

1.相互関税九十日間全面停止
4月9日、アメリカのトランプ大統領は、中国を除く全ての「相互」関税について、90日間全面停止すると発表しました。
これにより、相互関税の対象となった中国以外のすべての国については、関税率は一律10%に戻ることになりました。トランプ大統領は「中国が世界市場に対して示してきた敬意の欠如に基づき、アメリカ合衆国が中国に課している関税を125%に引き上げる。これは即時発効となる……近い将来、願わくば中国は、米国やその他の国々を搾取してきた時代がもはや持続可能でも容認可能でもないことに気づくだろう」と述べています。
発表後、トランプ大統領は記者団に対し、「まだ何も終わっていないが、中国を含む他国から非常に強い意欲が寄せられている。中国は合意を望んでいるが、どのように進めれば良いのかが分からないだけだ」と述べました。
このニュースを受け、株価は急騰。9日、ダウ平均株価は3,000ポイント近く、7.87%も急騰。S&P500も9.5%急騰しました。ハイテク株中心のナスダックに至っては12.2%急騰しました。S&P 500は2008年10月以来の高値を更新。ナスダックは2001年1月以来、そして過去2番目に高い日となり、ダウ平均株価は5年ぶりの高値を更新しています。
これまで関税について、公約は撤回もしないと主張していたトランプ大統領の大きな方針転換ですけれども、トランプ大統領は記者団に対し、一時停止を進める決断は人々が「少し騒ぎ立てている」ことに一部影響されたと語りました。
今回の発表後、スコット・ベセント財務長官は、今回の一時停止は「最初からずっと彼の戦略だった」と述べ、「トランプ大統領ほど自分自身に影響力を与える人はいない」と語った上で、他国に伝えようとしたメッセージは「報復しなければ報いを受ける……トランプ大統領が貿易を重視しており、誠意を持って交渉したいと考えていることを示している」と述べています。
その一方、トランプ大統領は、中国に対しては、関税率を104%から125%に引き上げるとしています。これは、中国がトランプ関税に対する追加報復関税を発表したことを受けてのものです。
これについて、ハワード・ラトニック商務長官は「スコット・ベセントと私は、大統領が就任以来最も素晴らしい『真実』の投稿の一つを書いている間、傍らにいました……世界はトランプ大統領と協力して世界貿易を改善する準備ができているのに、中国は正反対の道を選んだのです」とコメントしています。
これを聞くと、当初、トランプ大統領が「ふっかけた」相互関税は、報復してくるかどうかを見極めるための誘い水だったのかとさえ思えてきます。ある意味、これも、ポーカーでいう「ブラフ」なのかもしれません。
一方で、今回の追加関税の90日間一時停止は、中国ではなく、主に日本やその他の国々が一晩で債券を売却し、債券市場が急騰したことで強制されたのだという報道もあります。
これが本当であれば、今回、一時停止した理由のひとつとして、トランプ大統領が「人々が少し騒ぎ立てているからだ」といったのは。このことなのかもしれません。
According to Fox Business Correspondent @CGasparino and top money managers, today’s “90-Day Pause” on the reciprocal tariffs announced last week by U.S. President Trump, was forced by mainly Japan and other countries selling bonds overnight causing the bond market to skyrocket,… pic.twitter.com/TlNAIQfWTk
— OSINTdefender (@sentdefender) April 10, 2025
2.周辺国を朝貢国にせよ
見事にトランプ大統領の「ブラフ」に引っかかった形となる中国ですけれども、先述のベセント財務長官は、「中国が何をするかはこれからだが、中国の行動は米国よりも自国の経済にずっと大きな影響を与えるだろうと確信している」と語っています。
今後について、コーネル大学応用経済学・政策学助教授のウェンドン・チャン氏は、「中国は『最後まで戦う』と誓っており、事態がさらにエスカレートするリスクがある……中国は2018年から2019年の貿易戦争以降、大豆などの農産物をはじめとする米国製品への依存を既に減らしている。しかし今回は、中国指導部は米国に立ち向かい、国内消費に軸足を移すという、より支持的な国民の支持を得ている」と分析。
中国国務院関税委員会は声明で「米国による対中関税の引き上げは誤りを重ねたものであり、中国の正当な権利と利益を著しく侵害し、ルールに基づく多国間貿易体制に深刻な損害を与えている」と述べています。
4月9日、中国国務院新聞弁公室は『中米貿易関係の若干の問題に関する中国の立場』と題する白書を公表。中国商務部関係者は「中国は意図的に黒字を追求したことはなく、中国の経常収支黒字は国内総生産(GDP)比2007年9.9%から2024年2.2%に落ちた」としてアメリカの関税措置に反論しました。
