

1.ガザ住民の受け入れ
2月3日、石破総理は、衆院予算委員会で、公明党・岡本三成政調会長が2017年から行われた政府のシリア難民留学生受け入れ事業を例に、パレスチナ自治区ガザ地区の住民についても同じことができないかという質問に対し「病気、けがをした方々を日本に受け入れられないか、いま、鋭意努力をしている」と語った上で「政府として実現に向けて努力していく。その時、どこの大学が受け入れてくれるかも極めて大事。シリアの例をよく参考にしながら、実現に向けて努力をする」と答えました。
案の定、この発言にネットは炎上。「日本に移民が流れ込む」「強制移住に加担したとみられないか」といった懸念が続々と上がりました。
翌4日、登山家の野口健氏は、「仮にテロリストが紛れ込んでいたら石破首相は全責任をとれるのだろうか? ……ハマスの支持者が圧倒的に多数を占めているとされるガザ住民。ハマスというテロ集団に一切関わりがない、また共感もしていないという証明をどうやってとるのか……仮にガザ住民を受け入れるのならば、該当者の身辺をかなり調査すなければならなくなるはず。その能力が外務省なりにあるのだろうか? 」と連続投稿。
さらに、「ガザの医療施設の多くが破壊されているのだろう。一番の負担がないのは現地で医療行為ができること。充実した野戦病院を至急作るのか、または、病院船の派遣か。 日本に病院船が存在していないなら他国から借りられないのか。……近隣諸国に医療従事者を派遣した方がいいのではないか……近隣諸国がガザ市民の受け入れにどれだけ協力してもらえるのかどうか。同じくテロリストが紛れ込んでしまうリスクに晒される事になるわけで。仮に日本で受け入れるのならば、ガザ市民の圧倒的なハマス支持率からして何重ものハードルを設けた方がいい。例えば子供に限るなど……そして、石破総理が本当に責任を持つというのならば、まずは自らの選挙区で受け入れてみたらいかがでしょうか。」とツイートしました。
ただ、筆者が気になるのは、質問は、難民留学生受け入れ事業についてなのに、石破総理は聞かれてもいない「病気・怪我をした人の受け入れをしようとしている」と答えたことです。
筆者個人的には、意図的に漏らしたような気がします。つまり、ガザ住民を受け入れるぞという事前告知の意味で、話したのではないかということです。
2.住民、難民、そして傷病者
この発言に識者らは次のようにコメントしています。
エコノミスト/経済評論家 門倉貴史氏:総じて懸念する見方です。昨今のクルド人問題がクローズアップされる中、無暗な受け入れに慎重な意見がでることは無理からぬことだと思いますけれども、この問題のポイントは、そもそもにして、受け入れる人々が、ガザ住民なのか、難民なのか、それとも傷病者なのか、という点です。
日本がガザ地区住民の受け入れをすれば、ガザ地区住民の滞在費や食費、医療費、子供の教育費といった財政負担が重くのしかかってくる。財政運営が厳しさを増す中で、また物価高で国民生活が窮乏化する中にあって、今の日本にはガザ地区住民を受け入れる経済的余裕はないというのが実情だろう。
しかも、パレスチナ周辺国であればガザ地区住民の受け入れ・支援が自国の国益につながる側面もあるが、日本の場合には直接的な見返りが期待できないどころか、国民を国際紛争に巻き込むことで国益を損なう恐れすらある。
政府債務残高が2023年末に1286兆円と過去最大になるなど、日本の借金は膨らむ一方だ。最終的に税金というかたちで政府の借金のツケを払わされるのは私たち国民なのだから、政府は財政が深刻な状況になっていることをもっと自覚して、海外支援は身の丈にあった水準にとどめるべきだ。
中東専門家/こぶた総合研究所代表 髙岡豊氏:
ごく短い記事ですが、本邦にとっても、アラブ・イスラエル紛争の歴史の上でもとんでもない重要性を持ちうる問題です。人道上絶対的な必要があるごく少数を、「確実にガザ地区に帰還させる保証がある」状態でならともかく、多数を、帰還の保証もない状態で「受け入れる」となると、「パレスチナ人の強制移住」に手をかすかのように解釈されかねません。パレスチナ以外のアラブ諸国は「現実を踏まえて実利的に」振る舞うのかもしれませんし、もうイスラーム過激派もパレスチナなんかに連帯してアメリカやイスラエルに歯向かう存在ではありません。それでも「強制移住に加担した」かのような印象を受けると、中東やアラブの間に「ある」と信じられている根拠のない素朴な「親日感」をぶち壊しにしかねません。中東やアラブだけでなく世界的にも、悪印象を持たれない入念な制度の設計が必要になるでしょう。
国際政治学者 六辻彰二氏
良くも悪くもかなり踏み込んだ発言といえる。治療が必要な重症者だけなのか、人数はどれくらいか、さらに難民としての法的立場を与えるのか、といったことは首相の答弁だけでは不明確だが、仮に治療目的ならガザ停戦合意でも盛り込まれた内容で、すでにエジプトなどに向けて患者の搬送も始まっていることだ。
周辺国以外で受け入れている国はほとんどなく、「人道目的の国際協力」の範疇に収まるだろう。その一方で、難民として受け入れるというなら政治的意味合いが強くなる。
現段階でガザ住民を難民として外国が受け入れるよう求めているのは、イスラエルやアメリカだからだ。イスラエル政府からは「ガザ住民を先進国が難民として引き受けるべき」といった発言すら出ている。ガザを無人にすることが、強硬派の主張するガザ併合を進めるうえで都合がいいからだ。どの方向を目指すのか、首相にはもう少し具体的な説明が求められるだろう。
3.メディカル・エバキュエーション
2月4日、岩屋外相の定例会見が行われましたけれども、このガザ住民受け入れについての質疑がありました。
該当のやり取りは次の通りです。
【朝日新聞 里見記者】ちょっと2点伺いたいんですが、それぞれ違うテーマで。一つ目が、先ほども質問にありましたガザの関係なんですけれども、昨日の予算委員会で、石破首相が、そのパレスチナ自治区ガザ地区の住民について、受入れに対して意欲を示されたわけでありますけれども、検討を進めていることなんですが、その規模感とか、あと大体いつ頃を想定しているのか、その辺り検討状況を教えていただけたらというふうに思います。メディカル‐エバキュエーションとは、事故現場や戦場から負傷者を医療機関へ救急車やドクターヘリ、軍の救急ヘリコプターによる医療搬送する際などに使われる用語で、医療処置のできる装備を持ち、救急救命士や医師などが同乗します。
【中略】
【岩屋外務大臣】まず、ガザについてですけれども、石破総理は正確におっしゃっていたと思いますけれども、ガザの現在の深刻な人道状況や、それを受けた世界保健機関WHOの要請も踏まえて、ガザの傷病者への医療支援につき、関係国との間で今、調整を進めているところでございます。いわゆるメディカル・エバキュエーション(medical evacuation)というふうに言っておりますけれども、ガザにおいて、傷病を患った方のうち、現地での治療が、なかなか困難だという、ごく少数の患者の方を、日本で治療をするという可能性について、今、政府内で検討しているところでございます。
具体的な人数や、その態様・時期については調整中でありまして、現時点では決まっておりません。ごく少数の患者を日本で治療する場合には、治療後は現地に戻っていただくということが大前提でありますので、日本に定住させることを目的とするものではございません。
【以下略】
つまり、自力歩行できない重症患者を搬送することを指すことになります。
ただ、本当に一刻一秒を争う重症患者をのんびり船で日本まで連れていく訳にはいきませんから、ヘリではなく、専用の航空機を使うことになるかと思います。
因みに、飛行機の中にはベッドを置けるようなスペースがないので、乗客用の座席を2~3列分取り払って専用のストレッチャーを設置しなければならず、これだけで座席にして9席分程度は食ってしまうのだそうです。さらに医師や看護師の分の席も確保し、酸素やバイタルサインのモニタ、点滴などを持ち込むことを考えると、大人数を搬送という訳にはいきません。300から500席あるジャンボジェットでもせいぜい20~30人といったところではないかと思います。
