

1.ボーイングを拒否した中国
トランプ関税を切っ掛けとした米中貿易戦争が激化しています。
4月20日、中国の厦門航空に引き渡される予定だったアメリカ・ボーイング社のB737MAXが、ワシントン州シアトルにあるボーイング生産基地に戻されました。
この航空機はすでに厦門航空の塗装作業まで終えており、中国浙江省舟山にあるボーイング完成センターで最終作業を終えて引き渡しを待っていた4機体のうちの1機だったようです。
ロイターは、この機体について、「トランプ大統領が発動した世界的貿易攻勢による米中間の相互報復関税措置の犠牲となった。ボーイングのベストセラーモデルであるB737MAXのアメリカ返却は数十年間維持されてきた関税免除の地位が崩壊し新規航空機引き渡しに支障が生じていることを示す最新事例だ……分析家は関税混乱により多くの航空機引き渡しが不確実性に陥り、一部航空会社の最高経営責任者(CEO)は関税を払うより航空機の受領を先送りすると話していると指摘した」と伝えています。
これと関連し、ブルームバーグは最近中国当局が報復措置の一環として自国の航空会社にボーイング製航空機の受領を中断するよう命じたと報じました。
リサーチ会社バーンスタインによると、中国が今年ボーイング航空機受領を中断する場合、ボーイングが12億ドルの打撃を受けると予想しています。
2.トランプ関税に怯える中国企業
無論、中国側のトランプ関税の打撃を受けています。
中国主要港のアメリカ向け貨物は8割減していて、アメリカ市場に依存する企業は存続の危機に直面しています。広東省広州市で開幕中の中国最大規模の貿易見本市「中国輸出入商品交易会(広州交易会)」では、出展企業から「米国向け出荷が止まった」、「死活問題だ」、「人員削減も避けられない」との悲鳴の声が上がっています。
浙江省のある内装材メーカー担当者は、「受注がどれだけ減ったか。代替手段があるのか。とにかく最新の情報が知りたい」と漏らし、交易会では関税の話題で持ち切りで、業者は最新の情報を交換するために必死になっているそうです。
山東省のタイヤメーカーも港に発送した商品を倉庫に回収し、米国向け生産を停止。担当者は「ここまでの関税引き上げは想定外だ。このままだと米市場をあきらめるしかない……今はただ様子見をするしかない」と意気消沈しています。
当然のことですけれども、トランプ関税で大きな打撃を受けたのは対米依存度が高い業者です。
浙江省寧波市の家電メーカー関係者は「アメリカに依存する企業には倒産の波が押し寄せる。相当の失業者が出てくるだろう」とコメントしています。
港湾物流関係者によると、世界有数のコンテナ取扱量を誇る広東省深セン港では、トランプ関税発表後2週間で、アメリカ向け貨物の取扱量が6~8割も減り、寧波港でも7割以上落ち込んだとのことで、複数の海運世界大手が米中間航路を一時的に運休する措置を取るまでになっているそうです。
これについて、東海大学海洋学部海洋理工学科の山田吉彦教授は、次のように述べています。
中国の輸出企業の混乱は続くだろう。さらに、中国海運業者のみならず、中国で建造された船舶の米国港湾への入港時、手数料に相当するものを徴収するというのだ。 米国の中国に対する引き締めは厳しい。中国は、日本など他国の港に1回入港し、貿易手続きを踏む迂回輸出を考えるだろう。当然、米国は防ぐ措置を考える。日本が巻き込まれ、日本への圧力が強められることは避けたい。目先の動向だけでなく、半年後、1年後の予測を正確にしなればならない。日本の安全保障、日本経済の浮沈に関わる極めて重要な局面である?的確に見極めなければならない。また、ジャーナリストで千葉大学客員教授の高口康太氏は次のように指摘しています。
世界最大の市場である米国への輸出が事実上閉ざされてしまった以上、別の市場を見つける必要があります。欧州や日本、東南アジアなどへのさらなる輸出も検討するでしょうが、究極的には世界第二の市場である中国の内需を拡大させる必要があります。ただ、その内需拡大をどのようにするかが課題です。習近平政権は給与引き上げ、社会保障の拡充、学費軽減などの消費振興プランを3月に打ち出しました。方向は正しいものですが、即効性はありません。「輸出を国内販売へ」のかけ声のもと、大手小売やネットモールは支援を表明していますが、もともとのデフレ傾向をさらに加速させることが懸念されます。中小企業とその雇用にどのような影響がでるのか。不安が広がっています。
3.迂回輸出を新規市場開拓
そんな中、中国の輸出業者は東南アジアなど第三国を経由した迂回輸出に活路を見いだそうとしています。
迂回輸出とは、モノを輸出する際、直接相手国に送らずに第三国を経由して輸送することで、自国や貿易相手国の輸出入に関わる規制をかいくぐったり、関税を回避したりするために取られる手段の一つです。
