

1.トルドー辞任
1月6日、カナダのジャスティン・トルドー首相が与党・自由党の党首と首相の職を辞任すると表明しました。
カナダでは2015年からトルドー首相が9年間にわたって国を率いてきたのですけれども、インフレへの対応などをめぐり支持率が低迷。退陣を求める声が与党内で大きくなっていました。
トルドー氏は記者会見で、「党がしっかりした全国的な競争手続きを通じて次の党首を決めたのち、党首として、首相として、辞任する……この国は次の選挙で真の選択が必要だ。私が党内抗争を戦わざるを得ない事態になっているなら、それはつまり、私が最良の選択肢ではないということなのだろう。そのことが、はっきりした」と、与党内からの辞任圧力が決断の要因となったことを示唆しました。
トルドー首相は、新党首が決まるまで首相としてとどまり、3月24日までは連邦議会を休会にする方針としています。
自由党幹部のサチット・メーラ氏は、週内に党役員会を開き、新党首選出に向けて動き出すとする声明を発表。「全国の自由党員は、ジャスティン・トルドーが10年以上にわたって党と国に対してリーダーシップを発揮してくれたことに計り知れない感謝の念を抱いている」とし、トルドー氏について「首相として、彼のビジョンはカナダ国民に変革的な進歩をもたらした」と評価。児童手当や、歯科医療や一部の処方薬に対する保険適用などを実績として挙げています。
一方、野党・保守党のピエール・ポワリエーヴル党首は、トルドー氏の辞意表明について「何も変わっていない」とソーシャルメディア「X」に投稿。「自由党の議員や党首候補は全員、トルドーのしたこと全てを9年間支持した。そして今、自由党の顔をすげ替えて有権者をだまし、また4年間、カナダ国民にたかり続けようとしている。ジャスティンと同じように」と批判しています。
2.カナダの人の多くは51番目の州になることを歓迎している
1月6日、アメリカのトランプ次期大統領はトルドー首相の辞任表明を受け、ソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で「カナダの人の多くは51番目の州になることを大いに歓迎している。アメリカはもはやカナダを維持させるために必要な巨額の貿易赤字と補助金に苦しむことはできない。トルドー氏はそれを理解しているから、辞任するのだ……もしカナダがアメリカと合併すれば、関税はなくなり、税金は大幅に下がり、カナダを取り囲むロシアや中国の船舶の脅威から完全に守られることになるだろう。一緒になれば、どんなにすばらしい国になることか」と強調しました。
昨年12月6日のエントリー「カナダがアメリカの51番目の州になる日」でも取り上げましたけれども、トランプ次期大統領はカナダからの輸入製品に対して関税を課す方針に対抗する姿勢を示したトルドー首相に対し、国境問題と貿易赤字を解決しろ、とできなかったらアメリカの51番目の州になればいいとまで述べていました。
トランプ次期大統領は「カナダの人の多くは51番目の州になることを歓迎している」と述べていますけれども、実際はどうなのか。
これについてBBCがカナダの人々はどう受け止めているのかを取材し、昨年12月19日に報じています。
それによると、「恐怖を感じた」「カナダを馬鹿にしている」「ああいうコメントは不快に感じる。同盟国への理解に欠けている」「発言を撤回すべきだ」「危険なイデオロギーだ」「他国に干渉すべきではない」といった声が多く、必ずしも歓迎しているようには見えません。
3.グリーンランドとパナマ運河とメキシコ湾
トランプが興味を示している他国はカナダだけではありません。デンマーク領グリーンランド、中米のパナマ運河、メキシコ湾にも及んでいます。
1月7日、トランプ次期大統領は私邸「マール・ア・ラーゴ」で記者会見しました。会見は幅広いテーマで発言したのですけれども、その中でグリーンランド、パナマ運河、メキシコ湾についても触れています。
会見から該当する部分を抽出すると次の通りです。
ドナルド・トランプ:日本の報道だけ聞いていると、なにやらトランプ氏が領土拡張主義に走ったのか、なんてギョッとするかもしれませんけれども、カナダの51番目の州発言にせよ、アメリカに必要ない車や乳製品、木材を売りつけて、貿易赤字をつくるくらいなら、同じ国にしてしまえばそんな問題は消えてなくなる。また、パナマ運河を返せ発言にせよ、膨大な金と人命を掛けて運河を作ったもののタダ同然でパナマにくれてやった。なのにあろうことか修理費をアメリカに無心してきた。今やその運河は中国が濫用している。アメリカはパナマ運河を取り返し、正当な利益を受け取るべきだ、という具合に、徹頭徹尾商売の論理、合理性で考えればこういう答えにもなるかもしれないという気がします。
