
1.参議院選挙の投票に行くか
7月4日から3日間、NHKが全国の18歳以上を対象に世論調査を行いました。調査対象は、4522人で、うち42%にあたる1913人から回答を得ています。
調査によると、石破内閣を「支持する」と答えた人は、先週行った調査より3ポイント下がって31%と、去年10月に石破内閣が発足してから最も低くなり、「支持しない」と答えた人は4ポイント上がって50%となりました。
また、7月20日に行われる参議院選挙の投票に行くかどうか尋ねたところ、「必ず行く」が56%、「行くつもりでいる」が23%、「行くかどうかわからない」が7%、「行かない」が6%、「期日前投票をした」が6%でした。
更に、今回の選挙にどの程度関心があるか聞いたところ、「非常に関心がある」が30%、「ある程度関心がある」が45%、「あまり関心がない」が15%、「まったく関心がない」が5%でした。
参院選の投票に行くとの回答が「必ず行く」と「行くつもりでいる」と合わせて79%、関心があるかについても「非常に関心がある」と「ある程度関心がある」を足して75%に達しています。
過去10回の参院選の投票率がみんな50%台であったことを考えると脅威の数字です。


2.石破さんは解説者なんだよね
6月19日、週刊現代は自民党の旧安倍派、旧二階派の重鎮であった萩生田光一氏と武田良太氏の対談記事を掲載しました。そこで石破総理についても言及しています。
件の部分を引用すると次のとおりです。
【前略】巷の評論家やネットでは、石破総理について、総理の椅子にしがみつきたいだけだ、などという批判の声があることは知っていましたけれども、身内の自民議員からみても「総理大臣をやりたい」と思われているということは、本当にそうなんだな、と思わざるを得ません。
萩生田:もともと当選同期の萩生田、加藤、武田でよく飯を食っていて、それをマスコミが頭文字をとって「HKT」とか呼ぶようになった。去年の6月の会は僕が幹事でお店を貸し切ったんだけど、加藤が来られなくなっちゃった。それで誰か一人誘おうということになって、加藤の代わりのKで、小泉進次郎に声をかけただけなんだけど。
武田:あの日は菅(義偉)さんも来たから、大騒ぎになったんだよ。
萩生田:もともと我々は菅内閣の閣僚だから、たまには菅さんも誘って激励しようと。
武田:そうしたら、毎回来るようになったんだよね(笑)。
萩生田:そうそう(笑)。いつの間にかレギュラーになって。加藤も来られないはずが、用事が早く終わったから来た。全員集まったもんだから目立ってしまった。他愛もない話をしていただけなんだけどね。でも今から振り返ると、菅内閣は統率の取れた良いチームでしたよね。菅さんはやりたいことが分かりやすかった。それに向かって、自分は何をすればいいか閣僚も考える。そういう目標が、今の政権には無いんじゃないかな。
武田:石破(茂)さんはやりたいことが分かりにくいんだろうね。
萩生田:「総理大臣」をやりたいんだよ。
武田:なるほど……。石破さんは解説者なんだよね。物事に対する分析とか解説はうまいんだ。でもドーンと方向を示すのが苦手でね。
萩生田:乱暴かもしれないけど、トランプ大統領みたいに一発、政策を打ち出さないと。
武田:あと石破さんは国内外の人脈が決定的に少ないわな。
【以下略】
3.楽しい総理
そんなに「総理大臣をやりたい」筈の石破総理は、実際はボヤいてばかりいます。
昨年12月27日、石破総理は内外情勢調査会の講演で「なってみて思うけど、普通の閣僚の何倍もしんどい……新聞を読んだって誰も褒めてくれないし、ネットを見たら本当に悲しくなるし、寝る時間もほとんどないし」とぼやきました。
そして、今年5月30日に都内で開かれた全国商工会連合会の会合での挨拶で「1日3時間くらいしか寝ていない。なんでかというと、とにかくトランプ関税、コメ下げろ、ガソリン代下げろ、電気代下げろ、消費税下げろということで」とぼやきました。
この発言に国民は、《そんなに働いて何もできてないの?》、《でました、俺は、寝ない自慢》、《嘘こけ 石破茂 国会でいつも寝てるだろ》、《家とは別に、国会で寝てる時間のこと言ってるんじゃない?》と猛反発。まぁ当然といえば当然です。