売上高の6割をアメリカ向けが占める中国・寧波市の自動車部品メーカーでは、出荷できない商品の在庫が積み上がり、事業を継続するための資金がなくなる恐れが強まっているそうです。担当者は「寧波の同業者らで協力し、タイに進出して米国に輸出する計画を立てている」と説明。欧州やロシア、オーストラリアなど米国に代わる市場の開拓に望みを繋いでいます。
中国の広東省とカンボジアに工場を持つハンドバッグ・メーカーの関係者は、「アメリカは第1次トランプ政権の時代から関税を何度も引き上げてきた。わが社がカンボジアに工場を建設した時、ハンドバッグの関税はほぼゼロだったが、現在は10%を超える」と、中国の輸出や東南アジアを介した迂回輸出に対する関税引き上げをしてきたと述べていますけれども、トランプ政権が、インドに対しては相互関税を東南アジア諸国よりも低い26%に設定したことから、この関係者は「東南アジアに工場を持つ中国の服飾品メーカーは、帰国して新たな顧客を探さざるをえないだろう。とはいえ、アメリカに代わる大市場を短期間で見つけるのは困難だ」とこぼしています。
また、ミャンマーでアパレルの生産と輸出を手がける関係者は、「今の中国の若者はアパレル工場で働きたがらない。仮にアメリカの追加関税がなくても、中国で新たな労働力を見つけられなければ、工場を海外に移転するしかない」と述べています。
当然、アメリカも迂回輸出には目を光らせています。アメリカはメキシコやベトナムなどが中国による迂回輸出の経由地になっているとして、昨年7月には中国産の鉄鋼がメキシコ経由で米国に入るのを防ぐ措置の導入を表明、更に2023年8月には中国がベトナムやタイなどを通じて太陽光発電製品を輸出していると認定しています。
また、ロシア向けの迂回輸出を警戒していて、アメリカ財務省は軍事転用につながる恐れのある技術や製品をロシアに迂回輸出してきた団体・個人を特定し、制裁を科しています。実際、香港などを拠点とし半導体や電子部品を供給していた中国企業も複数含まれているようです。
4.ベトナムの役割
迂回輸出の中継国の一つと見なされているベトナムですけれども、4月11日、アメリカの厳しい関税を回避するため、自国を経由してアメリカに輸出される中国製品を厳しく取り締まる用意があり、中国への機密輸出に対する規制も強化するだろうと、政府文書で明らかになったとロイターが報じています。
トランプ関税によって、ベトナム政府も中国の迂回輸出の停止に乗り出した訳です。
一方、中国からの迂回輸出を心配するあまり、世界のサプライチェーンにおけるベトナムの役割を縮小すべきでないという意見もあります。
3月5日、オーストラリアの独立系シンクタンク「ローウィ国際政策研究所」が発行する「ザ・インタープリター」は「ベトナム製か、それとも中国への輸出の裏口か?」という論説を掲載しています。
件の記事の概要は次の通りです。
・ベトナムは、ドナルド・トランプ政権の最初の任期中に課された関税の最大の受益国の一つでした。今回は、ベトナムが最大の被害者となる可能性があります。トランプ政権の最初の任期中に中国に課された関税により、アメリカの貿易関係はベトナムとメキシコを中心に劇的に変化しました。アメリカの対ベトナム貿易赤字は急増し、昨年は1230億米ドルに達し、2018年の3倍に相当します。記事では、ベトナムの対米輸出に占める中国製部品の割合は28%と4分の1程度であり、4分の3はそれ以外だというのです。従って、中国の迂回輸出を警戒するあまりベトナムの価値を減ずることのないようにすべきだと述べています。
・大きな貿易不均衡だけが問題ではありません。ベトナムは、中国からアメリカへの間接的な輸出の主要な供給源とも見られています。これには、中国製品をベトナムの港湾経由で輸送することによる純粋な関税回避も含まれますが、より重要なのは、ベトナムの対米輸出において中国製の部品が多用されていることです。
・エコノミスト誌は、トランプ氏とバイデン氏が中国との根本的な貿易関係を断ち切ることに失敗したことを示す重要な例としてベトナムを挙げています。決定的な証拠は、近年のベトナムの対米輸出の急増と中国からの輸入の急増の間に高い相関関係が見られることです。
・この議論には確かに一理あります。しかし、それは不都合な形で誇張されています。ベトナムは、主に中国からの輸出の裏口として機能するのではなく、むしろ中国から離れた世界のサプライチェーンの多様化において重要かつ有益な役割を果たしていると捉えるべきです。
・より詳細な状況を推定するために、アジア開発銀行(ADB)がまとめた詳細な貿易データを活用しました。下の図は、ベトナムの中国からの輸入額を、その価値の源泉と用途別に推定した内訳を示しています。