また「中国の全体関税水準は2001年15.3%から9.8%に低くなり、先進国の平均税率9.4%に近接している……WTOの各種補助金規律を厳格に順守し、WTOに補助金の実態を通知している」と主張しました。
更に、習近平主席は周辺国の外交を扱う最高レベルの会議である「中央周辺工作会議」を招集しました。
習近平主席は「周辺国の運命共同体構築に集中し、周辺国業務の新たな局面を開くために努力しなければならない」と話したそうです。
運命共同体とは、周辺国を朝貢国とする中華帝国をつくって、アメリカに対抗するのかと思ってしまいます。
3.中国詣での公明党
米中激突が鮮明になる中、各国は米中どちらの側に立つのか選択を迫られつつあります。
4月9日、スペインのサンチェス首相は中国の北京を訪れ、習近平国家主席と会談し、協力関係を強化することで一致しました。習近平主席は「中国企業に公正なビジネス環境を提供するよう望む」と述べたのに対し、サンチェス首相は「現在の貿易摩擦を解消し、両国に利益をもたらすバランスの取れた関係を育む必要がある」と応じる姿勢を示しています。
これに対し、アメリカのスコット・ベセント財務長官は、同じく4月9日、トランプ大統領が打ち出した関税の引き下げに向け、多くの国が交渉に関心を示しているとして、「最終的に同盟国に加え、優れた軍事的な同盟国であるもののしっかりとした経済的な同盟国でなかった国々と合意に達することが可能と考える。そして、われわれは集団的に中国に対応できる」と述べ、さらに「エスカレーションと言えば、残念ながら、世界の貿易システムにおける最大の違反者は中国で、エスカレートさせた唯一の国」とし、中国との連携を目指す動きは裏目に出る可能性があると警告。中国との協力関係強化の必要性に言及したスペイン政府の発言に触れ、「自分の首を絞めるようなものだ」と述べました。スペインに注意マークを出しました。
そんな折、日本の公明党の山口勝平代表は、今月、中国を訪問し、石破総理の親書を習近平国家主席に手渡す予定だと関係者が明らかにしています。
関係筋によると、公明党の斉藤鉄夫代表は4月22日から予定されている訪中で、中国共産党や政府の要人と会談し、両国の経済界の交流強化を訴える予定と見られています。
更にアメリカのトランプ大統領の関税政策への対応も議題に含まれる可能性があると関係筋は見ているようです。当然アメリカもこの動きは注視しているものと思われます。
4.アメリカの高関税に打ち勝った賢い国
いずれにしても、今のままでは米中の関税報復合戦になる可能性があり、予断を許さない状況です。
ただ、過去に似たような事例がなかったわけではありません。1930年の「ホーリー・スムート法」です。
この法律はアメリカの関税法で、1930年6月、世界恐慌下のアメリカ合衆国で議会を通過し、当時のフーヴァー大統領が署名して制定された高関税政策法です。
第一次世界大戦後、農産物の価格が下落していたのですけれども、フーヴァー大統領はこれを止めようとしていました。そして、1929年10月の世界恐慌を切っ掛けに、アメリカでも保護貿易主義が台頭。上院のスムート議員と下院のホーリー議員が連名で農産物のみならず工業製品にも高関税を課す法案を提出し、成立したのが、この「ホーリー・スムート法」です。
これにり3300品目のうち890品目の関税が引き上げられ、アメリカの輸入関税は平均33%から40%となりました。この事態に、オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、イギリスが直ちに報復関税を発表。結果としてヨーロッパ経済の危機が醸成され、ドイツの銀行制度の崩壊へと繋がることになりました。
Forbes JAPAN 編集長の藤吉雅春氏は、4月7日、この「ホーリー・スムート法」の当時を振り返り、アメリカの高関税に打ち勝った「賢い国」があると興味深い記事を掲載しています。
その国とはデンマークです。
件の記事から該当部分を引用すると次の通りです。
【前略】経済に歪みが生じた時、人々は「やってられない」と思って分裂し、分裂が極を極めると再び統合を求めるという具合に、統合と分裂が繰り返し起こるというのですね。
この「スムート・ホーリー法」は、4月にトランプ米大統領が公表した相互関税で今、再び注目され始めている。1930年、実に輸入品2万品目に平均60%という高い関税を課したアメリカの法律で、歴史的には「大きな政策ミス」と結論づけられている。
冒頭のヨーロッパでの喧騒は、投資理論家のウィリアム・バーンスタイン著『華麗なる交易 貿易は世界をどう変えたか』(2010年、日本経済新聞出版社刊)で紹介されたものだ。同書は紀元前3000年から現代に至るまで、人類の貿易の歴史を書いたユニークな大著で、スムート・ホーリー法については「崩壊」というタイトルで一章まるごと割いている。保護貿易がどんな事態を巻き起こしたか、そのメカニズムや具体的な現象が書いてあるので、ここで簡単に紹介しよう。
【中略】
