

1.自動車部品に25%のトランプ関税
5月3日、アメリカのトランプ政権は、輸入されるエンジンやトランスミッションなど主要な自動車部品に対して25%の追加関税を課す措置も発動しました。
トランプ政権は、この措置について、通商拡大法232条に基づくものとしています。
米国通商拡大法232条とは、ある産品のアメリカへの輸入がアメリカの国家安全保障を損なうおそれがある場合、関税の引き上げ等の是正措置を発動する権限を大統領に付与する規定です。
今回、トランプ政権は、自動車や特定の自動車部品の輸入がそれに当たるとしたわけです。
アメリカ商務省は、2017年の第一次トランプ政権発足以降、鉄鋼製品、アルミ製品、自動車・自動車部品、ウランの4品目に関し、232条に基づく調査を開始していました。
既に、鉄鋼製品とアルミ製品には、追加関税が課され、今回は自動車部品です。となると次にはウランにも追加関税が課される可能性があります。
WTOは、関税を引き上げる措置として、アンチダンピング税(AD: Antidumping Duty)、補助金相殺関税(CVD: Countervailing Duty)、セーフガード措置(SG: Safeguard)等を認めています。これに対し、232条に基づく追加関税は、アンチダンピング税や補助金相殺関税が、特定の輸出国の産品を対象に課されるのに対し、MFN関税(最恵国税率)をベースに適用されます。
MFN関税は、通常国定税率(基本税率、暫定税率、WTO税率)のうち、最も低い税率になるのですけれども、アンチダンピング税や補助金相殺関税は、原則5年間の期限が設定され、正当な理由があると認められれば延長できるとなっています。これに対して、232条に基づく追加関税は、明示的に軽減、変更又は終了されない限り、原則、措置が継続します。
つまり、トランプ政権が満足するまで、WTOに横槍を入れられることなく、追加関税措置が継続していく訳です。
日本からアメリカへの自動車部品の輸出額は財務省の統計で2024年の1年間で1兆2310億円とアメリカ向け輸出全体の5.8%を占め、品目別で自動車に次ぐ2番目の大きさとなっています。これに25%の追加関税ですから、その影響は計り知れません。
部品メーカーからはトランプ政権が打ち出す一連の関税政策の影響を見極めたいという声が相次いでいて、トヨタ自動車のグループ企業「豊田自動織機」の伊藤浩一社長は先月の決算会見で「こういった政策が続くのであれば、関税の負担分を価格に転嫁する交渉を進めるなど、いろいろな影響を判断しながら検討したい」と述べています。
また、「デンソー」の林新之助社長は「自動車産業に大きな影響をもたらす可能性があり、変化への対応が求められる。先が読みづらい環境だが、常にアンテナを高くして世界の動きを把握しながら影響を慎重に見極めたい」とコメントしています。
2.長期戦も視野に対応する必要がある
この措置に対し、石破総理は「極めて残念なことだ。見直しを引き続き求めていくことに変わりはない。引き続き国内対策には万全を期していく」と遺憾砲を打ちました。
そして、5月5日、石破総理は山陰中央テレビの番組に出演した際、トランプ関税に関する2回目の日米交渉について「突っ込んだ話し合い、かなり詰めた話し合いもできたが、自動車に代表される関税は、絶対飲めない……アメリカの貿易赤字の削減のためにできることはやるが、結論を急ぐあまり、国益を損なうようなことがあってはならない」と述べる一方、国内産業への影響をめぐって「短期的に資金繰りが厳しいということも予想され、融資の要件緩和や撤廃、それに相談態勢は即座に整えている」と述べていますけれども、見直しを求めるばかりで、ベトナムや台湾のが関税をゼロにするといったカードをチラ見せして交渉しているのと比べると雲泥の差を感じます。
経団連の十倉会長は4月22日の定例会見で、トランプ関税についての見解を問われ、次の様なやり取りをしています。
〔赤澤大臣が参加した日米の関税協議の初回会合について問われ、〕まずは協議が開催されたことを歓迎する。「可能な限り早期に合意し首脳間で発表できるよう目指すこと」について一致したことも結構である。他方、石破総理もおっしゃっているとおり、本質を外して合意を急ぐあまり、易きに流れてはならず、長期戦も視野に対応する必要がある。
今回の交渉では、中長期と短期の両方の対策を検討しながら、粘り強く交渉を進めてほしい。
