米価高騰は人災か

今日はこの話題です。
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1.値上がりが止まらない米価格


米の値上がりが止まりません。

5月7日、農林水産省は、4月21~27日に全国のスーパーで販売されたコメ5キロ当たりの平均価格(税込み)が4233円だったと発表しました。前年同期比で2145円高く、前週比で12円高くなっています。データの集計を始めた2022年3月以降の最高値を更新し、値上がりは17週連続。前回と前々回は前週比で3円増と値上がり幅が縮小傾向にあったのですけれども、今回は値上がり幅が再び拡大しています。

農水省によると、販売数量が前年同期比で18%増加し、割安な政府備蓄米を混ぜたとみられるブレンド米の流通は増えているそうです。それでも、銘柄米の値上がりが響き、価格上昇にストップがかからなかったとのことです。

備蓄米を巡っては、政府は3月、2回の入札を行い、備蓄米計約21万トンを放出しました。けれども4月13日までにスーパーなどの小売業者に届いたのは3018トン(1.4%)にとどまっています。

2回の放出分の約94%に当たる約19万9000トンは、全国農業協同組合連合会(JA全農)が落札。JA全農によると、4月中に卸売業者に落札した数量の約28%に当たる約5万5000トンを出荷したものの、備蓄米の流通が想定より遅れていて、農水省は今月2日、JA全農に迅速に供給を進めるよう求めています。

米の値上がりが続く理由について、識者は次のようにコメントしています。
東北大大学院/冬木勝仁教授
備蓄米の流通量がまだ少なく効果が出ていない。銘柄米は今後も市場で下がる見込みがなく、店頭価格の高止まりは続く可能性がある

エコノミスト/門倉貴史氏
見解米の店頭価格が下がらないのは、政府の政策ミスによるところが大きい。
まず、備蓄米放出の判断が遅すぎた。米の店頭価格はすでに昨年夏頃から顕著に値上がりしていたのだから、昨年夏の時点で政府が需要と供給のバランスを的確に判断して備蓄米放出を決定していれば、極端な価格高騰は回避できたはずだ。
また、備蓄米放出の方法にも問題があった。備蓄米を流通の最も川上である集荷業者に売却すれば、流通にかなりの時間がかかってしまうことは事前に想定できたはずだ。
さらに米の店頭価格が高止まりを続けている根本的な原因は減反政策だろう。
減反政策は2018年に廃止されているが、廃止後も主食用米の生産量の目安を示したり、主食用米から転作する農家に対して補助金を支給するなど、米の生産量を抑制する仕組みが残っており、これが不測の事態に迅速に対応できない原因になっている。

宇都宮大学農学部助教/松平尚也氏
補足農水省と農協への表面的な批判が展開する中で、そもそもの構造的問題をいうのであれば、単年度のコメ需給をタイトにしてきた農水省とそのバックにいる財務省にもコメ対策への問題があった。首相は選挙前に批判が高まるコメ価格高騰への対策を打ちたいというのが本音だろう。自民党の農林部会がどういった対策案を出してくるのかが注目される。早急に現状の政策課題を検討しその解決に向けた対策を行っていくべきだ。そこでのポイントは、コメ流通量と価格を落ち着かせるための備蓄米の流通を円滑化するための対策(特にコメ卸という川中対策が重要)、そして5月以降の備蓄米ルールの見直し(固定制への変更による放出価格の抑制・買い戻し条件の撤廃)がまずは重要となる。ただしいずれにせよコメ政策全体を転換しないとコメを巡る混乱が続く可能性がある。自民党は生産者と消費者双方が持続的にコメを生産し購入できるような対策案を出すべきと言える。
備蓄米の流通方法と、根本には減反政策に代表される国の政策に誤りがあると指摘しています。


2.ボトルネックは何か


この事態に政府も更なる対策を打とうとしています。

5月7日、石破総理は官邸で自民党の小野寺政調会長と会談しました。

会談は、小野寺氏が連休中にアメリカを訪問したことについて、トランプ関税への対応を含め報告・相談する形で行われ、石破総理は「現実にすでにトランプ関税が稼働され始めているし、自動車・部品は非常に日本にとって大きな問題なので、万全な対策をしっかり取るように」と指示を出しました。

