

1.政府備蓄米放出
2月18日、農林水産省は政府備蓄米の放出を発表しました。
この日行われた、江藤農林水産相の記者会見概要は次の通りです。
私から冒頭発言がございます。昨日、(政府備蓄米の買戻し条件付売渡しに係る)買受資格と入札に関する説明会を行いました。参加者は、昨日が219名です。本日も行いますが、40名の方々のご参加を予定しています。非常に関心は高いと受け止めています。以上です。
〇質疑応答
記者: 備蓄米について、(先週)金曜日に放出の量などの詳細を説明し、昨日、今日と集荷業者へ説明を行いますが、実際にスタックしていると思われる米や、価格など、市場に現状で影響があるか伺います。
江藤大臣:
足りない分が市場に出るわけですから、当然影響はあると思います。夏に向けて在庫に関し、不安視されている方もおられますが、昨日参加いただいた219名の方々は、まさに流通業者の方々です。この方々が現物を持てば、当然、流通は正常化に向かうと思います。流通正常化に向かえば、価格も落ち着くことが期待されると思います。
記者:
流通正常化への期待ですけれども、今のところ、どの辺りを流通の正常化に向かう時期として考えているか、スケジュール感の目標があれば教えてください。
江藤大臣:
スケジュール感は、今回、昨日と今日で説明会を行いますが、そのあとの入札から売渡し、現物を受け取るまで、時間をできるだけ短縮するように指示しています。事務方は大変だけれども、業者の方も含めてついて来ていただきたいと思います。1日、2日、1週間でも早くなれば、当然店頭に出るタイミングも早くなりますが、政府から放出される分に加えて、民間のどこかにあると言われる21万トンが、どのようなタイミングで、どのように市場に影響を与えるか、これは読みようがありません。ただ、普通に考えれば、市場に21万トン余計に流通に乗ってしまうので、これが先んじて流通に乗れば、もっと早いタイミングで、流通が正常化する期待も持てると思いますが、各市場に参入しているプレイヤーの判断ですから、強制できるものでもありません。とにかく私ができることは、政府備蓄米が、少しでも早く消費者の方々の手元にお届けできるように、手続きの迅速化を図りたい。
記者:
備蓄米の運用について、基本指針を変えるとか、概要をいつ発表するとか、こまめに発信されてきたと思いますが、この間、流通の動きの変化を感じる点はありますか。
大臣:
市場に影響を与えることは言いづらいですが、個人的に東京の大手スーパーの幹部に友人がいます。そういった方に、卸の方から、お米がありますけれども、買いませんかとの申し出がかなりの数が出てきたと報告は受けています。それが全体の動きかはわかりませんが、動きが出ていないということではない。先物市場を見ても、今までにない数が取引されています。先物は、決して現物市場に全くリンクしていないと言いませんが、今の先物価格だと2,500円(5キロ換算)ぐらいになる。店頭価格と完全にリンクはしていませんが、先物の取引数が増えているということは、流通市場は動き出したと受け止めていいのではないかと思います。
また、農林水産省が発表した「政府備蓄米の買戻し条件付売渡し」は次の通りです。
政府備蓄米の買戻し条件付売渡しについてまずは15万トンを放出とのことですけれども、江藤農水相が流通市場は動き出したと述べていることから、意外と早く、米不足は収まるのかもしれません。
令 和7年2月 農林水産省農産局
1. 売渡対象者
以下の条件を全て満たす者
・ 年間の玄米仕入量が 5,000 トン以上の集荷業者
・ 卸売業者等への販売の計画・契約を有する者
(入札の際に当省に販売計画等提出いただきます)
2.売渡量・売渡方法
・ 令和6年産米を中心に5年産米も加えて、現時点で 21 万トンを販売予定。必要に応じてさらに販売量を拡大
・ 入札により売渡し
・ 初回は 15 万トン。2回目以降は調査等で明らかになった流通状況を踏まえ時期を決定
3.申込上限数量
「売渡予定数量」×「申請者の集荷数量のシェア」を上限
4.売渡予定価格
「財政法」及び「予算決算及び会計令」に基づき設定
5.集荷業者からの買戻し期限
原則として売渡しから1年以内(双方協議の上延長することも可能)
6.卸売業者等への販売状況の報告・公表
・ 買受者から販売数量・金額を隔週で当省へ報告
・ 報告内容は当省で取りまとめ、当省 HP で公表
2.流通市場は動き出した
江藤農水相の「流通市場は動き出した」発言について、日テレニュース番組で識者は次のように解説しています。
小栗泉・日本テレビ解説委員長:識者からみても21万トンの放出はサプライズであり、バラバラながらも米は値下がりの傾向を示すだろうとしています。
コメの流通に関しては、これまでコメを扱ってこなかった産廃業者など異業種が投機目的で買い付けに来たり、コメを入手した一部の業者が売り渋りをしたりすることで奪い合いが起きていると指摘されていました。そこで、政府は14日に備蓄米21万トンを放出すると発表しました。まずは、そのうち15万トン分を3月半ばから業者へ引き渡すことで、3月末~4月には店頭に並ぶ見通しとなっています
ーそのスケジュールによれば備蓄米が店頭に並ぶのはまだ先であるものの、こうした発表を受けて、コメを出し渋っていた業者が少し動き出したということなのでしょうか?
