

1.なるべく早く会談したい
11月8日、複数の日本政府関係者は、石破総理が今月15日からの南米歴訪の帰りにアメリカに立ち寄り、トランプ次期大統領と初の対面会談を行う方向で調整に入ったと明らかにしました。
日本政府は来週にも政府関係者をアメリカに派遣し、調整に当たらせることも検討しているとのことです。
石破総理は、第2次石破内閣を発足した11日夜の記者会見で、日米関係の強化に向けトランプ次期大統領と「なるべく早いタイミングで直接会談する機会をもちたい」と述べていますけれども、記者からトランプ氏とどのように向き合うのかと問われ、次の様に答えています。
記者:政治基盤が弱い少数与党の首班では、外交交渉で不利になるのではないかとの当たり前の質問に、石破総理はそうは思わないと否定し、トランプ次期大統領とのディールという話ではないと答えました。
読売新聞の海谷です。よろしくお願いします。
外交関係についてお伺いします。米国のトランプ大統領の返り咲きが決まりまして、関係国の間では、同盟関係やG7の結束が揺らぎかねないとの懸念が広がっています。総理としては、個人的関係やディールを重視するトランプ氏とどのように向き合い、日米関係の安定化を図り、国際社会への関与を引き出していきたいとお考えでしょうか。
また、トランプ氏を含め、各国首脳と関係を築く上では、国内の政治基盤が安定していることが極めて重要になりますが、総理は現在、少数与党という厳しい状況に置かれています。その国内の政治情勢が外交関係にマイナスの影響を及ぼさないためにどのような対応を取っていく必要があるとお考えでしょうか。あわせて見解をお聞かせください。
石破総理:
後段からお答えすれば、外交・安全保障について決定的に意見が違わない、そういうような政党が与党、野党に分かれるというのは、私どもはあるべき姿だと思ってまいりました。外交・安全保障について全然考え方が違う、そういうことが与野党で現出するということは、決して国益にそぐうものだと思っておりません。
国民民主党の皆様、あるいは立憲民主党の皆様、あるいは(日本)維新の会の皆様方。私は随分長い間いろいろな議論を、外交、安全保障、あるいは憲法でいたしてまいりましたが、決定的に違っており、それが違うことによって日本の対外的な交渉力、そういうものがマイナスになると思ったことは一度もございません。そこにおいては意見の一致というものはみることは十分に可能であるし、そこは予算委員会、あるいは安保(安全保障)委員会、外務委員会においても詰めた議論をしていくことは必要だというふうに考えております。
トランプ次期大統領が選挙中もいろいろな御主張をなさっておられました。ウクライナについてしかり、あるいはガザについてしかり、あるいは同盟関係についてしかりであります。これから大統領に就任されてから、その中でどのような政策を打ち出していかれるか、それは現在予測のつくところではございません。今まで選挙中にどういう発言をされたかということをよく詳細に分析をしながら、私どもとして、日本国の国益は何なのか、それは合衆国には合衆国の国益があり、日本国には日本国の国益があるわけですが、それが正面からぶつかってもどうにもならないということだと思っております。それが相乗的にお互いの利益に資するものであり、アジア太平洋地域の平和と安定に資するものだということを我々としてどれだけ提案するかということなのであって、これはもうどれだけ譲るとか譲らないとか、そういうようなディールの世界に尽きるものだと私自身は思っておりません。
けれども、お互いの利益に資する提案が出来るなら、それはつまるところWIN-WINのディールです。一方的に命令され従わされるよりはディールに持ち込める方がまだマシだと思います。
2.外務省の切り札
石破総理はトランプ次期大統領の選挙中の発言を分析して会談に臨むと述べていますけれども、外務省は別の「切り札」を用意していると報じられています。それは通訳の高尾直氏です。
高尾氏は、安倍政権時代にもトランプ氏との間に入り通訳を務めた外務省の職員です。中国で勤務していたのが、トランプ氏復帰に備え、今年8月にアメリカ担当の部署に異動しています。
石破総理は7日にトランプ次期大統領とわずか5分間の電話会談を行っていますけれども、この時も高尾氏が通訳を務めています。
