

1.SNSと選挙
昨年12月28日、自民党が、選挙期間中に交流サイト(SNS)上で誹謗中傷や偽情報と思われる発信が相次いでいる問題を受け、SNSを運営するプラットフォーム事業者が動画投稿による収益の支払いを停止できるようにする法改正を検討していることが分かったと産経新聞が報じました。
これは、収益化を目的に真偽不明の情報が拡散され、選挙に影響を及ぼしかねない事態となっているとして、対策強化を図ることが目的の法改正となります。
多くのSNSでは、動画の再生回数に応じて収益を得られる仕組みを採用していることから、より多額の収益を得ようと、注目を集める選挙で真偽に関わらず過激な動画が配信されるケースが頻発しているとされています。
実際、4月の衆院東京15区補欠選挙では、政治団体「つばさの党」幹部が対立候補の選挙カーを追跡する動画をユーチューブで配信し収益を得ていたことなどがその例とされているようです。
現在、ネット上の誹謗中傷やプライバシー侵害などの問題に対処するために大規模なプラットフォーム事業者に対し違法投稿への対応の迅速化などを義務を課す「情報流通プラットフォーム対処法」という法律が、2024年5月17日に公布され、旧プロバイダ責任制限法が改正されて制定されています。
この法律は選挙の候補者の名誉を毀損する内容の投稿を削除しても賠償責任を負わない特例も設けているのですけれども、自民が検討を進める法改正では、こうした特例に収益の支払い停止も追加する方向で検討が進められているようです。
また、SNSに関する規定がない公職選挙法の改正なども検討し、夏の東京都議選や参院選を前に一定の結論を得ることを目指すとしています。
2.報道と責任
この法改正について、ネットなどでは、「言論弾圧の始まりだ」などという批判の声も少なからず上がっているようですけれども、自民党内での議論自体は最近になって行われたものです。
昨年12月17日、自民党選挙制度調査会と情報通信戦略調査会が合同会議を開催し、昨今の選挙におけるSNSの利用等について議論を行っているのですけれども、ここから本格議論を始めています。
会議は、11月に行われた兵庫県県知事選挙の概要、そしてインターネット上の違法・有害情報対策と偽・誤情報対策の現状について政府からの説明を受けて行われ、自民党選挙制度調査会会長の逢沢一郎衆院議員は、選挙期間中にSNS上で偽情報などが飛び交った兵庫県知事選に触れ、「公明正大な、あるべき選挙の姿から大きく逸脱している……重大な関心を持って必要な措置を講じなければならない」と語りました。
「公明正大な、あるべき選挙の姿」とは一体何なのかよく分かりませんけれども、出席の議員からは、「選挙の際にSNSを利活用することに関しては、有権者、候補者の双方にとって良い環境を確保することが時代の要請であり必要だ。一方、選挙運動を収益化することは問題だ」との指摘が多くの議員から寄せられたようです。
また、知事選で飛び交ったという「偽情報」なるものがいかなるものか、という定義もあやふやです。
昨年11月19日、読売新聞は「兵庫県知事選 真偽不明の情報が拡散した」という記事を掲載しています。
件の記事の概要は次の通りです。
民主主義の根幹である選挙で示された民意は尊重されねばならない。だが、その民意の形成過程で、真偽不明の情報がSNS上で拡散し、公正であるべき選挙が 歪 ゆが められたとすれば、ゆゆしきことだ。あれから一カ月半たって、今の状況はどうか。
兵庫県議会の全会一致で不信任が決議されたことを受けて失職した前知事の斎藤元彦氏が、出直し選で返り咲いた。不信任の発端は、斎藤氏のパワハラ疑惑を元県幹部が内部告発したことだった。斎藤氏は告発を公益通報として扱わず、県幹部に調査を命じて元幹部を特定し、懲戒処分にした。元幹部は7月に死亡した。自殺とみられている。
斎藤氏ら当時の県側の対応は、公益通報者保護法の趣旨に反していた疑いがある。
知事選での斎藤氏の勝因は、県立大無償化などの実績が評価されたことなどが挙げられている。だが、大きな原動力となったのは、斎藤氏の支持者によるSNSでの情報発信だったと言えよう。
失職直後の斎藤氏は、他候補に引き離され、再選は困難との見方が多かった。しかし告示後、SNS上に「斎藤さんは悪くない」といった投稿が増え始めた。斎藤氏を擁護するため、亡くなった告発者の名誉を傷つけるような発信が相次ぎ、斎藤氏支持の論調ができた。自分の当選ではなく、斎藤氏を当選させると公言して、政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が出馬し、その種の情報を発信したことも、斎藤氏の熱烈な支持者を生んだようだ。
その結果、公益通報を巡る本質的な議論がかすみ、斎藤氏擁護の声が大きなうねりとなった。
7月の東京都知事選や先の衆院選でも、特定の候補や政党がSNSでの発信を駆使し、予想を上回る躍進を果たした。SNSの情報は虚実入り交じっているだけでなく、広告収入を目当てにしたかのような無責任な投稿も少なくない。
選挙で相手候補を 貶 おとし めることを狙ったような投稿に影響されて民意が形成されることになれば、選挙の公平、公正さを保てず、民主主義の危機を招く。各政党は、国会でSNSと選挙のあり方について議論を深めるべきだ。
