

1.ロシア・ウクライナ交渉
5月16日、ウクライナ戦争の終結に向けて、トルコのイスタンブールで、ロシアとウクライナ両国の直接交渉が行われました。
両国の直接交渉は、ロシア侵攻後、3年ぶりで、開催地を提供したトルコも同席しました。
協議の冒頭、トルコのフィダン外相は「今、二つの道がある。一つは和平。もう一つは破壊とさらなる死者を出す道だ。どちらを選ぶかは双方の意思で決まる」と述べました。これは、ウクライナのゼレンスキー大統領とロシアのプーチン大統領の参加が実現しなかったことを念頭に置いたものと見られています。
協議は約2時間で終了し、停戦合意には至りませんでした。
ウクライナ筋によると、協議でロシアとの相違はすぐに明らかになったとのことで、ロシアの要求には「実現不可能な条件や非建設的な条件」が含まれていたとし、「現実から乖離し、これまで話し合われたことの範囲をはるかに超えていた」と語っています。
ただ、両代表団の代表者によると、会談が終わる前にキエフとモスクワは、戦争開始以来最大規模となる、1000人の捕虜をそれぞれ交換することで合意したとのことです。
ウクライナの首席代表ルステム・ウメロフ氏は、記者団に対し、会談の第一の優先事項は捕虜の解放を確保することであり、第二に停戦を確保することだと述べ、次のステップは首脳レベルの会談となるはずだとコメントしました。
一方、モスクワ代表団を率いたロシア大統領補佐官のウラジーミル・メジンスキー氏は、双方が詳細な停戦案を互いに提示し、首脳会談を行うことで合意したことを確認したとし、モスクワはイスタンブールでの会談の結果に満足しており、キエフとの協議を継続する用意があると述べました。
やはり、戦況が有利に展開しているせいなのか、ロシアの方に余裕が感じられます。
マスコミは交渉で停戦できなかったとか、隔たりがあったなど、ネガティブに報じていますけれども、交渉が決裂することもなく、捕虜交換で合意しています。これはウクライナ側の、第一優先事項だったのことですし、ロシア側も会談の結果に満足だとコメントしていることを考えると、ポジティブに捉えてもよいのではないかと思います。
2.続イスタンブール交渉
無論、停戦条件について、ロシアとウクライナ双方に隔たりがあるのは事実です。
アメリカのシンクタンク、戦争研究所は今回の協議について、レポートを上げています。
重要なポイントだけ引用すると次の通りです。
・ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領によるイスタンブールでの二国間交渉への参加要請を拒否し、ウクライナにおける戦争終結に向けた譲歩を拒否し続けている。ロシアは、2022年にイスタンブールでウクライナの交渉に派遣した代表団とほぼ同じ面子を揃え、今回の交渉は、当時の交渉の継続であるとしているのですね。
・イスタンブールのロシア代表団にはプーチン大統領の側近は含まれておらず、2022年にイスタンブールで開催された露ウクライナ交渉にロシアが派遣した代表団とほぼ同一のメンバーである。
・メジンスキー氏は、2025年5月にイスタンブールで行われたロシア・ウクライナ交渉について、ロシアがウクライナの完全降伏に等しい要求を突きつけた2022年初頭のイスタンブール交渉の継続であると明確に述べた。
・メジンスキー氏はまた、プーチン大統領が長年にわたり要求してきた、戦争の解決にはウクライナの政権交代とNATOへの制限が不可欠であるという要求を繰り返した。
・クレムリンがロシアメディアにイスタンブールの交渉の報道方法について指示したと報じられているが、これはクレムリンがロシア国民にウクライナでのより長期の戦争を覚悟させており、双方の妥協を必要とする誠意ある交渉に参加することに興味がないことを示唆している。
・ウクライナ軍は最近トレツク近郊に進軍し、ロシア軍は最近リマン、ノヴォパヴリウカ、ヴェリカ・ノヴォシルカ近郊に進軍した。
