党の大幅な台頭を防ぐことができたと分析しています。
今回の選挙は、2010年から続く保守党政権に審判を下す場となり、結果的には同党政権に対して今まで累積されてきた不満から、多くの票が他党に流れる結果となった。14年間の保守党政権下では5人の首相が交代し、その間、緊縮財政、欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)、物価高騰などが起きた。
保守党政権が主導した2020年のブレグジットは、輸入コストの増大や東欧からの出稼ぎ労働者の減少による人手不足によって、インフレを助長した。また、2022年に当時のトラス政権が財源の裏付けのない大規模減税を表明すると、住宅ローン金利が跳ね上がった。また、新型コロナウイルス問題の最中には、行動制限期間にジョンソン元首相がパーティに参加したことが、国民からの強い批判を浴びた。
とりわけ、8年前のブレグジットの是非に対する保守党政権への評価が今回下された、との印象が強い。ブレグジットは2016年の国民投票によって決まったものであるが、保守党は、ブレグジットによってEUの規制から解放され経済が活性化される、他のEU諸国からの労働者の流入を抑えることで英国人の雇用が守られる、EUへの分担金を公的医療の充実に回せる、といったメリットを強調し、ブレグジットを主導した。他方、大半の労働党議員は国民投票で「残留」に投票した。
英ユーガブの1月の世論調査によると、EU再加盟に賛成する回答が51%にのぼり、反対の36%を上回っている。
ただし、新たに政権を担う労働党は、EUとの関係の修復をめざす一方、再加盟は目指さすに、貿易や安全保障で新たな協定締結をめざす。再び国民投票を行えば、国論を再び二分し、混乱を生じさせるためだ。
今回の労働党の勝利を国際的な視点で捉えれば、フランスの議会選挙結果や米国の大統領選挙見通しにも表れている自国重視の潮流を抑え、国際協調路線へと舵を切ったという意義があるだろう。ブレグジットを支えた英国の自国主義は、EUとの協調を模索する姿勢へと転換される。
他方、EUとの距離を取る中で、保守党政権は、EU以外の国との関係を強化してきた。保守党政権はEU以外の国々との連携を模索する「グローバル・ブリテン」構想を掲げ、環太平洋経済連携協定(TPP)にも参加した。また、日本とはイタリアを含めた3か国での次期戦闘機の共同開発に取り組むことを決めた。
労働党政権がEUとの関係修復を重視すれば、日本との連携強化の優先度は、一定程度低下する可能性があるだろう。
さらに今回の労働党の勝利は、極右勢力の台頭を抑えたという意義が国際的な視点から感じられる。右派ポピュリスト政党のリフォームUKは議席を伸ばしたとは言え、フランス下院議会選挙のように極右政党が第1党の地位を獲得することはなかった。
英国では、伝統的な左派勢力が、国民の不満の受け皿となり、極右政党の大幅な台頭を防ぐことができたと言える。
3.キア・スターマー
イギリスの新首相となったキア・スターマー氏はどんな人物なのか。
スターマー氏は、ロンドンの南約30キロのサリー州の出身。両親と姉、妹、弟の6人家族で少年時代を過ごしました。
父は独立した工具職人、母は看護師だったのですけれども、時には電話代が払えないほど生活は苦しく、更に、母が全身の痛みを伴う難病を患って入退院を繰り返し、それが一家の日常に重くのしかかっていました。
スターマー氏にとって、経済格差や公的医療を巡る政策課題は自らの生い立ちにかかわる問題であり、この体験が「請求書を怖がる気持ちはよくわかる」と「国民生活に尊厳を取り戻す」という政治家としての原動力となっているようです。
スターマー氏は学生時代の成績は優秀で、学費を工面してリーズ大で法律を学び、オックスフォード大の法学修士課程を経て法廷弁護士になりました。弁護士時代は法律事務所に所属して主に人権問題を担当し、人種差別の被害者や性的少数者、環境保護活動家らの弁護にあたりながら社会問題と向き合いました。
2008年、当時の労働党政権の任命で検察局長官に就任。今度は公権力の一翼として社会の暗部と向き合い政治の重要性を痛感。メディアのインタビューに「本当に意味のある変化をもたらすのは政治しかない」と語っています。
下院初当選は2015年。選挙に出たのも初めてだったのですけれども、当時のジェレミー・コービン党首に実力を買われ、政権交代に備えた「影の内閣」の要職を1年目から任されます。労働党が惨敗した2019年末の総選挙後、2020年4月にコービン氏の辞任に伴う党首選で党首に選出されました。
労働党は当時、左傾化が進み、中道層の支持を失っていました。それを取り戻すための方策として、スターマー氏は、基幹産業国有化など左派色の強い公約を取り下げ、4年かけて、漸進的な政策修正を行い、党の穏健化を推し進めました。