総理大臣をやりたいのに、やってみると「しんどい」とぼやく。そんなに「しんどい」ならお辞めになったらいかがですか、といいたくなります。
石破総理の心中は、どこにあるのか。
筆者は、今年1月の総理大臣年頭会見で石破総理が掲げた「楽しい日本」にそのヒントが隠されているのではないかと邪推しています。
3月12日、自民党は自身のホームページで、石破総理に「楽しい日本」についてのインタビュー記事を掲載しています。
件の記事から一部抜粋すると次の通りです。
石破茂総裁 「楽しい日本」は昭和45年の大阪万博に携わり、平成31年に亡くなった堺屋太一さんの最後の著書に触れられています。非常に読みやすい本でしたが、最初は違和感がありました。「強い日本」「豊かな日本」というのは理解できますが、「楽しい日本」とは何なのだろう、と。私も国会議員になって39年になりますが、政治の世界もそうですし、日本全体がお互いを認め合い、尊重し合う「楽しいな」というものがすごく薄れているように感じています。石破総理は「日本全体がお互いを認め合い、尊重し合う「楽しいな」というものがすごく薄れている」と述べています。けれども、実は国民に対して「もっと自分を認めろ」「もっと自分を褒めろ」という気持ちが石破総理の心の奥にあって、それが漏れてきたが故にこのキャッチフレーズを出してきたのではないのか、と思えてなりません。
日本は昨年の幸福度ランキングが世界で51位、主要7カ国(G7)で最下位。かなり低いです。戦後の日本は豊かだし、独立も守って戦火に巻き込まれていないのですが、国民が幸せを感じていないというのはなぜなのでしょうか。
私は昨年、総裁選挙の立候補宣言を地元の小さな神社でやりました。私が子供の頃、そこには今よりも貧しかったけれども、笑顔があって、お互いを尊重し合って、助け合う社会がありました。明るくて楽しかった。今の日本に欠けているものだと思います。
【以下略】
つまり、本音は「楽しい総理」。総理になったらチヤホヤされて楽しいだろうな。偉くなって嬉しいだろうな、と期待して総理になったはいいが、実際は、「誰も褒めてくれないし、ネットを見たら本当に悲しくなる」という現実に直面して、こんなはずでは、と嘆いている。
だから、「もっと自分を認めろ」、「もっと自分を褒めろ」といいたいところが「楽しい総理」とストレートにいうのは憚られるので、総理を日本に差し替えた。だから「楽しい日本」となった。
筆者は最初の「楽しい日本」を聞いたとき、こんな目標にもならぬスローガンを出して何を考えるのかと理解できませんでした。そして思い当たったのが、「楽しい総理」の言い換えに過ぎなかった説。もちろん、ただの邪推ですし、そうであって欲しくはないのですけれども、そう考えると妙に納得できてしまうところに悲しささえ覚えます。
4.石破って日本のためになる事何かやった?
6月25日、SNSであるユーザーが「石破って日本のためになる事何かやった?」とツイートしたのが、小バズりました。
件のツイートにはリツイートが殺到。いくつか拾うと次の通りです。
・最大の貢献 :大多数の国民に自民党はもうダメだと気づかせた。とこんな具合に反面教師的な貢献を指摘するリツイートで溢れています。
・本気で政治と向き合わないとヤバい事を、老若男女に知らしめた事ぐらいかな?
・無能で総理大臣になりたいだけのやつがなるとどれほどダメかということを国民に知らしめた
・石破は視点を変えれば有能な人物ですよ。政治を無視したら本気でヤバいって事を多くの国民に認知させましたし、今も自民党を潰しやすくする為に己の身を犠牲にして、自民党の評判を地の底まで下げようと努力しています 石破本人も分かってやってるんじゃないですか??
・自民党を現在進行形で破壊している。 石破を過半数が支持する議員で構成される売国政党なんて消え去ってくれた方が良いじゃないですか。
・自民党が外国人優遇だということを世間に知らしめた。財務省が悪の根源だという事を世間に知らしめた。自民党をぶっ壊してくれている。
確かに石破総理という存在は、国民の政治参加意識を高める効果を発揮しているといえます。
石破って日本のためになる事何かやった?