・明らかに、中国からアメリカへの隠れた輸出以外にも多くのことが起こっています。ベトナムの中国からの輸入の約30%はベトナム国内に吸収されています。ベトナムは急速に成長し、所得も増加している経済です。さらに、中国からの輸入の17%は、中国の輸出に原材料を提供している他国で創出された価値を反映しています。つまり、中国からの輸入の半分強は、後にベトナム自身によって再輸出された中国での価値を反映していることになります。
・ADBのデータでは、ベトナムの対米輸出とその他の輸出の内訳を直接確認することはできません。しかし、情報に基づいた推計は可能です。
・重要なのは、近年ベトナムの輸出が急増しているのは対米輸出だけではないということです。世界各国への輸出はさらに急増しており、2018年以降890億米ドル増加しました。対米輸出は720億米ドルです。つまり、ベトナムの中国からの輸入のかなりの部分が、アメリカ以外の世界各国への輸出に回されていることになります。これらの輸出品に含まれる中国産の比率が2018年以前のパターンとほぼ一定であったと仮定すると、残りの輸出品は、アメリカに再輸出される中国産のコンテンツの増加を反映しているに違いありません。
・この手法は、世界各国への輸出が、ベトナムの中国からの追加輸入の大部分を吸収している可能性が高いことを示しています。しかし同時に、間接的にアメリカに輸出される中国産品の大幅な増加も裏付けています。これは現在、ベトナムの中国からの輸入の約25%を占めており、2018年の8%から大幅に増加しています。それでもなお、ベトナムの中国からの輸入の約4分の3は、隠れた中国からのアメリカへの輸出以外の要因によって説明できます。
・これを用いて、ベトナムの対米輸出の内訳を分析することもできます。ここでも、間接的な中国製部品の割合は大幅に増加しており、2022年にはベトナムの対米輸出に占める中国製部品の割合は28%となり、2018年の9%から増加しています。しかし、それでもベトナムの輸出の大部分(70%以上)は中国以外の国からのものであり、これにはベトナム国内および中国以外のサプライチェーン上の国々で生産された価値も含まれます。
・また、ベトナム国内で外国投資主導の輸出部門からの国内利益が限られていることに対する一般的な懸念とは対照的に、ベトナムが大きな利益を得ていることも注目に値します。アメリカへの国内生産額の輸出は2018年以降90%以上増加しています。
・確かに、中国が一部の分野でより大きな役割を果たしていることは疑いようがありません。ある重要な研究によると、第三国を経由した中国からの間接輸入は戦略的なセクターでより多くなっています。昨年、アメリカはベトナムの太陽光パネルに過剰な中国製部品が含まれているとして、重い輸入関税を課しました。中国が世界の太陽光パネルサプライチェーンを支配していることを考えると、この評価はおそらく正しいでしょう。そして、2018年以降のベトナムの対米輸出の増加のみに焦点を当てると、全体ではなく、間接的な中国製部品を反映した推定シェアは約40%に上昇します。
・中国の製造業投資もベトナムに流入しています。2023年には発表された投資額は120億米ドル近くに達しましたが、2024年には36億米ドルに減少しました。一方、他国からの投資は年間約100億米ドルに増加しており、近年では韓国、台湾、日本が合計で年間約70億米ドルを投資しています。このように、投資状況は貿易状況と似ており、ベトナムの今後の輸出は中国企業の積極的な関与に加え、他のパートナー、特に先進アジア諸国からの投資がさらに増加することを示唆しています。
・結論として、中国はベトナムの対米輸出の急増において明らかに大きな役割を果たしてきました。しかし、中国が中心人物ではありません。ベトナム自身、そして他のサプライチェーンパートナーがより重要な役割を果たしています。さらに、適切な政策を講じれば、ベトナムは時間をかけてこの状況を活用し、投資流入の増加によってバリューチェーンの上位へと進出し、中国を含む外国からの原材料への依存を徐々に減らしていくことができるでしょう。
・言い換えれば、ベトナムは米国のサプライチェーンの中国離れにおける多様化に有益な役割を果たしていると言えます。問題は、トランプ政権がこのことに価値を見出しているのか、それとも製造業の米国回帰にのみ関心があるのか、ということです。
ただ、それをいえば、中国とベトナムの間に第三国を挟んで迂回の迂回輸出したときにも中国産品を特定できて適切な関税を掛けられるのか少し気になります。
果たして、ベトナムが中国の対米迂回輸出を厳しく取り締まれるのか。きちんとウォッチしていく必要があるのではないかと思いますね。
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