宇都宮大学/小川真如助教
21万トンという備蓄米放出の量はサプライズで、コメの流通は動き出していると思う。ただし業者の間の取引はまだ様子見で、これまで売り渋りをしてきて業者は『持ち続けるリスク』を感じているのではないか
ー食べるためのコメですが、投機のような状況にもなっているということです。この後一番気になるのは、本当に価格が下がるのかという点です
小栗委員長:
日本総合研究所の三輪泰史チーフスペシャリストは、3月中旬から備蓄米が流れ始めると3月下旬くらいには『ちょっとお米が安くなったかも』と実感できるようになるかもしれない、ここからは急ピッチで価格が下がる、とみています。
一方、小川助教はスーパーでは一律に価格が安くなるとは限らず、値下がりの実感にはムラがあるとみています
政府が放出する備蓄米は、品種や産地がバラバラになることが予想され、あまりスーパーには並ばず、まずは外食などの業務用に回りやすいとみられているからです。そのためスーパーで産地や品種など(買う)ブランドを決めている人は価格低下を実感しにくい一方、『ごはんのおかわり無料復活』など外食で安く感じる、売り渋りをしていた業者がネットで売ることなどで価格低下を実感できる、という可能性はあるといいます。
また、農業ジャーナリストの松平尚也博士は次のように解説しています。
備蓄米は、早ければ3月下旬に小売店の店頭に並ぶ予定だ。これまでの放出では、3カ月かかっていただけに早い対応となった。また売渡先として一定規模以上の集荷業者、卸売業者への販売計画と契約を有する業者に対象を限定した。さらに入札の際の販売計画提出と販売数量・金額の報告も義務となった。こうした条件の背景には、通常ルートとは異なる形で業者が参入しコメが投機の対象となることを防ぐ目的がある。やはり、備蓄米放出発表からコメを売る業者が倍増しているとのことで、価格は下がるだろうと予測する一方、農家所得への影響や買戻しの問題を指摘しています。
ポイントは、備蓄米放出でコメ価格の混乱が収束できるか、そして消えたとされる21万トンのコメがどれだけ流通に戻ってくるかだ。指数先物取引では、備蓄米放出発表からコメを売る業者が倍増している。ただし流通量が回復しなければ夏以降に再びコメ不足が起こる可能性もある。
今回の備蓄米の規模は予想を上回る量で一定程度価格を下げると市場関係者は見込む。一方、コメ価格が全体的に下がる可能性がある中で、農家所得への影響が懸念される。コメ産地の多くで増産の計画がある中で、コメの作付に悩む農家も出てくる。さらなる課題は、原則一年以内に買い戻すという条件だ。2025年産のコメの出来によっては再び価格高騰と品薄が起こりうると言える。
3.備蓄米放出に踏み切った理由
2月18日、イトモス研究所所長・小倉健一氏は、今回備蓄米放出に踏み切った理由について、次のようにレポートしています。
・高騰する米価を抑えるための備蓄米の放出について、江藤拓農林水産相は2月14日、放出量を21万トンにすると表明した。日本の米が、外国米に駆逐されるとは思わないですけれども、外食産業とか、コストダウンをしたいところが外国米に手を出すのかもしれません。ただ、日本人がそうそう喜んで外国米を食べるとも思えず、小倉氏が指摘するように外国産米と戦ってもよいのではないかと思います。
・農林水産省が今回の備蓄米放出を自発的に決定したとは考えにくい。これまでの江藤大臣の発言からもわかるように、生産者の間では、米価の上昇によって、ようやくコストを賄える水準になり、将来の見通しが明るくなったと評価されていたのだから。
・備蓄米を市場に供給することは、農家にとって望ましい施策ではない。米農家は、米価上昇を歓迎しており、政府が備蓄米を放出することには一貫して抵抗を示してきた。それにもかかわらず、農林水産省が備蓄米の放出に踏み切った背景には何があるのだろうか。
・筆者に対して、農水省関係者が明かしたのは、「輸入米」の存在である。
・「関税がプラスされた輸入米の価格は、高騰する日本国内の米価に接近しつつあります。現在の農林水産省の基本方針は、自給率を高めることを半ば諦め、『米だけは自給率100%を維持する』という点にあります。この前提が崩れる事態を避けるため、備蓄米の放出を決断せざるを得なかったのです」(同関係者)
・こうした理由が表沙汰になっていないのは、自由貿易を標榜する日本にとって不都合があるためだ。
・日本の米輸入政策は、長らく政府の管理下に置かれ、厳格な規制のもとで運用されてきた。1993年のウルグアイ・ラウンド合意に基づき、1995年からミニマム・アクセス米(一定量を海外から購入する約束のある米のこと)の輸入が義務化され、1999年には関税化された。