弁護士時代の同僚は、スターマー氏について「プロセスが重要と考えている」とし、「並外れて合理的」でもあるとも語っています。こうしたことから労働党党内左派には「暴君」とか「日和見主義者」に映っているという声もあるようです。
毎週水曜の下院の党首討論では、ジョンソン元首相やスナク前首相を相手に、論戦をこなし、安定感を印象付けました。
因みに、スターマー氏の名前の「キア」は初代党首キア・ハーディにちなんでつけられたといわれています。
4.リズ・トラス
14年ぶりとなる政権交代を成し遂げ、新首相となったキア・スターマー氏で、イギリスの政策は変わるのか。
これについて、リズ・トラス元首相が興味深い発言をしています。
2月21日、リズ・トラス元首相は、アメリカ・フォックスニュースに「私は元英国首相であり、保守派がこれをやらなければ西側諸国は破滅すると信じている」とする記事を寄稿しています。
件の記事の概要は次の通りです。
・自由世界全体で、政治的に保守派であると自らを定義づける私たちは、共通の価値観を共有しています。リズ・トラス元首相は、史上最短の49日で辞任していますけれども、その原因は、トラス政権がイギリス国内の金融市場を低迷させ、経済政策の多くを撤回し、与党保守党に対する国民の信頼を失落させるなどとされています。
・これらには、自由への愛、社会の基盤としての家族の重要性に対する信念、国家への誇り、私たちの生活への不必要な国家の介入に対する不信感、そして警察と軍隊が私たちを危害から守り、国境を守ってくれるという期待などが含まれます。
・今週、保守政治行動会議(CPAC)で演説するためにワシントンDCに向かう私としては、アメリカ国内の都市やバイデン政権で広まっている左翼思想のせいで、これらの価値観がアメリカ合衆国で損なわれつつあるのではないかと懸念しています。
・実際、自由世界の多くの国では左派があまりにも長い間政権を握っており、その結果はあまりにも明白です。
・ハマスが想像し得る最も邪悪で悪質な行為を行った後、人々がテロリストを支持して街頭デモを行い、旗を振り、スローガンを叫ぶという衝撃的な光景が見られました。
・学校、大学のキャンパス、企業の役員会議室は、極端なアイデンティティ政治の推進、熱心な脱成長環境保護主義への執着、あるいは人間の生物学に反するいわゆるトランス思想の推進など、目覚め主義の教義にますます汚染されるようになってきています。
・そして国境はもはや尊重されていないだけでなく、国境を侵略しようとする悪意ある者たちから私たちを守るために当局が適切にパトロールすることももうありません。
・西側諸国で保守派が政権を握っている数少ない国の一つである英国でさえ、活動家弁護士らが政府による不法移民の国外追放を阻止するなど、左派は裁判所を武器としてうまく利用しています。
・保守的な政策を希望するだけでは十分ではありません。左派の悪意ある考えと戦う必要があります。これは、過激派の懐柔につながる三角関係や妥協を終わらせることを意味します。
・保守派が再び勝利し、左派に掌握された制度に立ち向かう覚悟がない限り、西側諸国は破滅する運命にあるという結論に私は達しました。
・だからこそ、私が近々出版する本は、英国政府に勤めた10年間を振り返り、私たち全員が学ぶべき教訓をまとめたもので、タイトルは「西洋を救う10年」となっています。
・そして、保守的な常識を政府に取り戻し、目覚めた政策を撤廃することが、世界的な左翼の束縛から自分たちを解放するための真剣な闘いにほかならない、といった幻想を抱くべきではありません。
・なぜなら、左派は選挙の時期に投票箱で戦い、自分たちの政策に対する支持を求めるだけではないからです。彼らの代理人は、公的機関や私的機関、そして私たちが行政国家やディープステートと呼ぶ組織で非常に活発に活動しています。
・英国で税金を削減し、政府の規模を縮小し、民主的な説明責任を回復しようとする私の努力が妨害されたとき、私はこれを直接目にしました。
・そこで私はアメリカに、特にイギリス保守党の姉妹政党である共和党の友人や同盟者に向けて警告を発します。これは私たちが戦わなければならない通常の政治闘争ではありません。
・私たちは、建国の父たち、チャーティストたち、そして何世紀にもわたって大衆民主主義のために戦ってきたすべての人々のエネルギー、理想主義、そして決意を導く必要があります。
・私たちの反対者、つまり、定まった正統派の主張者たちは、居心地のよい現状が覆されるのを防ぐために全力を尽くすでしょう。
・そして左翼エリートたちは、米国や英国などの国の同業者たちと協力するだけでなく、西洋社会が内側から弱体化されることを望んでいる中国、イラン、ロシアといった我々の敵からも援助され、幇助されるでしょう。
・だからこそ、あらゆる機会を利用して保守派が公職に選出される必要があるのです。