高尾氏はトランプ次期大統領もお気に入りだそうで、トランプ氏からリトルプライムミニスター(小さな総理大臣)とも呼ばれていたそうです。
石破総理周辺によると、「安倍さんがうまくいったのは、彼の貢献が大きい。彼はトランプが気に入る言い方で伝えることができるんだよ」とのことです。
例えば、安倍元総理が令和になって初めての国賓として招かれたトランプ氏との会談で、安倍元総理が「最初のお客様がトランプ大統領ご夫妻になるわけです。今から楽しみです」と話したのを、高尾氏は「こうした歴史的状況、そして新しい天皇陛下のもと、トランプ大統領とマダム・ファーストレディーが最初のお客様となります。そのため、お二方に日本をご案内することを楽しみにしております」と、「大統領ご夫妻」という表現を、大統領の妻にも敬意を示す形に言い換え、伝えていたのだそうです。
安倍政権で外交の実務を担い、高尾氏の仕事ぶりを間近で見ていた元国家安全保障局次長の兼原信克氏は、高尾氏について次のようにコメントしています。
・通訳はAIを使った通訳もいいですけど、ベタッて訳してもダメなんですまた、2018年、トランプ氏が日本車への関税の引き上げを検討した際、安倍元総理が直談判した結果、回避された点を取り上げ「前回は安倍さんっていう大きな堤防があったので、日本だけが波をかぶってない」と指摘。当時のトランプ大統領が「シンゾーは信頼できるからやらない。他の国だったらやるけど」と話していたと明かしています。
・意図をくんで、一番伝わる言葉に訳す、本当のプロの通訳です。
そして、兼原氏は「石破首相も初めてなので、はじめから安倍さんと同じことをやろうと思っても無理ですから。あれをモデルにして比べるのは、はじめから間違いです。ゼロからの信頼関係の構築、頑張らないといけない」とコメントしています。
3.安倍晋三政権クロニクル
トランプ次期大統領の再登場で、テレビ等では、安倍元総理との蜜月関係にスポットを当てる報道がちらほら出ていますけれども、ネットで興味深い投稿がありました。
その投稿は先月発刊された、船橋洋一『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』の紹介なのですけれども、安倍総理のトランプ大統領へのアプローチについての記載が投稿されていました。
一部引用(整理)すると次の通りです。
・G7首脳会議で、トランプがしばしば「シンゾーの言うようにしよう」「ここは、シンゾーにまかせる」といった発言をするのを聞き、首脳たちは「何が秘訣なのか?」と首を傾げた。凄い話です。特にトランプ大統領が「政策ペーパーを読まないし、発言要領も見ない」という点は実に興味深い。これはつまり、政権の官僚がいくら政策具申しても、ほぼ意味がないということです。
・2017年のイタリア・タオルミーナG7サミットの際の日伊首脳会談では、イタリアのパオロ・ジェンティローニ首相が「どうやってトランプとうまくやれるのか」と真顔で安倍に尋ねた。
・ドイツのアンゲラ・メルケル首相も「どうやってドナルドを手なずけるの?譲歩したから仲良くなったの?」と安倍に聞いたことがある。
・安倍は、トランプが政策そのものにはそれほど関心がなく、政策ペーパーを読まないし、発言要領も見ないことを知り、政策の細かい点は省略し、ストーリーで語り合うことを最初から心がけた。
・「トランプと話すときは、君らがつくる紙は使えない。トランプは下から上がってる紙、全然読んでないんだよ。紙と紙ですり合わせた地合いで話しても意味がないから」安倍は官邸スタッフにはそう言った。
・ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)が日本の国家安全保障局(NSS)と連携し、NSCスタッフがトランプの頭に刷り込みたいテーマとポイントを安倍からトランプに話してもらう作戦を行ったのはそうした内実を現している。
・安倍がトランプとこれだけの回数の会談を重ねたのは、トランプとの会話を「つねにアップデートしないと、元に戻ってしまう」からでもあった。
・通商交渉に関しても、トランプには1980年代の日米貿易摩擦の時代の対日観がこびりついている。…中国とどのように国際秩序とルールをつくるか、そのために日米がどのように協力するべきかをめぐって何度も意見交換した。しかし「少しは共通理解ができたと思っても、次回、会うとまたゼロから積み上げなければならない。毎回、議論してもトランプの理解や省察が深まることはまずない」