……パナマ運河は恥ずべきものだ。パナマ運河で起こったこと。ジミー・カーターはそれを1ドルで彼らに与えました。彼らは私たちをよく扱うはずだった。それはひどいことだと思った。それは比較的私たちの国の歴史の中でこれまでに建てられた中で最も高価な構造物だった。現在の価値で1兆ドル以上に相当するだろう。
38,000人が亡くなった。考えてみてくれ、38,000人もの人々がマラリアや蚊で亡くなった。蚊を駆除できなかったのだ。彼らはその仕事をするために5倍の給料を払いた。その多くが亡くなった。私たちは1ドルでその仕事を手放したのだ。しかし、彼らは私たちを公平に扱わなければならないという取り決めがあった。彼らは私たちを公平に扱っていない。彼らは私たちの船に他国の船よりも高い料金を請求する。彼らは私たちの海軍に他国の海軍よりも高い料金を請求する。彼らは私たちをバカだと思って笑っているが、私たちはもうバカではない。だから、パナマ運河は現在協議中だ。彼らは協定のあらゆる側面に違反し、道徳的にも違反した。
彼らは、水漏れがあり、修理も行き届いていないので、我々の助けを求めている。そして、修理のために30億ドルを出してほしいと言っているのだ。私は、「では、中国からお金を調達したらどうか」と言った。なぜなら、中国は基本的にこの運河を乗っ取っているからだ。中国はパナマ運河の両端にいる。中国はパナマ運河を運営しており、彼らはこのバイデンに会いに来る。この男は大統領選に出馬することさえ許されるべきではなかったのだ。もちろん、彼女も大統領選に出馬すべきではなかったのだから。私は1人ではなく2人を負かさなければならなかった。しかし、彼らは、中国が運営し、中国が大儲けしているパナマ運河を修理するために30億ドルを求めている。パナマ運河は中国が運営しており、中国が大儲けしている。パナマ運河は、これまで建設された中で最も利益を生む構造物の一つだ。率直に言って、フロリダに戻る船が並んでおり、通過し続け、その数字は驚異的だ。1隻あたり50万ドルから100万ドルだ。そして彼らはそれを私たちから奪い取った。つまり、我々は1ドルで彼らに渡したのだが、それは実現しない。
彼らが私たちにしてきたことは、私たちに課すことだ。彼らは私たちの船に法外な料金を請求し、私たちの海軍に法外な料金を請求し、そして修理費が必要になると、アメリカに修理に来るのだ。私たちは何も得られない。そんな時代は終わった。議会の共和党多数派と協力して、税金を削減し、規制を大幅に削減し、賃金を上げ、世界が見たことのないペースで、そしてもちろん私たちの国で見たこともないようなペースで所得を増やす。私の政権下でコロナが来る前の最初の3年間は、その大部分を占めていた。私たちは史上最高の経済を享受していた。私たちは国の歴史上最も多くの規制を削減し、私はそれをすべて4年間で行った。他のどの大統領よりも4倍多い規制を削減した。私たちはそれを4年間で行った。そして、それはまだ始まったばかりだった。私たちは新しい関税を課し、私たちの店の製品に再び「Made in the USA」という美しい言葉が刻印されるようにする。
カナダはご存知のとおり、あまり良い待遇を受けていない。カナダは年間約2,000億ドルの補助金を受けている。カナダは基本的に軍隊を持っていません。非常に小さな軍隊だ。彼らは私たちの軍隊に頼っている。それはそれでいいのだが、彼らはその費用を支払わなければならない。とても不公平だ。私には素晴らしい友人がたくさんいる。その1人はウェイン・グレツキーだ。私は「首相に立候補してくれ。あなたは勝つだろう。2秒で決まる」と言った。しかし彼は「では、私は首相に立候補するのか、知事に立候補するのか。あなたが決めてください」と言った。私は「わからない。知事にしよう。知事のほうがいいと思う」と言った。しかし、いや、何かしなければならない。メキシコでも同じだ。私たちはメキシコに対して巨額の赤字を抱えており、メキシコを大いに支援している。彼らは基本的にカルテルに支配されており、それを許すことはできない。
メキシコは本当に困った状況にある。非常に危険な場所だ。近いうちに今後の日程を発表する予定だ。メキシコはほとんどの作業を行っており、私たちのものなので、変更するつもりだ。変更するのは…バイデンがすべてを閉鎖し、実質的に50兆から60兆ドル相当の資産を処分するのとは正反対だ。メキシコ湾の名前をアメリカ湾に変更する。アメリカ湾は美しい環を持ち、多くの領土を覆っている。アメリカ湾、なんと美しい名前だろう。そして適切だ。適切なんだ。そしてメキシコは何百万人もの人々が我が国に流入するのを止めなければならない。彼らは彼らを阻止することができる。そしてメキシコとカナダに非常に厳しい関税を課する。なぜなら彼らはカナダも通過しており、流入する薬物の数は記録的な数に達しているからだ。