日本は資源を持たない島国であることから、「科学技術立国」と「貿易・投資立国」の実現が不可欠である。したがって、中長期的には、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化に向けて、同志国やグローバルサウスも巻き込んで、日本がリーダーシップを発揮すべきである。
短期的には、トランプ関税の影響を受ける中小企業に対し、資金繰り等の支援を切れ目なく実施する必要がある。
〔米国が日本に対し、在日米軍の駐留経費の負担増を求め、関税とリンクさせて交渉する姿勢を示していることについて問われ、〕本来、関税と安全保障は別の問題であり、そのことを明確に伝えるべきであろう。日本は1978~2024年度の予算の累計で約8兆5000億円もの在日米軍の駐留経費を負担しているという事実を伝えながら、関税と切り分けて議論する必要がある。
〔米国が求めているとされる自動車に関する非関税障壁の撤廃や、農産品市場の開放について問われ、〕それらの分野に関する今後の交渉について特段申し上げられることはない。
やはり最も影響が大きいのは自動車業界であろう。産業の裾野が広く、また相互関税とは別に、既に25%の自動車関税が発動している。引き続き、日本企業の対米直接投資残高が1位、雇用創出が2位と、米国に多大な貢献をしていることを訴えていくにしても、そのことをもって自動車関税の取り下げができるかどうかはわからない。
今後、サプライチェーンの下流に属する中小企業に影響が生じるかもしれない。短期的には資金繰り等の支援を政府が打っていくということだろう。
〔トランプ関税が今後の賃金引上げと最低賃金引上げに向けた議論に与える影響について問われ、〕今年の春季労使交渉における賃金引上げ状況は順調な滑り出しをしたと感じている。他方、連合の集計では、回答組合数が昨年同時期よりやや減少しており、トランプ関税の行方を見定めようという動きが出ているのではないか。いずれにせよ、賃金引上げの力強いモメンタムの「定着」に向けた動きに対し、トランプ関税がマイナスの影響を及ぼさないことを願っている。
最低賃金については、市場の競争原理の中で、生産性の低い企業が淘汰されることは自然の摂理である。他方、最低賃金のような法的強制力のあるものについて、多くの中小企業が到底達成できないような引上げを行い、強制的に市場から退出させるという考えはいかがなものか。トランプ関税が与える影響も踏まえ、丁寧に議論を重ねる必要がある。
〔日米の関税交渉を受けた足元の為替の動きについて問われ、〕今回に限らず、為替はできるだけ安定することが望ましく、急激な変動は極力避けてほしい。
〔ドル安・米国債券安・米国株安というトリプル安や、それに伴う金の価格上昇につながっている不安定な米国金融市場の見通しについて問われ、〕米国金融市場の混乱は、トランプ政権の関税政策など、先行きの不透明感に対する懸念の表れであろう。今後の金融市場の動きもトランプ米大統領の動向次第であり、予断を許さない。
トランプ米大統領の政策の目的は、①貿易赤字の減少、②国内製造業の復活、③税収増、の三つだと言われている。しかし、そもそも貿易は比較優位原則の上に成り立って、現状の貿易収支、産業構造が形成されている。産業構造の移行には、新たな技術や人材の確保などが必要であることを踏まえれば、とりわけ製造業の国内への呼び込みは簡単ではない。むしろ、比較優位原則に基づいて、デジタル、金融といった米国が競争力を有する産業が形成されており、米国も利益を享受しているのではないか。
トランプ米大統領の動向は引き続き予測困難であり、金融市場や金市場も多分にその影響を受けるだろう。
〔初回の交渉において、トランプ米大統領の急な参加や、日本の防衛分野の関係者が不在の中で在日米軍の駐留経費の話題が出たことについて問われ、〕今回はまず協議を開始するという段取りをつける目的の会合であり、米国側の提示したアジェンダにその場で応じることができなかったことがあったとしてもやむを得ないのではないか。
今後は合意を急ぐことなく、中長期の課題と短期の課題を分けて提案をしてほしい。米国の関税措置に関し、様々な事態に的確に対応できる省庁横断的な総合対策本部を政府は設置していると聞いており、適切な対応を期待したい。
まぁ、4月22日の会見なので、まだ様子見的なコメントに見えます。GW開けの会見で今回の関税について、どのようなコメントをするのかは一つの注目ポイントだと思います。
3.トランプ関税と消費税の関係
前述した経団連の会見で、アメリカが求めているとされる自動車に関する非関税障壁の撤廃や、農産品市場の開放について問われた十倉会長は、「特段申し上げられることはない」とノーコメントで逃げていますけれども、大手輸出企業に対する消費税還付金の存在とそれをトランプ大統領が問題視していることが、世間にも知られるようになってきました。