会談では物価高対策についても話題となり、石破総理は「特に食料品、米の問題、政府が備蓄米の放出を含めて努力をしているが、まだ米価が下がった実感も出ていないということで、党としてしっかり政策をまとめて、政府と協力をして物価高対策をやってほしい」とも指示したそうです。

会談後、小野寺氏は米価対策について「今、農水省が備蓄米について対策をとっている。今後の見通しについてしっかり確認した上で、さらなる後押しになるような政策について自民党の農林部会を中心にしっかり議論してもらう……もうすでに農家の方々は出荷をされている。その上でなぜここまでなかなか米価が下がらないのかという中で、農水省が様々検討していると思うが、党としてもしっかり検証する必要がある……まだ努力できるところ、改善できるところがあるのではないかということを党の中で議論していきたい」と述べています。

この石破総理の米価格対策指示について、日本テレビ政治部官邸キャップの平本典昭記者は次のように解説しています。
1つ目は「備蓄米」を放出しても価格がなかなか下がらない焦りです。7日にまた値上がりしたことについて、政府関係者は「なかなか思うようにいかない」と話していました。

コメの価格対策について、政府が何もやっていないわけではないです。先月9日に石破首相は夏まで毎月、備蓄米を放出するよう指示を出しました。それにもかかわらず、効果が出ないことに焦っています。

ある自民党幹部は「ガソリンなどは下がってきたが、コメだけは下がらない」と頭を抱えています。

石破首相は大型連休中、外国訪問から戻った後は都内のホテルに滞在し、今後の政治課題についてじっくり考える時間を過ごしました。7日から本格始動し、最初に動いたのが、このコメ価格対策の指示でした。

ある政府関係者は「それだけ政権にとってもコメ価格が下がらないことに危機感を持っている」と話しています。

もう1つは夏の参議院選挙に向けた「焦り」です。

ある首相周辺は「コメ価格が下がらないまま選挙戦に突入すれば、影響は避けられない」と話しています。ある野党幹部は「コメ価格が下がらないのは石破政権の政策の失敗だ」と攻勢を強める考えです。

石破首相の得意分野として、安全保障政策はよく知られています。実は、農水相も務めた経験があり、農業通、農政通としても自民党内では知られています。

その得意分野で「無策」と野党側から批判を受ければ、選挙戦で攻撃を受けることは確実です。

実は、ある政府高官は「石破首相は、実質的に続いている減反政策は見直すべきと考えている」と明かしています。「生産性をあげて海外への輸出などを増やしていくべき」という立場だと指摘しています。

しかし、農家を大きな支持基盤とする自民党の農水族や農水省は慎重な姿勢です。

ある政権幹部は7日の指示について「石破首相は農水省に任せきりではダメで、自民党に長期的視野での改革案を出してほしいという狙いだ」と解説しています。

「価格が下がらない」「選挙が近づいている」という焦りもあるなかで、生産農家も納得する、そして高騰するコメ価格が適正価格に落ち着く環境整備ができるのか、石破首相には早く結果を出せるか厳しい目が向けられています。

こうしたなか、備蓄米放出以外の策があるのか複数の政府関係者に聞くと、「実質的なものはない」ということです。政府関係者は、備蓄米を放出してもなかなか消費者まで行き渡らないということは、流通の過程にボトルネックがあるのではないかということを話していました。

そのボトルネックが何かを突き止めて、解消していくことが直近の課題ではないでしょうか。
ここでいうボトルネックとは直近の米価格に関するものだと思われますけれども、政府は流通の過程に問題があると見ているようです。


3.元凶はJA農協


備蓄米を放出しても、米の値段が下がらない理由について、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、4月10日付のプレジデントOnline記事「備蓄米が消えていく…「コメの値段は下がらない」備蓄米の9割を"国内屈指の利益団体"に流す農水省の愚策」で、JA農協に問題があると指摘しています。