・政府は当初、関税率を778%と公表し、「100円の外国産米は877円になる」と説明していた。しかし、実際の関税負担は異なる仕組みで運用されていた。財務省の実行関税率表によれば、米にかかる関税は1キロ当たり341円の従量税のみである。関税率が778%に見えたのは、基準となる国際価格が低かったためだ。例えば、1キロ500円の輸入米の関税を778%で計算すると3940円となるが、実際には341円(税率68%)にとどまる。
・この制度の特徴は、関税が「割合(%)」ではなく「決まった金額」で設定されている点にある。物の値段が上がると、日本の米の価格も上がり、関税の負担が相対的に軽くなる仕組みになっている。日本の米の価格がさらに上がれば、外国からの米との価格の差が縮まり、関税の効果が弱くなる。
・農林水産省としては、外国から入ってくる米が増えすぎて、日本の米作り存続の脅威となることは避けたい。そこで、国が持っている米を市場に出し、価格を抑えようとする「最後の手段」を取ることになった。しかし、一時的に米を放出しても、根本的な問題を解決することはできない。当面、日本のインフレ基調は続くと予想されており、お米の値段も当然上がっていくからだ。
・備蓄米制度とは、10年に一度の不作にも供給できる量100万トンを備蓄する制度だ。当然、放出にはリスクがあり、今年がその10年に一度の不作の年であれば、備蓄米が不足することになる。さらに、今年が平年並みの作付けであったとしても、今回放出した21万トン分は多めに備蓄する必要があることから、根本的な解決にはならないことは誰の目にも明らかだ。
・むしろ、現在の状況は、リスクを増やし、かつ、危機を先送りにしたにすぎない。短期的には、今年の豊作を祈りつつ、飼料用や米粉として作られたものを自由に食糧用に振り分けることができる規制緩和が必要であろう。
・食糧危機を克服するために、中長期的に、政府がすべきことは、農家により大きな自由を持たせることだ。日本の気候に合わない作物を補助金でつくらせたり、強引にお米の生産を増やしたり、減らしたりすることが、農家の活力を落としていることに気づいた方が良い。
・平時には、土地や気候にあった作物を農家に自由につくらせることで農作物の競争力を高め、大量の輸出を実現しておき、危機時においてはその作物を国内に向けるような仕組みをつくっておくべきだろう。高自給率の国では、農作物の輸出が大きな役割を果たしているケースが多い。必要なのは、農水省によるお米の保護政策ではなく、農水省の解体と出直しではないか。
・『Global Food Security』(2023年)所収の、世界276の国と地域を対象に、食料自給率と生産多様性を分析した研究『潜在的自給率と多様性の世界的分析が示す多様な供給リスク』では、合計2479の食品項目(陸上215、水産2264)をリスト化し、それぞれの栄養成分を統合。それぞれの国のリスクを指摘している。日本は本論文において「低自給国」と最下層に分類されている。国内生産では9種類の栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミンA、葉酸、鉄、亜鉛、カルシウム、果物・野菜の摂取量)のうち0~2種類しか満たせず、ほとんどの栄養素を輸入に依存している。
・農林水産省の政策の最大の問題は、カロリーベースで自給率を計算している点にある。世界的な研究では、食料安全保障の指標として栄養素の充足を重視する方向に移行している。それにもかかわらず、日本の自給率の計算方法は、カロリーに偏重し、栄養バランスの観点を無視している。特に、カロリーベースで計算すると、米の比重が大きくなるため、米の生産と消費を優先する政策が正当化される。しかし、ビタミンAや鉄分などの微量栄養素が不足していては、食料安全保障は実現しない。政府は、単にカロリーを確保するのではなく、栄養バランスの取れた食料供給を目指すべきである。
・今、農林水産省は、米価が上がることを喜ぶのではなく、「お米の自給率100%を守るために輸入米との価格競争をなんとしても回避しなければならない」という、訳のわからない論理で動いている。日本のお米の品質は高いのだから、外国産米と徹底的に戦えばいいし、輸出もどんどん増やしていくべきだろう。お米を多く作らせず、少なくも作らせないような政策を続けるから、農家が疲弊していくのだ。
・そもそもお米の自給率は100%といっても、お米をつくるための耕作機は、100%輸入に頼っているガソリン(石油)で動き、お米の肥料も輸入の割合が大きい。実態は、自給率100%でもなんでもないものを必死で守ろうとする農林水産省の姿勢は、滑稽ですらある。
ともあれ、備蓄米の放出で、消えた21万トンがどこからどのように出てくるのか。注目したいと思います。
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