もちろん費用も馬鹿になりませんし、こんな特別仕立ての飛行機を何機も用意はできないでしょう。2機から3機を用立てして、一往復100人程度を搬送とみても、千人、万人単位にはならないだろうと思われます。
健康な人ならピストン輸送するから待っててくれといえるかもしれませんけれども、重病患者にそんなことは無理ですからね。
4.マレーシアで暴れたパレスチナ人
それでも治療目的とはいえ、ガザ住民を受け入れても問題がないとは言い切れません。
昨年10月4日、マレーシアの日刊タブロイド紙「ザ・サン」は、「パレスチナ人、ウィスマ・トランジットの降車を拒否され憤慨、ロビーの装飾を破壊」という記事を掲載しています。
件の記事の概要は次の通りです。
・先日、ウィスマ・トランジット・クアラルンプール(WTKL)で、パレスチナ人グループが敷地からの退出を拒否されたことに不満を表明し、混乱が起きた。マレーシアは、メディカル‐エバキュエーション目的と思われるガザからの負傷した41人を含む127人を受け入れたものの、彼らに安全上の理由で「半隔離」生活を強いたため、彼らがストレスで暴れたということのようです。
・軍(ATM)が本日発表した声明によると、執行官がメンバーの1人に屋外に留まることを許可しなかったため、メンバーは憤慨しているという。「関係者はその後動揺し、家族や友人らとともにWTKL警備所の前で騒ぎを起こした」と声明には記されている。
・水曜日(10月2日)に、彼らの要請は「通過目的」でマレーシアに滞在していたため拒否されたと報じられた。
・事件中、このグループはWTKLのロビーに侵入し、敷地内の花瓶を壊したり装飾品を損傷したりしたとされている。
・声明によれば、それだけでなく、犯人の一人が警官にスリッパを投げつけたとも言われている。
・「パレスチナ大使館の代表者も現場にいて騒ぎを止めようとしたが失敗した」と声明は付け加えた。
・この事件を受けて、マレーシア駐在のパレスチナ大使ワリド・アブ・アリ氏は謝罪した。
・「マレーシアと祖国にいるすべてのパレスチナ人を代表して、起きたことについて謝罪します。これは私たちの文化、倫理、信念ではありません。」
・「私たちパレスチナ人は、私たちの人々と私たちの闘いに対して示される限りない支援に常に感謝しています」とワリド氏はスター紙の報道で語った。
・同氏は、イスラエルのガザ地区攻撃で負傷した41人を含む127人のパレスチナ人が8月16日に治療のためマレーシアに連れてこられたことに言及し、患者と家族は到着以来移動が制限されていると説明した。
・一部の患者はトゥアンク・ミザン軍事病院に移送されたが、安全上の理由から移動が制限され、訪問者との接触も制限されている。一方、家族にはホテルの宿泊施設が提供された。
・「彼らは戦争で荒廃したガザから来たことで大きな精神的ストレスを受けており、それが彼らの精神的プレッシャーに拍車をかけている。全く新しい文化や環境を経験している人もいる」と彼は語ったと伝えられている。
・それだけでなく、マレーシアのパレスチナ大使館は患者のニーズに応えるべく努力しており、定期的に訪問しているとワリド氏は述べ、患者の中にはパレスチナに帰国したいと希望する人もいると付け加えた。
・「マレーシア国民へのメッセージは、このような事件は二度と起こらないということ。私たちはマレーシアとその国民を愛している。」
・「しかし、これらの人々は進行中の戦争により多大なプレッシャーにさらされていることを考慮してください。彼らには特別なケアが必要です。大使館の私たちとマレーシア国防省は、彼らが滞在中に支援できるよう最善を尽くしています」とワリド氏は述べたとも伝えられている。
イスラム教が国教と定められ人口の約6割がイスラム教徒であるマレーシアでこうしたことが起こったことを考えると、日本ではもっとひどくなることも考えられます。
その意味ではネットに見られる懸念も理由なしとはいえないのではないかと思います。
まぁ、受け入れ人数次第だとは思いますけれども、リスク要因の一つになることは間違いないと思いますね。
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