だから我々はそれを補うためにメキシコとカナダにかなりの関税を課すつもりだ。そして我々は誰とも仲良くしたいと思っているが、タンゴを踊るには二人が必要だ。我々はアメリカの黄金時代の幕開けに近づいている。それはアメリカにとっての黄金時代になるだろう。我々は他の誰も持っていないものを持っている。我々はより多くの天然資源を持っている。ナンバーワン…私が来るまで誰も知らなかった。私は我々をナンバーワンにしたのだ。我々はナンバーワンだった。我々はナンバーワンだった。私は掘削で非常に短い期間で我々をナンバーワンにしたのだ。そして風車についてお話ししよう。風車は我々の国を汚している。まるで紙を捨てるか、野原にゴミを捨てるかのよう、国中に散らかっている。そしてそれは風車に起こることだ。なぜなら一定期間でゴミに変わるからだ。史上最も高価なエネルギーである。補助金を得て初めて機能する。
【中略】
発言者1:
大統領、ありがとうございます。あなたがおっしゃった世界帝国について触れたかったのですが、まずはグリーンランドやパナマ運河などについてお話ししましょう。これらの地域を支配しようとするとき、軍事力や経済力による強制は行わないと世界に保証できますか。
ドナルド・トランプ:いいえ。
発言者1:
あなたの計画について少し教えていただけますか? 新しい条約を交渉するつもりですか? カナダ国民に投票を求めるつもりですか? 戦略は何ですか?
ドナルド・トランプ:
確証は持てない…あなたはパナマとグリーンランドのことをいっているね。いや、その2つについては確証は持てまないが、これだけは言える。経済安全保障のためにはそれらが必要だ。パナマ運河は私たちの軍隊のために建設されたんだ。
発言者1:
軍事または……
ドナルド・トランプ:
いや、そのことにはコミットしない。おそらく、何かしなければならないだろう。パナマ運河は我が国にとって極めて重要だ。中国が運営している。中国だ。そして、我々はパナマ運河をパナマに譲ったのである。中国に譲ったのではない。そして中国はそれを濫用した。彼らはその贈り物を濫用したのだ。それは決してなされるべきではなかったのだ。私の意見では、パナマ運河を譲ったことがジミー・カーターが選挙に負けた理由だ。人質のことよりも大きいかもしれない。人質は大きな問題だった。しかし、覚えておられると思うが、今、パナマ運河について話す人はいない。それは不適切だからろう。それはカーター政権の悪い遺産だからだ。
しかし彼は良い人だった。良い人だった。私は彼のことを少し知っていたが、彼はとても立派な人だった。しかしそれは大きな間違いだった。パナマ運河をパナマに譲ったことは非常に大きな間違いだった。私たちは38,000人の命を失った。1兆ドル相当、あるいはそれ以上の費用がかかった。彼らは、それが史上最も高価な構造物だと言っている。構造物と呼ぶことができるなら、そう言えるだろう。そしてそれを譲り渡すことはひどいことだった。そしてそれがジミー・カーターが選挙に負けた理由だと思う。人質よりもさらにだ。
【中略】
発言者7:
グリーンランドについてですが、あなたの立場は明確ですが、計画を作成するために具体的な行動を取るようスタッフに指示しましたか。また、軍事的強制を排除しなかったともう一度詳しく説明してください。
ドナルド・トランプ:
そうだね、国家安全保障のためにグリーンランドが必要なのだ。私が立候補するずっと前からそう言われてきた。つまり、人々は長い間そのことについて話し合ってきた。そこには約45,000人の人々が住んでいる。デンマークがそこに何らかの法的権利を持っているかどうかさえ人々は知らないが、もし知っているなら、国家安全保障のために必要であるため、放棄すべきだ。それは自由世界のためなのだ。私は自由世界を守ることについて話しているのだ。双眼鏡さえ必要ない。外を見れば、中国の船が至る所にある。ロシアの船が至る所にある。私たちはそんなことはさせない。させない。そして、もしデンマークが結論を出したいとしても、彼らに権利、所有権、利益があるかどうか誰も知らない。人々はおそらく独立か米国への移住に投票するだろう。しかしもし彼らがそうするなら、私はデンマークに非常に高いレベルの関税を課すだろう。
発言者5:
スタッフに買収計画の作成を依頼しましたか?積極的に取り組んでいるますか?