こうした混乱のなかで、保護政策に負けず、世界的シェアを確立した事例が紹介されている。デンマークだ。デンマーク製のベーコンは全世界の貿易量の半分近い量を輸出し、乳製品も高い関税に負けじと世界で圧倒的な地位を確立するまでになる。このストーリーの伏線は、スムート・ホーリー法が施行される48年前まで遡る。
1882年、デンマークの酪農家グループが、高価な新型クリーム分離機を共同で購入し、クリームとバターを販売することにした。これが世界初の協同乳業工場であり、デンマーク初の「協同組合」となる。
3人の組合理事は深夜におよぶ討議のすえに、組合規約をつくった。次のような決まりだ。
まず、毎朝、組合のトラックが各農家から牛乳を集める。自宅で飲む以外は一滴残らず提供しなければならない。衛生基準を厳しく設定し、工場に運ばれた牛乳は、熟練の職人たちによって処理される。脱脂乳は農家に戻され、そこで製造されたバターは自由市場で販売され、利益は提供した質量に応じて組合員に分配。この方法は大成功となった。製品の質は上がるし、人気も出たのだ。この影響を受けて、10年も経たないうちに、デンマーク国内に500を超える組合が誕生した。
酪農の大成功は、養豚業者を奮い立たせた。
当時、豚肉は牛乳以上に品質にばらつきがあった。養豚業者たちは輸送を効率化して、さらに品質をあげるために、共同で最新設備の精肉工場をつくった。次に動いたのは政府だ。豚肉のレベルを上げようと、政府は試験場をつくった。最良の種畜を農家に提供するためだ。
こうしてデンマークは高品質のベーコンを世界に販売するようになった。アメリカがスムート・ホーリー法を成立させる頃には、最初の精肉工場をつくった頃と比べて、約5倍の数の豚を飼育し、輸出量は33万1500トン、成人人口の半数以上が組合員になっていた。
さらに政府は模倣品と区別させるために、デンマーク産の高い品質基準を保証する海外向けの商標をつけさせたという。いわばブランディングだ。
保護貿易の嵐が吹き荒れると、デンマーク産の製品も当初はアメリカへの輸出量が減少した。しかし、幸運が重なった。冷蔵貨物の技術の進歩により、輸送費が格段に安くなっていた。また、穀物飼料の値段も下がっていた。高い畜産技術で高品質の商品をつくり、政府がブランド戦略を打ち出して、世界からのニーズは高まっている。各国が保護政策で関税を課しても、輸送費用が大きく下がっているためシェア獲得の絶好のチャンスとなったのだ。
現在の酪農王国デンマークのブランド価値は、以上のような酪農家たちの設備投資と研究から始まったものであり、同書の著者であるバーンスタインは、「現代の教訓」としてこう述べている。
「必要なのは支援と資金であって、保護ではない」
では、95年前に世界を混乱に陥れた保護政策をなぜ再び始めるのか。
「非合理としか思えない話が、合理的だとされてまかり通る時代は、周期的にやってくる」
そんな話を聞いたのは、投資家の阿部修平スパークス・グループ代表と対談していた時だ。
なぜ非合理的なものが合理的と思われるのか? それは、国民の多くが「やってられない!」と思う時であり、「やってられない」と思うのは、経済に歪みが生じた時だ。歪みとは富の偏在のことで、阿部氏から見せてもらった下記のグラフを見てほしい。
アメリカは国民のわずか1%の超富裕層が、アメリカの資産総額の20%以上をもっている。逆に所得の下位50%(つまり、国民の半数)の人々がもつ所得は、全体の20%から10%程度にまで下がっている。天国と地獄のような所得の開きであり、多くの人が「こんな生活、やってられない」と思う社会になっていたのだ。
こうして人間は、協調体制やルールを壊して、分裂を求めるようになる。ところが、時間が経つと、今度はその反動で統合を求める。スムート・ホーリー法の施行から9年後に第二次世界大戦が始まり、世界中が分裂の極みを体験した後、1945年にIMFが設立され、世界は統合を求めた。再び悲惨な目に遭わないように、協調しようと呼びかけたのだ。
この統合と分裂の周期は、「社会的記憶の長さに起因すると思う」と、阿部氏は言う。
富の偏在、つまり腹が減ると、合理的か非合理かという理屈は通用しなくなる。が、悲惨な記憶があれば理性である程度の我慢はできるだろう。その悲惨な記憶が社会から消えていれば、空腹を満たす行為を優先しようとする。結果的に空腹が満たされるわけではないとしても、だ。
では、今、分裂に向かおうとする動きは、いつ、どうやって修正に向けた動きに転じるのだろうか。
そして、時代がどこに向かおうと、デンマークのような伏線が実は日本にもあるのではないだろうか。日頃、日本企業の地道な活動を見ていると、そう思わざるをえないのだ。
デンマークの例は、保護貿易下でも、効率化や新規事業開拓に努めた結果、利益が出るようになった事例だと思いますけれども、トランプ大統領が訴えているように、アメリカに工場を移してそこで生産することで関税を回避するのか、それともデンマークを見習って、高関税下でも利益が出るように更なる進化をするのか。
近々に起るであろう米中貿易戦争とその後どう世界が変わっていくのか。まさに激動の時代の真っ只中です。
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