県民の信任を得たからといって斎藤氏の疑惑が消えたわけではない。県議会の百条委員会や県の第三者委員会は、公益通報に関する調査を続けている。斎藤氏に問題があったという結論が出たら、誰が、どう責任をとるのか。
12月25日の百条委員会では、井戸元知事のクーデター計画が暴かれていき、画策した議員が慌てふためく。SNSで流れた以上の闇が詳らかにされています。斎藤知事には問題なく、百条委員会そのもの含め、マスコミにも問題があったという結論が出たら、誰が、どう責任をとるのか。
3.You are the media now
やはり、その時点で、これが誤情報だ、あれがフェイクだと決めるのは極めて難しいケースがあるということです。
自民党は、公職選挙法改正などの法規制も視野に入れつつ、検討を進める方針としていますけれども、具体的な法規制となると、憲法が保障する「表現の自由」との兼ね合いや、先ほども触れた、偽情報や誤情報を判断する方法など、課題が多々あります。
逢沢・選挙制度調査会会長は会議後、記者団に「国民の混乱が現実のものになっている。なにがしかの対処方針、方向性を見いだしたい」と語ったそうですけれども、それから10日してから、選挙動画収益支払い停止の話が出てきたところをみると、色々検討した結果、これくらいが精一杯で、これ以上のことはできそうもないという方向に議論が固まりつつあるのではないかという気もします。
ただ、仮にそうだったとしても、それでも問題が残ります。
選挙動画収益支払い停止について、弁護士でジャーナリストの楊井人文氏は次のように述べています。
現行のプロバイダ制限責任法(来春、情報プラットフォーム対処法に改称)にも、選挙期間中は名誉権を侵害された候補者の申出から2日以内に投稿者の反論がなければ削除できる(事業者が免責される)との選挙の特例があります(通常は7日)。楊井氏は、選挙投稿する人は、儲けとか関係なく投稿する奴はするのだと指摘し、この法改正案が直接的に表現の自由を制約するものではないようにみえても注意が必要だと指摘しています。
この記事で検討されている案は、投稿者の収益を奪うことで、投稿のインセンティブをなくすことが狙いとみられます。ですが選挙という政治的闘争の場では、収益があろうがなかろうが、政治的動機から投稿する人は投稿するでしょう。たしかに経済的動機だけで名誉権を侵害するような投稿は減らせる効果があるかもしれませんが、収益が重要な動画配信メディアにとっては選挙関連の配信(特にライブ)のリスクが高まり、収益化停止を恐れる萎縮効果が生じる可能性があります。
どういう場合に収益化停止を可能とするのか詳細もわかりませんし、直接的に表現の自由を制約するものではないようにみえても要注意です。
これはその通りだと思います。確かに選挙動画を収益化をさせないということで、そこらの「ゴミ動画」は消えるかもしれません。けれども、最初から「金なんてそんなの関係ねぇ」と気合の入った輩は投稿しますし、あるいは、別の誰かや組織から資金提供されて選挙動画を作って流す輩にも、プロバイダからの収益なんぞなくても屁の河童でしょう。
実際ネットでも「なにこれ?テレビ新聞雑誌ラジオ収益ある媒体すべて収益化禁止じゃなければおかしくない?」「無収益なら中傷や偽情報はオッケーになっているので、これまでと変わらずに発信する物は発信する。『人は憎しみを晴らすなら無償でも行う』という基本を政治家は知らんの?」「資金の無い、草の根政治運動潰しを自動的に行う事が出来る非民主主義的法案ですね。資金潤沢なところが有利なだけでしょ」などといった批判の声があがっています。
実業家のイーロン・マスク氏は昨年のアメリカ大統領選で「あなた方は今やメディアです」という名フレーズを残しましたけれども、件のツイートの全文は次の通りです。
この選挙の現実はXで明白に明らかでしたが、ほとんどの旧来のメディアは国民に対して執拗に嘘をつき続けました。これらは表現の自由があって初めて成り立つものです。間違っていれば、誰かがそれを訂正します。それでよいと思います。下手な規制はまた新たな闇を生みかねません。
あなた方は今やメディアです。
あなたの考えや観察をXに投稿してください。間違っている場合は他の人の意見を訂正してください。そうすれば、真実を見つけられる場所が世界に少なくとも 1 つ増えることになります。
五箇条の御誓文第一条「万機公論に決すべし」。この精神を今一度思い起こす必要があるのではないかと思いますね。
The reality of this election was plain to see on 𝕏, while most legacy media lied relentlessly to the public.
— Elon Musk (@elonmusk) November 6, 2024
You are the media now.
Please post your thoughts & observations on 𝕏, correct others when wrong and we will have at least one place in the world where you can come… https://t.co/OcC3SKWHzA
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