ドナルド・トランプ:
いや、まだその段階ではない。私はまだ就任すらしてない。
【中略】
発言者5:
大統領、あなたがカナダを米国の51番目の州にすることを本気で考えていると仮定したとして、カナダの保守党の党首は「いかなる状況でもカナダが51番目の州になることはない」と言っています。
ドナルド・トランプ:
彼は勝てないかもしれないが、勝つかもしれない。私は気にしない。
発言者5:
デイビッドの指摘に関して、あなたはそう示唆していました。
ドナルド・トランプ:
いいか、彼が何を言おうと私には関係ない。
発言者5:
ちょっと質問させてください。パナマとグリーンランドを獲得するために軍事力を使うことを検討しているとおっしゃっていたが、カナダを併合して獲得するためにも軍事力を使うことを検討しているのですか?
ドナルド・トランプ:
いや。カナダと米国にとって経済力は本当にすごいものだ。人為的に引かれた境界線をなくし、それがどのようなものか見てみると、国家安全保障にとってもはるかに良いものになるだろう。忘れないでくれ。私たちは基本的にカナダを守っている。しかし、カナダの問題はここにある。ここにいる多くの友人たち、私はカナダの人々を愛している。彼らは素晴らしいのだが、私たちはカナダを守るために年間数千億ドルを費やしている。カナダの面倒を見るために年間数千億ドルを費やしている。貿易赤字で、私たちは莫大な損失を被っている…彼らの車は必要ない。彼らは私たちの車の20%を作っている。それは必要ない。デトロイトで作りたいんだ。車は必要ない。彼らの木材は必要ない。私たちには広大な木材畑がある。彼らの木材は必要ない。愚かな人々が制限を課しているので、制限を解除する必要があるが、それは大統領令で行うことができる。
彼らが持っているものは何も必要ない。彼らの乳製品も必要ない。彼らのものより多く持っている。何も必要ない。それなのに、なぜカナダを守るために年間2,000億ドル以上を失っているのだろうか。私はトルドーにそう言った。「聞いてくれ。私たちが補助金を出さなかったらどうなるのか」と。なぜなら、私たちは彼らに多額のお金を出しているからだ。私たちは彼らを助けている。例えば、私たちは砕氷船を購入しており、カナダは砕氷船の購入に加わりたいと考えている。私は、砕氷船の購入にパートナーは欲しくないと言った。パートナーは必要ないが……
発言者5:
米国は領有権を主張する権利がありますか?