この部分について、戦争研究所は次のように説明しています。
メジンスキー氏は、プーチン大統領が5月11日に述べた、イスタンブールでの新たな二国間交渉は2022年4月のイスタンブール議定書合意案に基づくという枠組みを繰り返している。2022年当時と比べて、戦局ははるかにロシアに有利に傾いているにも関わらず、ロシアは2022年の交渉の続きと位置付けています。ロシアにしてみれば、もっと吹っ掛けることだって出来るはずなのに、です。ロシアからしてみれば、この時点で既に譲歩している積もりなのかもしれません。
この合意案には、ウクライナの降伏に相当し、将来のロシアの侵略に対するウクライナの防衛能力を失わせるような条項が含まれていた。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)とニューヨーク・タイムズ(NYT)は2024年3月と6月に、両紙がイスタンブール議定書の合意草案の複数のバージョンを入手したと報じた。
議定書草案は、ウクライナに対し、NATO加盟の野望を放棄し、憲法を改正して中立条項を追加し、いかなる軍事同盟にも参加することを禁じることを要求していた。
また、ウクライナが外国の軍人、訓練員、兵器システムをウクライナに受け入れることを禁じていた。ロシアは、自国、米国、英国、中華人民共和国、フランス、ベラルーシが合意の安全保障保証国となることを要求した。ロシアは、保証国に対し、軍事援助協定を含む「(ウクライナの)永世中立と両立しない国際条約および協定を破棄する」ことを要求した。
ロシアは、イスタンブール議定書の一環として、ウクライナの軍事力を兵士8万5000人、戦車342両、砲兵システム519システムに制限することを要求した。ロシアはさらに、ウクライナのミサイルの射程距離を40キロ(25マイル)に制限するよう要求した。この射程であれば、ロシア軍は攻撃を恐れることなく、ウクライナ付近に重要なシステムや物資を配備できる。
ロシアは、本格侵攻の1、2か月目にこれらの条件を要求した。当時ロシア軍はキエフ市に進軍し、ウクライナ北東部、東部、南部で著しい前進を遂げていた。
ロシアは、3年間の戦争を経て今、同じ要求を繰り返そうとしているが、ウクライナ軍はその後、ロシアをウクライナ北部から撤退させることに成功し、ハルキフ州とヘルソン州のかなりの部分を解放し、戦域全体でロシアの進撃速度を鈍化させた。
メジンスキー氏は、ウクライナが現在、戦場で2022年4月よりもはるかに優位な立場にあり、ロシア軍は本格侵攻の初期の数か月間よりもはるかに弱体化しているという事実があるにもかかわらず、2025年5月の会談を2022年4月のイスタンブール交渉の継続として意図的に位置づけ、ウクライナの降伏を求めるロシアの要求を正当なものとして描こうとしている。
3.どれだけ長くても戦う用意はある
それでも、戦局がロシア有利になっていることは、交渉においてロシアをより強気にさせていることは間違いありません。
5月16日、モスクワタイムズは「クレムリンの交渉担当者、ウクライナ協議でピョートル大帝とスウェーデンの21年間の戦争を引用」と題した記事を掲載しました。
件の記事の概要は次の通りです。
金曜日のウクライナとの会談で、クレムリンの首席交渉官は、ピョートル大帝がスウェーデンと21年間戦った大北方戦争を、ロシアが必要なだけウクライナ侵攻を続ける用意があることの証拠として挙げた。脅しを交えた交渉です。もちろん、これからロシアが2年、3年と戦い続けられるのかについて疑問がない訳ではありませんけれども、この手の交渉でこういう物言いで圧力を掛けていくのは、普通ではないかと思います。
ロシアとウクライナが3年ぶりに直接会談した後、ウラジーミル・メジンスキー外相は、モスクワは「結果に満足しており、接触を継続する用意がある」と述べ、18世紀の紛争との歴史的な類似点を指摘した。