件の記事の概要は次の通りです。
備蓄米を21万トン放出しても、コメの値段は下がるどころか上昇している。

農水省の調査でも13週連続して値上がりして3月末には5キログラムで4206円に高騰している。1年前の2000円程度の水準から倍増である。とうとう石破総理の指示で、農水省は7月まで10万トンずつ備蓄米の放出を行うことを決めた。私にはマスコミからこれでコメの値段は下がるのかという問い合わせが来ている。

私の答えは、「3400円くらいには下がるが、それ以下にはならないだろう」というものだ。エコノミストの株価や為替の予想と同じで当たるかどうか分からないが、根拠を示しておこう。

私は昨年から、今回の米価上昇は、24年産米を昨年8~9月に40万トン先食いした結果、本来同年産が供給される24年10月から今年9月までの供給がその分減少したからだと説明してきた。

現に今年の2月まで民間の在庫は前年同月比で40万トン程度減少している。政府が既に放出した21万トンに加え、4月、5月に10万トンずつ放出すれば、40万トンの不足は解消される。消費者が購入するコメの値段は1年前の2000円程度まで下がるはずである。

しかし、既に21万トン放出したのにコメの値段は逆に上昇している。備蓄米を追加放出してもコメの値段は下がりそうにない。

それは、農水省の備蓄米放出に米価を下げないカラクリが巧妙に用意されているからだ。

一つは、消費者に近い卸売業者や大手スーパーではなく、米価を低下させたくないJA農協(全農)に備蓄米を売り渡したことである。その量は、放出された備蓄米の9割を超える。

米価は需要と供給で決まる。備蓄米を放出しても、その分JA農協が卸売業者への販売を減らせば、市場への供給量は増えない。また、JA農協が備蓄米を落札した値段は60キログラム当たり2万1000円である。これより安く売ると損失を被るので、これ以上の価格で卸売業者に販売する。

もう一つは、1年後に買い戻すという前代未聞の条件を設定したことである。米価の上昇によって、農家は25年産の主食用米の作付けを増加させることが予想される。しかし、7月まで売り渡す予定の備蓄米61万トンと同量を市場から買い上げ隔離すれば、1年後も米価は下がらない。そもそも、放出して買い戻すのであれば、市場への供給量は増えない。備蓄米の放出には、米価を下げないという農水省の意図が隠されているのだ。

卸売業者がスーパーや小売店に販売するコメは主としてJA農協から仕入れている。その時の価格が「相対価格」と言われるもので、現在60キログラム当たり2万6000円まで高騰している。

相対価格からJA農協の手数料を引いたものが生産者(農家)価格となる。農家は、まずコメをJA農協に引き渡した時に概算金という仮渡金を受け取り、JA農協から卸売業者への販売が終了した後、実現した米価(相対価格)を踏まえて代金が調整される。

つまり昨年の出来秋時の60キログラム当たり1万6000円程度の概算金から現在の2万6485円(2025年2月)まで上昇した部分は、24年産米の取引終了後に追加払いされることになる。今の時点で、農家が「米価が上がった実感がない」と言うのは当然である。

卸売業者は相対価格をベースに自らのマージンを加えてスーパーや小売店に販売する。

相対価格が下がらなければ、小売価格も下がらない。相対価格を操作できるのはJA農協である。その市場シェアは減少したとはいえ5割を占める。この独占事業体は、在庫量を調整(増や)して市場への流通量をコントロールする(減少させる)ことで、相対価格を高く維持できる。

農水省は、JA農協以外の流通ルートが増えたから米価が上昇していると説明しているが、これは全くの虚偽である。米価を高く操作してきたのは、JA農協そのものである。

その手段として利用してきたのが在庫調整だった。

JA農協は米価を操作したいために、2005年には全国米穀取引・価格形成センターを利用して架空取引によって米価を高く設定する「全農あきた事件」を起こしたし、2011年には価格を操作しやすい相対取引に移行するために同センターへの上場を減少し廃止に追い込んでいる。また、農家にとってはリスクヘッジの機能を持つ先物取引に反対してきた。公正な価格が形成されると価格操作ができにくくなるからである。