— 通りすがりの者 (@palaboymanila57) June 24, 2025
もう15年も前のエントリーになるのですけれども「鼓腹撃壌の日本(政治家の世襲問題について考える その4)」で筆者は、「日本人は政治に殊更関心を示さなくても、生きていけるという古代中国の理想社会である「鼓腹撃壌」を成し遂げている国」であり、「治められた人民が、ただ自分たちの上に政治をする人がいるということを知るだけで、有り難いとも何とも感じていない、老子が最上とする統治」をしていると述べたことがあります。
これがいわゆる「政治なんて誰がやっても同じ」といった一種の諦観にも似た意識を生んでいたのではないか、と。
けれども、あれから15年経って、貧困、外国人問題など多々問題が発生し、もはや日本は「鼓腹撃壌」ではなくなった。それが故に、前述したような政治への意識の高まりとなって表れているように思います。
この変化が自然なものなのかどうか分かりませんけれども、もしここに「天意」が現れているとするならば、それは政治体制の変更を企図しているのではないかと感じます。
それは何かというと「大統領制への移行」です。
『論語』の一節に「民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず」というのがあります。これは、「人民を為政者の施策に従わせることはできるが、その理由や道理を理解させることは難しい」という意味です。
この言葉は、人民は支配者の指示に従うべきで、その理由を細かく説明する必要はない、という考え方を示したものですけれども、現代社会では、国民の知る権利や民主主義の観点から、情報を隠蔽したり、理由を説明せずに従わせることは、批判されるべきであるとして否定的にとらえられる傾向があります。
「由らしむべし、知らしむべからず」でうまく統治が出来ているとするならば、それは為政者に能力があり、民草の暮らしを豊かにして、ある意味「鼓腹撃壌」を実現していることを示しているといえます。けれども、逆に為政者が無能で民草を苦しめるようになると、途端に「由らしむべし、知らしむべからず」が逆効果になってしまうことになります。
「由らしむべし、知らしむべからず」の逆は、「自ら由り、自ら知る」ことになると思いますけれども、それは要するに、民衆が自分達で自分達の為政者を直接選ぶことであり、それを一言でいうと「大統領制」です。
5.大統領への天意
現在日本の国政は間接民主制ですけれども、大統領制に近いものがあるとすれば地方首長選挙でしょう。特に東京都ともなれば、人口といい経済規模といいそこらの中堅国並みです。それくらいの国家規模の首長を直接選挙で決めている。
もし、日本が大統領制になるとすると、具体的なやり方がどうなるか分かりませんけれども、都知事選の様な感じで総理を選ぶことになると思われます。
けれども、今の日本で都知事選挙のノリで総理を選べるのかどうかという問題があります。
その為には、国民が正しい情報を手にし、判断できなくてはならないのですけれども、はっきり言って心許ないのが現状だと思います。なぜなら、国民が正しい情報を手にするのにハードルがあるからです。
それは、国民が自分から情報を取りに行く意識が不足しているのもそうですし、またマスコミが偏向して都合の悪い情報を流さないという面もあるからです。後者については近年特にそれが酷くなっている感があります。
それを解決するための方法の一つに選挙があります。
選挙では、各候補者が党の公約や自身の主張を民衆に訴えかけます。政見放送は編集をしてはならないことになっています。ある意味、一番偏向できないのが選挙あるいは選挙活動であり、それを一番良く理解して使いこなしているのは、NHK党の立花党首でしょう。
兵庫の斎藤知事を巡る一連の問題でも立花氏は自身の主張を偏向あるいは封殺されずに訴えるために、わざわざ立候補して、選挙を広報として利用しています。二馬力だなんだ批判されていますけれども、立花氏にとっては、選挙を一番偏向できないマスメディアだと割り切って使っているように見えます。
けれども、これはマスコミの偏向報道に対するカウンターパンチ的な役割を果たしていると思います。
その意味で最近の国政選挙を見てみると、新政党が次々に生まれています。近いところでは参政党であり、保守党ですけれども、NHK党やれいわ新選組も含めると結構な数です。それ政党は当然意見が異なっていますけれども、どこが議席を増やす減らすではなく、それら異なった意見が偏向されることなく広く国民に知らされるという意味で、国民が歪められていない情報を手にし、判断する機会を与えているともいえます。マスコミはテレビや新聞ではなく、選挙だという視点です。
これらが成熟して始めて大統領制への基盤が整う。
安倍元総理暗殺から特にそうですけれども、近年の政治の流れを見ていると、そういう「天意」が働いているようにさえ筆者には見えます。
石破政権によって「政治なんて誰がやっても同じ」が否定され、新党がどんどん出る選挙によって「由らしむべし、知らしむべからず」を打ち破っていく。その度合いと進み具合が未来の日本を作っていくのではないかと思いますね。
萩生田さんと浙江財閥はどこまで言論統制できるのかと思ったけど、政権放送は無理だったようだ。 https://t.co/NSm5ejQEYE
— 深田萌絵 MoeFukada (@MoeFukada) July 9, 2025
この記事へのコメント
安部善明
ご存じかもしれませんが、安岡正篤先生の解釈です。
民衆は利己的で目先のことしかわからないから、爲政者の遠大公正な政策の意味を理解させることは非常にむずかしい。時には不可能である。結局民衆の良心を信じ、「何だか能く分からんが、あの人の言うことや行いに間違いはなかろうから任せる」。信無くんば立たず、信頼させる以外に由らしむることは困難である。
日比野
>「何だか能く分からんが、あの人の言うことや行いに間違いはなかろうから任せる」。
いままでは、これでもそれなりに上手く回っていたんです。
誰がやっても同じ、で、皆が困らなかった。
でも、これは実は稀有なことで政治家の質が一定以上あったからこそ成立していたんだな、と。
しかし時代が下って今はもうそれが通じなくなった。誰がやるかが決定的に重要になってしまった。ゆえにこそ、直接民主制が求められるような流れになってきたと感じています。
ついでにいえば、石破政権ははっきりと「信無く」の状態であり、「由らしむる」ことなどまったくできていないですね。
今後ともよろしくお願いいたします。