「スウェーデンとの大北方戦争は21年も続いた。21年もだ。しかし、戦争開始からわずか数年後、ピョートル大帝はスウェーデンに和平を申し出た。…スウェーデン側は何と言ったか?『いや、最後のスウェーデン人まで戦う』と」と、メジンスキー氏は親クレムリン派のテレビ司会者エフゲニー・ポポフ氏とのインタビューで語った。
エコノミスト紙特派員オリバー・キャロルは金曜日、事情に詳しい筋の話として、メジンスキー大統領が交渉室で「我々は戦争は望んでいないが、1年、2年、3年、どれだけ長くても戦う用意はある。我々はスウェーデンと21年間戦ってきた。あなたはどれくらい戦う覚悟があるんだ?」と述べたと報じた。
「このテーブルに座っている人たちの中には、もっと多くの愛する人を失う人もいるかもしれない。ロシアは永遠に戦う覚悟ができている」と、メジンスキー氏は90分強続いた会談中に述べたと報じられている。
国営テレビ局「ロシア24」の司会者ポポフ氏は、イスタンブールでの会談で大北方戦争について言及があったことを確認した。
ポポフ氏はまた、ロシアの交渉担当者らが、モスクワの要求が満たされなければ、すでに併合した5つの地域に加え、ウクライナのハルキフ地域とスムイ地域も奪取すると脅したとの報道も確認した。
「交渉中のロシア側の発言に関して、我々の情報筋の一人は、ロシア代表団のメンバーが実際に『もしロシアの新たな4つの地域が今、近い将来に承認されなければ、次回にはもう6つになっているだろう』と述べたことを確認した」とポポフ氏は放送で述べた。
4.第三の目標
今回の交渉について、イギリスのガーディアン紙は、「この会談はプーチン大統領にとって象徴的な勝利であり、ゼレンスキー大統領にとっては後退と捉えられる可能性が高い」と評価しています。
交渉におけるウクライナ目標について、第一に捕虜解放、第二に停戦確保であるとは先述していますけれども、ウクライナのウメロフ主席代表は、「次のステップとしては、首脳レベルの会合を開催することだと思います。それが私たちの次のステップです」と、第三の目標として「首脳レベルの会談」を開催することだと述べています。
ウクライナが次のステップとする、首脳レベルの会談とは、要するに、プーチン大統領とゼレンスキー大統領の会談ということになるのですけれども、このウクライナの要請についてロシアのメジンスキー氏は「モスクワは留意している」と答えています。
ただ、ウクライナのゼレンスキー大統領は、交渉について「最優先事項は完全かつ無条件で誠実な停戦だ……殺害行為を止め、外交の確固たる基盤を築くためには、停戦は直ちに実現されなければならない」と、停戦は2番目としたウメロフ主席代表と異なる発言を行い、停戦に合意できない場合はモスクワへの制裁を改めて求めています。
これらを考えると、ゼレンスキー大統領の発言と交渉団の発言に食い違いがある間は中々、ロシアとの首脳会談には辿り着かないのではないかと思います。
16日、イギリス、フランス、ドイツ、ポーランドの首脳はアメリカのトランプ大統領と電話会談を行い、ウクライナ情勢について協議しました。
イギリスのキア・スターマー首相は、ウクライナ和平交渉におけるロシアの「容認できない」立場への対応について、首脳間で「緊密に連携」が始まったと述べ、ロシア政府が停戦に応じない場合、西側諸国の一部首脳が協調して制裁を強化する動きを示唆しました。
一部では、制裁強化する場合は、ロシアのエネルギー資源が標的になるのではないかとも見られていますけれども、どうもウクライナ交渉団と、ゼレンスキー大統領と欧州諸国の言い分にズレがあるように思えてなりません。
マスコミは、ロシアとウクライナの双方の主張に溝があるとか報じていますけれども、その前に、ウクライナ交渉団と、ゼレンスキー大統領と欧州諸国の溝を埋める必要があるのではないかと思いますね。
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