農水省の主張は経済学的にもナンセンスである。JA農協という独占事業体の市場占有度(独占度)を高めれば、価格は下がると言っているのである。他の事業者の市場参入を増やさなければ、米価は下がらない。さまざまな事業者がコメの集荷に参入することは、コメ市場をより競争的なものとし、JA農協の独占的な価格形成を防止する効果を持つ。

ただし、JA農協もある程度相対価格を下げなければ、政府から何のために備蓄米を放出したのかという批判を受ける。しかし、備蓄米を2万1000円で買っているので、それ以下に下げると損をする。

つまり、現在の相対価格2万6000円を2万1000円に20%減少させることが限度となる。同じ割合で小売価格が低下すると仮定すると、それは3400円となる。

今回の備蓄米放出には、JA農協救済というもう一つのカラクリがある。

7月まで10万トンずつ放出すると、農水省は合計して61万トンの備蓄米を放出することになる。

今回JA農協の集荷量が減少したことを、農水省は意図的に問題とした。農水省自身の調査で否定されたが、様々な業者が集荷に参入したので、米価がつり上がったという虚偽の主張を展開した。

既に放出した21万トンの根拠は、JA農協と卸売業者を合わせた民間在庫量が減った40万トンを補填すると言うのではなく、JA農協の集荷量が21万トン減ったからだというものだった。この時点で、JA農協救済という疑いが持たれるものだった。米価維持のためJA農協が在庫調整すれば、61万トンのかなりの部分は市場への供給量の増加ではなく、JA農協の在庫積み増しとなる。JA農協の独占力が向上し、卸売業者との相対価格交渉に有利に働く。

さらに、農水省は1年後に61万トンを買い戻す。

これだけの量を市場から買い上げ隔離すれば、農家が25年産の生産を相当増やしたとしても米価は下がらない。JA農協は米価操作をやりやすくなる。

最後に、農水省は毎年20万トンを備蓄米として玄米で積み増ししている。

備蓄米として放出した21万トンは、24年産米が中心である。4・5月に放出されるのは、23年産米の古米が中心となる。さらに、6・7月に放出されるのは、22年産米の古古米となる。もみ貯蔵なら食味は維持されるが、技術が進歩しているとしても、玄米の保管で品質や食味はどうなのだろうか?

70年代から80年代初めに、政府が過剰米在庫を抱えていたころ、古米は食べられても古古米はかなり食味が落ちた。古古米を放出しても消費者が食べなければ、流通量を増やして米価を下げることにはつながらない。タイ等から大量のインディカ種のコメを輸入して消費者に嫌われて廃棄処分した平成のコメ騒動の二の舞になる。

石破総理が本気でコメの値段を下げようとするなら、無税で輸入しているミニマムアクセスのうちの10万トンの主食用輸入枠(SBS米)の輸入量を拡大するか、キログラム当たり341円という枠外輸入の関税を引き下げるかして、ジャポニカ米の輸入量を増やすしかない。

JA農協は猛反対するだろうが、身から出た錆びとはこのことだろう。
山下氏が指摘した「全農あきた事件」とは、2005年1月に発覚した全国農業協同組合連合会秋田県本部(全農あきた)の「米横流し事件」と「米架空取引事件」のことです。全農あきたの子会社のパール秋田が、取引先の経営不振により2億5100万円が不良債権化したのですけれども、パール秋田は赤字に陥ることを防ぐため、農家から販売目的で預かっていたコメを横流しして簿外販売し、取引先から債務弁済があったように装い利益を計上しました。また、全国米穀取引・価格形成センターにおいて、全農あきたはパール秋田等との間で架空取引を行い、パール秋田等に高値で落札させ、米価を高く操作しました。