・そして、米国にとって極めて重要な選挙の年である今、ホワイトハウスには保守派の人物が必要なだけではない理由がここにあります。ディープステートの深刻な腐敗に対処し、自由世界を導くことができる人物が必要なのです。
トラス元首相は、自身の小規模予算が引き起こした混乱について「ディープステート」のせいだと非難していますけれども、2月にトランプ前大統領の顧問スティーブ・バノン氏の番組「War Room」に出演した際にも同様の発言をしています。
トラス元首相は、番組で首相在任中は税金と国家の規模を削減したいと考えていたが、英国の経済体制は現状維持を望んでいた。私は彼らに捕まったと語りました。
バノン氏から「ちょっと待ってください。あなたを捕まえたのはエコノミストですか、それともロンドンのフィナンシャル・タイムズ、シティ・オブ・ロンドンですか。あそこで取引を仕切っているのは彼らですか?」と問われると、トラス元首相は、フィナンシャル・タイムズ紙を掲げながら、「彼らは官僚機構の友人であり、ディープステートの友人でもある。彼らは官僚たちと協力して物事を同じ状態に保つのだ。英国には米国よりも官僚が多い……英国民はこれに満足していない。彼らは変化を望んでいる。しかし、それは阻止されている。だからこそ、もっと大きなバズーカ砲が必要なのだ」と答えたのですけれども、変化を望んでいるというイギリス国民が出した答えが政権交代だったのだとしたら、トラス元首相の望みは叶わなかったことになります。
その意味では、スターマー新首相が自身の信念通りに国民に寄り添う政策をするのか、それとも「ディープステート」の言いなりになるのかは注目すべきポイントではないかと思います。
🇬🇧リズ・トラス前首相の暴露
— タマホイ🧷 (@Tamama0306) February 27, 2024
「自分がトップになれば保守的な政策ができると思っていたが違った」
「レバーを握っていた(支配していた)のは中央銀行(イングランド銀行)と財政責任庁だった」
「首相や財務大臣よりも権力がある」
英国でこれなら日本の首相(岸田)なんて1mmも権限なさそうだな pic.twitter.com/PeFGlReCb1
5.鳩山由紀夫
トラス元首相は番組で「自分がトップになれば保守的な政策ができると思っていたが違った……レバーを握っていたのは中央銀行と財政責任庁だった……首相や財務大臣よりも権力がある」とも述べていますけれども、日本でもかつて似たようなことを口にした首相がいました。”ルーピー”鳩山氏です。
昨年3月22日、現代新書Webは、日本には、国民はもちろん、首相や官僚でさえもよくわかっていない「ウラの掟」が存在し、社会全体の構造を歪めているとする記事を掲載しています。
件の記事の概要は次の通りです。
・もともと私が沖縄の米軍基地問題を調べ始めたのは、二〇一〇年六月に起きた民主党・鳩山政権の崩壊がきっかけでした。今もこの記事の通りだとすれば、岸田政権もこの枠組みの中にあり、アメリカのポチから決して逃れられない状況にあることも否定できません。
・その前年の八月末の総選挙で、三〇八議席という史上最多議席を獲得し、戦後初の「本格的政権交代」を成しとげた鳩山首相は、しかし普天間基地の「移設」問題によってつまずき、わずか九ヵ月で退陣に追い込まれてしまいました。
・誰が見ても危険な人口密集地の外国軍基地(普天間基地)を、「県外または国外」へ移そうとしたところ、官僚や検察、大手マスコミから激しいバッシングを受けて、あっけなく政権が崩壊してしまったわけです。
・不思議に思った私は写真家と二人で沖縄へわたり、本島内のすべての米軍基地の写真を撮影して、ガイドブックをつくりました。それがスタート地点となって、いま本書で書いているようなことを取材・研究し始めたのです。
・私はその後、鳩山元首相と何度か対談して、その間の経緯をあらためて伺う機会があったのですが、鳩山政権が崩壊に向かった最大のターニング・ポイントは、二〇一〇年の四月六日だったと言えます。
・その直前まで予算編成の問題で身動きがとれなかった鳩山首相は、四月になって、ようやく懸案の普天間基地の「移設」問題にとりかかろうとした。「五月までに結論を出す」というアメリカ側との約束があったからです。
・そのため四月六日、外務省、防衛省から幹部を二人ずつ首相官邸に呼んで秘密の会合をもった。そして以前から温めていた「徳之島移設案」という最後のカードを示して、協力を求めたのです。
・「みんなに官邸に来てもらって、そこでお酒も出したんですよ。二合ほど呑んだと思います。ずいぶんと前向きになってくれて、「やりましょう!」というとてもいい雰囲気になった。そこでいちばん大事なことは、このメンバーが互いに情報を交換しながら、それを外部に漏らさないことだ。漏れた瞬間、この話は潰されてしまう恐れがあるから、それだけは気をつけてくれといいました。「はい、わかりました」ということで、みんな上機嫌になって別れたわけです。ああ、この連中はやってくれるんじゃないか、期待できるなという気持ちになりました」