ドナルド・トランプ:
権利はない。権利はない。権利はない。我々の権利は…我々も36兆ドルの負債を抱えているから、彼らの財政難を助けない権利がある。我々はすぐに債務返済を開始するが、エネルギーやその他の理由でそれが可能になる。しかし、権利はない。権利はない。権利はない。権利はない。しかし、なぜ我々は年間2000億ドル以上も国を支援しているのか?我々の軍隊は彼らの自由に任されている。これら他のすべてのものは、国家であるべきだ。それが、トルドーが来たときに私が彼に言ったことだ。「我々がそうしなければどうなるのか?」と私は言った。彼は「カナダは解体するだろう。カナダは機能しなくなるだろう」と言った。我々が彼らの自動車市場の20%を奪わなければ。繰り返すが、彼らは何十万台もの自動車を我々に送ってくる。彼らはそれで大儲けしている。彼らは我々が必要としない他の多くのものを送ってくる。
彼らの車も他の製品も必要ない。彼らの牛乳も必要ない。牛乳はたくさん手に入る。あらゆるものがたくさん手に入るが、どれも必要ない。そこで私は彼に「では、なぜ私たちはそれをやっているのか」と尋ねた。彼は「よく分からない」と言った。彼は質問に答えることができなかった。しかし私は答えることができる。私たちは習慣でそれをやっている。私たちは隣人が好きで、良い隣人であったからだ。しかし、それを永遠に続けることはできない。それは莫大な金額だ。なぜ私たちは2000億ドルの赤字を抱え、それに補助金という形で彼らに与える他の多くのものを追加しなければならないのか。私は「州ならそれは問題にならない」といった。
…しかし、もしあなたが他の国なら、私たちはそれを望まない。欧州連合ともそれをするつもりはない。欧州連合(EU)は3500億ドルの貿易赤字を抱えている。彼らは私たちの車を買わない。私たちの農産物も買わない。だから、我々も彼らとは付き合うつもりはない。ブライアン、どうぞ。
ただ、各国の歴史観、国家観への配慮がない分、敵を作りやすい発言になるとは思います。
4.トランプのアメリカファーストは領土拡張主義なのか
これら一連のトランプ次期大統領の発言について、Wedgeオンラインは1月7日に、明治大学教授の海野素央氏の「〈カナダは米国の51番目の州になるのか?〉トランプの「米国第一主義」は領土の「拡張主義」へ「グリーンランド、パナマ運河、カナダが標的に」」という記事を掲載しました。
件の記事の概要は次の通りです。
・ウラジーミル・プーチン露大統領(以下、初出以外敬称および官職名等略)は、武力によりウクライナの領土の一部を奪った。2025年1月20日の米大統領就任式を前に、今、ドナルド・トランプ次期米大統領は、ディール(取引)による領土拡張を狙ったと解釈可能な発言を繰り返している。本稿では、トランプの一連の発言の狙いを探ってみる。前述した「マール・ア・ラーゴ」でのトランプ氏の記者会見を読んでいれば、この記事の大半はその補助線として理解してよいと思うのですけれども、この記事の結論が、「トランプ氏による「領土拡張主義」であり、極めて危険な米国のリーダーが返り咲く」となっているのには首を傾げてしまいます。
・トランプは第1期目の2019年に、デンマークの自治領であるグリーンランドの購入を提案した。米有力紙ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポスト(いずれも電子版)は、トランプの旧友で、米化粧品メーカーのエスティローダー社のロナルド・ローダー氏が、トランプにグリーンランド購入の考えを思いつかせたと報道した。しかし、デンマークのメテ・フレデリクセン首相に拒否され、トランプは同国訪問を中止したという経緯がある。
・米大統領就任式を前に、トランプは自身の公式のSNSに「世界中の国家安全保障と自由の目的のために、米国はグリーンランドの所有と管理が絶対必要だと考えている」と投稿し、グリーンランド購入に再び強い意欲を示した。これに対し、ムテ・エゲーデグリーンランド自治政府首相は、「グリーンランドはわれわれのものである。売り物ではないし、これからも売り物になることはない」と声明を出して、トランプに対して断固拒否の意を表した。
・では、なぜ、トランプはグリーンランドにこだわるのか。まず、グリーンランド西北部にはピッフィク米宇宙軍基地がある。また、グリーンランドには未だ開発がされていないレアアース(希土類)、石油、天然ガス等が豊富にあるとみられている。
・さらに、地球温暖化の影響により船舶の運航が容易になり、貿易および軍事上、グリーンランドの戦略的な地位が近年高まっている。となると、米国のライバル中国の影響力が強まる前に、先手を打つ狙いがあると言えそうだ。
・同時に、トランプは自身の不動産ビジネスと絡めて、グリーンランドの観光産業に目をつけたのかもしれない。加えて、トランプは自身のレガシー作りを考えている可能性も排除できない。過去に米国は外国の領土を購入した。トーマス・ジェファソン第3代大統領は1803年、南部ルイジアナをフランスから、アンドリュー・ジョンソン第17代大統領は1867年、ロシアからアラスカを購入した。ルイジアナとアラスカの購入は、米国史に残る出来事である。