ベネッセコーポレーションの生活実用情報誌『サンキュ!』2025年5・6月合併号では、経済のプロに聞いた「トランプ関税と消費税の関係」の記事を掲載しています。
件の記事の概要は次の通りです。
ライターK(以下【K】)トランプ大統領が連日メディアの中心にいますね。トランプ関税についての初回の日米閣僚交渉で赤澤担当相が自動車や鉄鋼などへの関税の見直しを強く求めたのに対し、アメリカ側は「ほかの国にも関係することであり、日本だけを特別扱いすることはできない」として否定的な認識を示していたと報じられていることを考えると、いくら「引き続き見直しを求める」と繰り返したところで埒は開かないと思います。
岩本さん(以下【岩】)まず注目したのは、各国の中央銀行や経済・金融の専門家、欧州の財界人が多数参加したダボス会議です。就任直後のトランプ氏はオンラインで参加し、開口一番、「欧州は好きだが、ビジネスの慣習は不公平だ」と発言したんです(笑)。
【K】トランプ節さく裂ですね(笑)。
【岩】トランプ氏は日本の消費税に相当する欧州の付加価値税(VAT。世界150以上の国や地域で採用)に触れ、これがビジネス上の障害で関税と同様に不公平な要素だと批判しています。
【K】トランプ氏がVATを不公平だと見なすのはなぜですか?
【岩】EUの輸出企業がEU域内で作った製品をアメリカに輸出して販売する際、その製品にはEUのVATはかかりません。そして、その製品を作る過程でEU域内で払ったVAT分は「輸出還付金」という形で生産した国から返金されます。トランプ大統領は以前からこの仕組みを「不公正な貿易慣行」と批判していて、2月にVAT採用国に対して相互関税を課すと公表。
日本の消費税も対象となりそうです。トランプ氏は相互関税を回避したいなら、アメリカ製品への関税を下げるか撤廃すればいいだけ、つまりはVATや消費税を下げたり撤廃すれば、関税は回避されると圧をかけてきているんです。
【K】確かVATはフランスで生まれたとお聞きしましたが……。
【岩】はい、1954年にフランスが採用したのが始まりです。第2次世界大戦後の自国の経済復興のために、輸出企業の競争力を高める手段を模索する中でVATが導入され、これがフランスの輸出企業の国際競争力を支援する役割を果たすことになりました。
【K】トランプ大統領がいう「消費税やVATが関税と同じ役割を果たしている」とはどういう意味ですか?
【岩】例えばアメリカとEUの貿易の場合、21%のVATがあるEU製品とVATがないアメリカ製品を消費者が購入する際に価格の差が生じます。どちらの製品も100ドルとすると、輸出還付金を受けることでEU製品はアメリカ国内で79ドルまで値下げすることが可能に。
一方でアメリカ製品は、EU域内ではVATが追加されて121ドルになってしまいます。この差がアメリカにとっての実質的な障壁と見なしているんです。
【K】なるほど。日本の消費税10%についても同じことがいえるわけですね。
【岩】多くの国が自国の利益を優先する中で、輸出を増やして輸入を抑える政策を取りますが、必ずしも自国民の生活向上につながっておらず、どの国でも一部の産業の経済力や発言力を強化することになった、という専門家の指摘もあります。VATや消費税は、グローバル経済が進む前の時代の古いタイプの税制度です。
70年前と今では貿易量も金額の規模も全く異なるわけで、昔の考え方や税制度が今の時代に合っているかは疑問です。一見アメリカ第一主義のように見えるトランプ氏ですが、実際には各国の一般市民や中間層、労働者の利益を守る視点もあり、現代の国際貿易のあり方、経済活動で国境を超える際の課税制度のあり方などの再構築を目指していると考えられます。
【K】消費税減税や増税反対などの議論は日本国内の問題とばかり思っていましたが、世界の経済や流通にも大きな影響を与える問題なんですね。
奇抜な発言でも注目を浴びるトランプ大統領。大統領選挙期間中のイベントで「辞書の中で最も美しい言葉は関税」と発言し、メディアでも話題に。大統領就任初日には、アラスカ州の北米最高峰の山「デナリ」を旧称の「マッキンリー」に戻す大統領令に署名。「ちなみにマッキンリーはアメリカの第25代大統領の名前で、高い関税をかけたことで有名。トランプ氏が影響を受けた人物の1人とされています」(岩本さん)
4.説得ではなく脅し