・従って、「常に会い、アップデートし、刷り込んだ瞬間にトランプから指示を出してもらう」ことを安倍は心掛けた。
更に、「つねにアップデートしないと、元に戻ってしまう」「毎回、議論してもトランプの理解や省察が深まることはまずない」というのもすごい。
要するにトランプ大統領とのディールは、その場限りの一発勝負だということです。
引続き船橋洋一『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』を読んでいて、いま下巻なのですが、安倍元首相のトランプへのアプローチが明らかにされているのが非常におもしろいですね。https://t.co/GJYo5OM1KL
— ま (@MValdegamas) November 10, 2024
4.日本を独立国と呼べるのか
10月7日のエントリー「波紋を生んだ石破総理のアジア版NATO論文」で、筆者は、石破総理の本音は日米を対等の関係にすることではないかと述べましたけれども、トランプ大統領が官僚から上がってきた政策やペーパーを全く読んでいないのだとすれば、先入観なしのフラットな立場でのディールが出来る可能性があるかもしれません。
8月5日付の「FLASH」のインタビュー記事「「日本を『独立国』と呼べるのか」自民・石破茂氏 “もしトラ” 後の安全保障を語り尽くす「まずは米軍基地の管理権を」」で、石破総理は日米安保と日米地位協定について次のように述べています。
・トランプ氏は損得を考え、取引しますから、米軍基地の問題にしても、日本に有利な政策がアメリカの得にもなる、ということを説明できればいい。基地を撤退させるほうがコストがかかる場合もありますからべき論、ねば論ではその通りかもしれませんけれども、総理となれば、それを約束し実行できなければなりません。政権基盤の弱い石破総理は、もしかしたら、トランプ大統領とディールできるチャンスは1度しかないかもしれません。
・現在の憲法で認められているのは『必要最小限の実力行使』ですが、そこに集団的自衛権が含まれていない、という明確な根拠はありません。国連憲章で認められている権利を、わが国がわざわざ縮小して解釈し続ける国際環境にはもはやないと思います。
・また、核シェアリングについても議論すべきです。核の所有権・管理権を共有するという形ではなく、所有権・管理権はアメリカが持ち、『拡大抑止力』の手段として、どのような場合に核を使うか、という意思の共有として考えていけばいいと思います
・『台湾有事は日本有事』と簡単に言う人がいますが、実際に台湾有事が起きたら、日本はどうすべきかという具体策についてはほとんど議論されていません。可能性は決して高くはないと思っていますが、仮に中国が武力で台湾に侵攻し、米軍がこれを阻止すべく行動することになれば、当然のように日本の米軍基地の部隊が行動するでしょう。これを事前協議で断ることは事実上あり得ないと思います。
・そうなれば、中国はそれを阻止するために日本本土を攻撃する選択もありうる。台湾有事が日本有事というのは、たとえばそういうことです。
・朝鮮半島で有事が起きた場合は、日本にある米軍基地を『在日朝鮮国連軍(1950年の朝鮮戦争勃発時に創設された多国籍軍。現在も横田基地に朝鮮国連軍後方司令部がおかれている)の基地』と解釈すれば、日本政府との事前協議も必要なく基地の使用も部隊行動も可能になります。
・その意味においては、朝鮮有事は日本有事に直結することになります。北朝鮮が日本に報復攻撃として、ミサイルを撃ってくる可能性もあるでしょう。台湾有事にしても、朝鮮有事にしても、これ以上議論を先送りにはできません
万が一そのディールで、日米地位協定の改定の方向で合意でもできたとしたら、よもやの石破政権継続なんて「奇跡」があるかもしれません。
その意味では、石破総理は、トランプ大統領の発言を分析するより先に、安倍元総理のトランプ大統領へのアプローチの仕方に多くを学ぶべきではないかと思いますね。
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