平たく言ば、全農あきたは、米価格の高値操作と横流しで「濡れ手に粟」をしたのが「全農あきた事件」です。

こうした体質が今も残っているのかどうか分かりませんけれども、山下氏は米価格が下がらない原因は、「米価を低下させたくないJA農協(全農)に備蓄米を売り渡したこと」と「農水省が備蓄米を1年後に買い戻すという前代未聞の条件を設定したこと」の2点を上げています。

前述した政府関係者が述べた「流通の過程にあるボトルネック」というのが、これなのであれば、今起こっている米価格高騰は人災であり、いくら備蓄米を放出しても米の値段は下がらないことになります。


4.問題の本質と裏側


前述した山下氏の指摘は直近の米価格に関するものですけれども、根本的な問題とされる減反政策についてはどうなのか。

これについて、東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授の鈴木宣弘氏は、5月2日付のJAcomのコラム記事「「盗人に追い銭」「鴨葱」外交の生贄にしてはならぬ農産物」で、コメや農業を守るべきだと警鐘を鳴らしています。

件の記事の概要は次の通りです。
トランプ関税に浮足立って、一目散に出向いて、どれから譲ればいいですかと聞きに行き、絶対切ってはならないコメのカードを最初から出すから許してと言い出すのは交渉になっていない。すべてを失うだけだ。コメ・農業を守るのは「国防」の一丁目一番地だ。

他の国は、確固たる国家戦略、外交戦略を持っているから、米国に怯むことはないが、日本は、米国の要求にどう応えるかを考えるだけの「外交」で「思考停止」し、独自の国家・外交戦略がなくなってしまっている。

トランプ大統領の基本姿勢は「反グローバリズム」「自己完結型経済」と思われるので、グローバル化に晒され、過度に輸入依存に陥っている日本の食と農からすると望ましい方向性を示唆しているとも言える。

米国は日本を米国の余剰農産物の処分場として、日本を食料で自立させないように「胃袋からの属国化」を進めてきたが、米国が関税を引き上げてでも米国産業を守るなら、日本も輸入依存度を減らして食料自給率を高め、食と農の独立をめざしたいところだ。しかし、日本には、その国家戦略がない。

一方で、「米国ファースト」で自国利益を高めるに日本にもっと農産物を買わせる要求も強まるが、それに応えるのに必死になってしまう。わざわざ、急いで訪米して、交渉の優先順位を教えてくれ、つまり、何から差し出せばいいかを聞きに行くとは情けない。まさに、鴨が葱を背負って俺を食べてくれ、と言いに行く「鴨葱」外交だ。

前回のトランプ政権でも、25%の自動車関税で脅され、他の国は毅然と突っぱねたが、日本は「うちだけは許して。何でもしますから」と、中国が米国との約束を反故にして宙に浮いた300万トンのトウモロコシまで「尻拭い」で買わされ、国民には「蛾の幼虫の発生でトウモロコシに被害が出た」と虚偽の理由まで持ち出し、「盗人に追い銭」外交を展開した。それが繰り返されようとしている。

前回、日本は、牛肉(関税の大幅引下げと緊急輸入制限措置の無効化)と豚肉(実質ゼロ関税)を譲り、米国側がTPPで日本に約束していた牛肉関税撤廃は反故にされた。牛肉は、最終的に9%までに関税を引き下げた。

牛肉の低関税が適用される限度(セーフガード)数量は、米国向けに新たに24.2万トン(29.3万トンまで増やす)を設定した。TPP11で設定した61.4万トン(73.8万トンまで増やす)は、TPPで米国も含めて設定した数量がそのままなので、日本にとっては、米国分が「二重」に加わった。かつ、輸入が急増してセーフガード数量を超えて米国からの輸入が増えたら、その量まで発動基準を広げていくという「なし崩し」対応を約束してしまった。