・ところがその翌日(四月七日)、朝日新聞の夕刊一面に、その秘密会合の内容がそのままリークされたのです。
・「これはショックでした。自分が実現したい政策を、いちばんの腹心だと思っている人たちに伝えたら、すぐに裏切られたという話ですからね。もうこの交渉は彼らには頼れないと感じました。メンバーのなかに、明らかにこの案を潰そうと思っている人間がいる。そのことがわかったので、精神的なダメージは非常に大きかったですね」
・これは考えてみると、非常に不思議な出来事だったわけです。いくら彼ら超エリート官僚たちといえども、最高権力者である日本国首相に逆らうのは、非常にリスクが大きい行動のはずだからです。
・にもかかわらず、翌日の夕刊一面でのリークという裏切りは、露骨すぎる。面従腹背という言葉がありますが、面従している時間があまりにも短すぎるのです。
・「私たちはあなたの命令には従いませんよ」という意思表示をされたとしか、言いようがない出来事でしょう。
・「このとき官僚たちは、選挙で選ばれた首相鳩山ではない、なにかほかのものに忠誠を誓っているのではないかという思いがしました」と鳩山氏が振り返るのも、無理はありません。
・この「事件」についても、日米合同委員会の実態がわかってくるにつれ、背景が徐々に明らかになってきました。
・日米合同委員会の本質とは、占領時代から続く基地の使用権や治外法権など、米軍が持つ巨大な特権を、どうすれば日本の国内法のもとでトラブルなく維持していくかの調整機関です。もともと占領中に旧安保条約の交渉をしている段階で、「日本国民の目にふれさせたくない取り決め」を、すべて密室で処理するためにつくられた「ブラックボックス」なのです。
・ですから日米合同委員会での協議といっても、もちろん最終決定権は米軍側が握っています。これまでに発掘された日米合同委員会の非公開議事録のなかには、米軍側の交渉担当者が、「それはすでに米軍の上級司令官〔太平洋軍司令官〕が決定したことなので、日本政府が承認するかどうかという問題ではない」などとストレートに発言しているケースもあるのです。
・その他にも、たとえば二〇一二年、第二章でも触れたオスプレイが普天間基地へ配備されることになったとき、当時の野田佳彦首相が、「オスプレイの配備については、日本側がどうしろこうしろという話ではない」といって国民の怒りを買いましたが、法的な現実としては野田首相の言っていることが正しかった。基本的に米軍側が「オスプレイを配備することになった」という通報を一本出せば、現在の日本政府にはそれを拒否する法的権利はないのです。
・そうした状況のなかで、日米合同委員会が発足してからすでに六〇年以上になりますが、それなりにぎりぎりの交渉を重ね、基地の移転や一部返還といった困難な問題についても、なんとかすり合わせて合意してきたという歴史がある。
・日米合同委員会のメンバーは、たとえば外務省なら北米局長、法務省なら大臣官房長と、最高のエリートコースにいる官僚たちが、そのポストによって選ばれています。ですから彼らにしてみると、自分の上司も、その上司も、そのまた上司も、全員がこの「米軍+官僚」共同体のメンバーなわけです。だから裏切ることなど、絶対にできるはずがありません。
・なかでも法務省から合同委員会のメンバーとなる大臣官房長は、その後、かなりの確率で検事総長に就任しています。そして次の第五章で見るように、日本の最高裁は、「砂川裁判・最高裁判決」というひとつの判決によって、現在、まったく機能していないわけです。
・最高裁が機能していない中で、検事総長を出す権利を握っているわけですから、日本の法的な権力構造のトップには、この日米合同委員会が位置しているということになる。
・そうしたガッチリとシステム化された権力構造のなかで、長い時間をかけて苦労して積み上げてきた合意を、「ひょっとしたら数ヵ月で辞めるような首相に、ひっくり返されたくない」というのがおそらく彼らの本音だったのでしょう。
・つまり鳩山氏が感じた、日本の高級官僚が忠誠を誓う、「首相鳩山ではない、なにか別のもの」とは、この日米合同委員会という、六〇年以上続く「米軍+官僚」の共同体だったというわけです。
鳩山政権当時も今の岸田政権も、アメリカは民主党政権でした。今秋のアメリカ大統領選で、トランプ前大統領が返り咲くとしたら、アメリカは民主党から共和党に政権が移ります。
日米合同委員会なるものの正体が知られ、日本がその軛から逃れられるのかどうか。それはまず、国民が知り、考えることから始まると思いますね。
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