・従って、トランプのグリーンランド購入の背景には、公益と私益の双方があるとみてよいだろう。
・グリーンランド購入に加えて、トランプはパナマ政府にパナマ運河の米国の管理権の再取得を訴えている。1903年以来、米国は同運河を永久租借していたが、1977年9月7日の新パナマ運河条約によってパナマとの共同管轄に移った。
・その後、1999年12月31日に管轄権はパナマに返還された。ちなみに、上記の新パナマ運河条約に署名したのが、2024年末に亡くなったジミー・カーター元大統領であった。
・カーターが死去すると、トランプは自身のSNSに、「私は彼(カーター)に最大の敬意を払っている」と、カーターの業績を称賛する投稿をした。しかし、実際のところトランプは、カーターの業績を覆そうとしている。米国は不当に高額の運河通航料を課せられているので、再びパナマ運河の管理権を取得し、米国の管理下に置くと、トランプは言うのだ。
・また、英公共放送BBCによれば、ホンコン系企業がパナマ運河の入り口にある2つの港の管理に携わっている点も懸念材料になっている。
・トランプは就任後、パナマ政府に圧力と脅しをかけ、運河通航料の引き下げか、管轄権の返還かの二者択一のディールを突き付けることになる。これに対しても、パナマのホセ・ラウル・ムリノ大統領は「われわれの国の主権と独立に関して交渉の余地はない」と述べ、トランプの要求を退けた。
・パナマは、2017年に台湾との国交を断絶し、翌18年に習近平国家主席の訪問を受け入れ、「一帯一路」に署名した。これにより、パナマと中国の関係が著しく近くなった。
・中国からすれば、パナマ運河は欧州へつながる国際貿易の最重要地点である。当然ながら、米国は、パナマ運河が中国の管理下に置かれることに強い警戒心を示している。
・トランプはカナダが「米国の51番目の州になる」と自身のSNSに投稿し、ジャスティン・トルドー首相を「トルドー知事」と呼んだ。そうなれば、カナダは「税金と防衛費を節約できる」と冗談交じりに言った。
・第1期目のトランプとトルドーの関係は、決して良好であったとは言えない。トランプはトルドーを「弱いリーダー」と呼び、一方、トルドーは、トランプに批判的な発言している姿をメディアに撮られてしまった。
・トランプは第2期目の大統領就任初日に、カナダからの米国への輸入品に一律25%の関税をかけるとすでに宣言しており、関税でカナダ経済を疲弊させ、個人的に恨みのあるトルドーを“いじめ”て、首相の座から引きずり下ろそうとしているように見えなくもない。
・トルドーは2024年11月29日、トランプの南部フロリダ州にある私邸マーラ・ア・ラーゴを訪問した。彼は米大統領選挙後、G7のメンバーの中で、トランプに最初に会った首脳になった。トランプは、関税で圧力と脅しをかけ、トルドーの訪問を引き出し、支持者や米国民に「強いリーダー」の自分をみせつけた。
・米CNNによれば、トランプは「メディアの注目を集める」「支持基盤を活性化させる」および「ディールをまとめるために先制攻撃を行う」ために、上記のような発言をする傾向がある。確かに、交渉を有利に進めて、目の前のディールを成立させるための戦術としてみることができる。
・しかし、トランプのディールの戦術は、同盟国や友好国の主権や国境を軽視したものであり、彼らとの関係悪化を招くものである。大統領選挙期間中、「米国が再び世界から尊敬されるようにする」とのトランプの主張とはほど遠い。
・トランプの第1期の「米国第一主義」は、「不干渉・不関与」の孤立主義的な色が濃いと見られていたが、「グリーンランド購入」「パナマ運河の管理権返還」と「米国の51番目の州としてのカナダ」に関する発言は、領土の「拡張主義」であると解釈できる。トランプの新しいバージョン「トランプ2.0」では、「米国第一主義」は「拡張主義」を取り込んで行くのか。
・仮にそうなれば、国際上、「武力のプーチン」と「ディールのトランプ」は、手法は異なるが、到達地点は同じであるがために、極めて危険な米国のリーダーが返り咲くことになる。
前述したように、トランプ氏の記者会見を見る限り、一連の発言はひたすら経済合理性を突きつめたときの解の一つであるだけで、それが「領土拡張主義」とするには飛躍があると思います。実際、トランプ氏は「領有権を主張する権利はない」と述べています。
まぁ、この記事を書いた海野教授は、たしかアメリカ大統領選で、テレビ番組に解説者として度々登場してはトランプ氏に否定的な発言を繰り返していた記憶があります。もちろん何か含むところがあるとは思いませんけれども、ちょっと狭量な解釈ではないかと思いますね。
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