さらに、米国への日本からの牛肉輸出については、26.4%の関税の撤廃など、TPP合意を反故にされた。対米牛肉輸出の低関税枠は現在200トンしか認められていない。TPPでは低関税枠も拡大しつつ、枠も枠外関税(26.4%)も15年目に撤廃される約束だったことを隠して、前回の日米協定では200トンから複数国枠にアクセスできる権利を得たのでTPP合意より多くを勝ち得たと政府は言った。実質的には多少の枠の拡大(200トンを少し超えても枠内扱いが可能になる程度)にとどまり、得たものはTPPで合意していた関税撤廃とは比較にならないほど小さい。

豚肉は、日本政府は否定しているが、ほぼ全面関税撤廃に近い。なぜなら、EUや米国は、almost duty free (ほぼ無税)と評価したのだから。一方、米国向けのコメ(7万トン)と乳製品(3万トン程度)のTPP合意に基づく追加輸入枠の実施は見送られた。

コメは民主党地盤の加州が主産地なのでトランプ氏が重視しなかったとの見方もあったが、米国の米と酪農団体は反発した。米国はTPPから離脱したのだから、コメの7万トンの追加枠も消えたと言ってよいのだが、米国は、当然の如く、この実現を求めてくる。

乳製品については、米国、豪州、ニュージーランド、カナダを含めたTPPワイド枠で7万トンの追加枠を設定し、米国がTPPから抜けても、7万トン全量を残りの国に認めてしまった。そのうち、約3万トンが米国枠だったと推定されるので、米国にその分を追加すると、日本にとっては「二重」の輸入増になってしまう。

前回のトランプ政権での日米貿易協定の交渉で、日本の交渉責任者は「自動車交渉のための農産物のカードはまだある」、つまり、自動車のために農産物を差し出していくリストがある、と漏らしていた。今回、自動車関税の見直しを懇願するための前回の積み残し分で、生贄リストに残る目玉は、米と乳製品だ。輸入枠の拡大だけでなく、関税削減にも踏み込んでくる可能性もある。

関税削減には原則的には協定締結が必要だが、輸入枠の拡大はすでに77万トンのミニマム・アクセス米(本来は全量輸入義務ではなく輸入機会の提供)のうち米国との「密約」で毎年確保している36万トンの米国枠を広げることなどでもできる。主食用の10万トンの枠(SBS=売買同時入札枠)で実質的に米国向け追加枠を確保する方法もすでに模索されてきた。77万トンの枠外に7万トンを設けるとなると影響は大きくなる。

さらに、大豆やトウモロコシの輸入拡大も要求されているという。まさに、前回と同じだ。米中関係の悪化による「尻拭い」をまた受け入れるのか。この流れは、苦しむ日本の農家をさらに追い詰め、食料安全保障の崩壊を早める。

特に、国内の稲作農家に減反を要請し続け、十分な所得が得られずに苦しんでいる稲作農家にとって、コメの輸入拡大は、まさに追い打ちで、さらに稲作をやめる農家が激増しかねない。そうなったら、他の穀物が90~100%を輸入に依存する中で、唯一自給率を100%近くに維持してきたコメが急速に輸入依存に陥る。国民は、輸入米でコメが安くなったと思ったら、実は、飢餓の危機に近づいていることを認識する必要がある。国産農産物を守ることは、国民一人一人の命を守る安全保障のコストなのだという認識が必要である。コメ・農業を守るのは「国防」の一丁目一番地だ。

我が国は、長らく、米国の要請に対処することが「外交」という「思考停止」を続け、独自の国家戦略・外交戦略を持っていない。欧州などは独自の国家・外交戦略があるから米国と対等に主張が交わせる。日本が独立国として米国依存から脱却して世界の中でどう生きていくのか、それを早急に確立することが求められている。
手厳しい評価です。仮に石破政権が米の値段を下げることができたとしても、それは、目先の対応をしたに過ぎず、国家戦略レベルでどうするかに答えたものではありません。

ともあれ、石破総理が今の米価の高騰原因を特定し下げることができるのか。総理就任以来、国民のために目立った実績がない石破総理にとって、ある意味、評論家的立ち位置から、行政の責任者としての実力を試される最初にして最後の機会になるかもしれませんね。




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