こうしてみると、消費税を廃止して相互関税回避を求めるのは一番分かりやすく、筋がよいと思いますけれども、既得権益に塗れているのか何か知りませんけれども、政府与党はその方向に舵を切る雰囲気はありません。
消費税減税をやるのやらないのでフラフラしていた石破総理もどうやら、やらない方針でいくようです。
これについて、政治ジャーナリストの青山和弘氏は、4月末にベトナムとフィリピンを外遊した石破総理に帰国後取材した結果として、次のように述べています。
・完全に『消費税減税はやらない方針』に軸足を移したなと。石破総理が強調するのは、消費税を下げたら党が割れちゃうという話青山氏によると、石破総理は米とガソリンの値段が下がれば、世論も落ち着くだろうと思っているということですけれども、筆者は甘いと思います。
・相変わらず森山幹事長の反対が強い。周囲に聞いたら、あれは説得ではなく、脅し。あともう一つ石破総理が言っていたのは、立憲民主党が軽減税率引き下げに踏み切ったのも理由だと。
・コメとガソリンの値上がりが象徴だと。特にコメの値段は絶対に下げると意気込んでいる。今まさにコメとガソリンが高いから、これだけ消費税を下げろという世論が強まっているのだと。だから、コメやガソリンの値段を自分が下げていったら、少しそういう世論が沈静化するのではないか。今を乗り切れば、こんなに言われなくなるだろう。つまり『自分の我慢のしどころだ』ということだ。
・1つは、立憲民主党の出方。野田代表は、消費税率を10パーセント上げた人だが、今回、食料品の消費税を1年間限定でゼロにするという方針を打ち出した。ザ・消費税引き上げの人だったが、党を割ってはいけないということで、立憲民主党の代表として、党を割らないために消費税率を下げる決断をした。ところが、『1年限定はしょぼい』とか『野田氏は変節した』と批判を浴びた。だったら、同じ変節批判もあるかもしれないし、しょぼいと言われてしまうなら、石破総理は財政規律を守る、将来にツケを回さないというポジションを取った方が参院選でも戦いやすいという方に舵を切った。
・もう1つは、森山幹事長の反対が収まらないこと。党が割れちゃうということをしきりに言う。「森山氏が減税をやるなら幹事長を辞めるのではないか」との声が出ている。つまり自分の首をかけているのではないか。森山氏に頼り切っている石破総理は、なかなか決断はできない。そして周辺は、『あれは説得ではなく脅しレベル』だと。石破総理は、首を切ってまで突き進んでいくような人ではない。この2つが大きかったと思う。
・大事なのは、公明党の動きがある。公明党は、今は減税や給付による家計支援だけを打ち出しているが、この減税には消費税、特に軽減税率を下げてほしいという思いが強い。参議院議員もそうだが、与党の一角の公明党からもプレッシャーはかかっていく。これに石破総理は、公明党はなんとか自分と足並みを揃えてほしいけど、足並みが揃わなかったら、与党内で参院選の公約が違うこともしょうがないかもしれない、くらいまで言っているが、本当にそれで済むのかどうか。この辺りも今後、まだ焦点として残っていると思う。
・農水大臣も経験していて、減反政策にとにかく反対してきた人。お米は作るべきだという人。今はすぐ作るのは無理なので、備蓄米をどんどん放出して、これだけは参院選の前に下げると意気込んでいる。ただ、本当に下がるかどうかはまだわからない。あとガソリンは、トランプ関税の影響で景気が下がって、世界中のガソリンが下がっている。さらに10円下げると言っているので、こっちは若干下がるかもしれない。しかし、これだけで本当に減税を求める世論が静まるかどうかは、石破総理の思ったように行くかどうかはまだわからない。
なぜなら、103万円の壁撤廃を阻む抵抗勢力の可視化や、財務省の裏工作、消費税が社会保障に全部使われず、輸出還付金に流れていたなど次々とその裏側がネットやSNSで拡散された影響で、もはや国民は、目先のバラマキで騙されないようになっていると思うからです。
バラマキで騙されるのであれば、消費減税の代わりに補助金を云々の話が出たときに、そうなっている筈ですから。
仮に米やガソリンの値段を多少下げられたところで、それでトランプ関税が無くなる訳ではありません。トランプ関税が発動すれば、企業業績はその分下がりますから、結局、給料も上がらなくなります。
もはや、いくら逃げようが、減税から目を瞑る訳にはいかなくなっています。石破政権の命運がどこまであるか分かりませんけれども、それが分からない限り、国民の鉄槌は何度も下ることになると思いますね。
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