財政の安定性を巡る戦い

今日はこの話題です。
画像

 ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックお願いします。


2025-10-26-215600.jpg


1.ドーマー条件


有識者のみならず、ネットを見ていても、高市総理の所信表明は割と評判がよいようなのですけれども、その経済政策について、興味深い書き込みがありました。

件の投稿は次の通りです
高市さんの所信表明での発言

「成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきます。」

これって財務省に対してPBではなくドーマー条件での指標を暗に要求してるってことなんすかね?

どっかに教えてくれるエロい人いないかな...
ドーマー条件とは、名目経済成長率が名目金利を上回っていれば、政府債務の対GDP比は安定するという財政の持続可能性を示す指標です。

名目経済成長率(g)が名目金利(r)を上回っている、つまりドーマー条件が成立している間は、借金の増加ペースよりGDPの成長が上回るため、財政赤字を続けても債務残高の対GDP比は安定するため、直ちに財政破綻の危機には至りにくいとされています。

逆に、金利上昇や経済成長率の鈍化により、ドーマー条件が不成立になる、つまり金利が成長率を上回ると、財政リスクが急激に高まることになります。日本のように低金利が続いていた時期は、ドーマー条件が成立する状態が続いていました。

高市総理は、「成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え」と述べて、PB黒字化には触れていませんでしたから、PBよりもドーマー条件を経済指標として重視しているものと思われます。




2.政府債務のネットとグロス


それでもネットでは、高市総理のドーマー条件について触れた発言について、気になる指摘もありました。それは次の投稿です。
片山さつき財務相は就任会見で「純債務の対GDP比」と発言しましたが、高市総理は所信表明演説で「政府債務残高の対GDP比」と言いました。

もちろん、「純債務の対GDP比」が正しい表現です。

高市総理が読んだこの文章は財務省などが作ったものでしょう。高市さんは別の会見とかTV番組出演などでは純債務の対GDP比と話しているので、多分おかしいなと思って、財務省官僚に尋ねたと思うんですが、うまく丸め込まれちゃったのではないかと推測します。

これだけ観ても財務省の狡猾さが見て取れると思います。財務省の伏魔殿とどう対決して、日本を豊かに強くするのかと言うのは、高市さんの双肩にかかっています。
高市総理と片山財務相とで、政府の負債についての表現が違うというのですね。

件の片山財務相の発言は、就任会見の際に発されたものです。該当部分を引用すると次の通りです。
記者:
「責任ある積極財政」を掲げつつ、財政健全化の必要性について大臣はどうお考えでしょうか。また、自民党と日本維新の会の合意文書に盛り込まれた2年間限定の消費税減税について、大臣の考えをお聞かせください。

片山財務相:
総理がよくおっしゃっているように、積極財政派は財政規律が必要がないという議論をしたことは一度もありません。プライマリーバランス(PB)の議論もありますが、それ以上に、純債務の対GDP比がどのように推移するかを見ています。総理は、この比率を緩やかに引き下げていく形で、財政上の規律は維持する(野放図ではない)ということをマーケットにも説明し、経済政策としても説明していく方針です。現在、名目GDP成長率が4%弱、国債金利が1.65%である点を考えれば、国民への還元は可能な状況にありながら、規律のなさに受け取られることは望んでいません。

(消費税減税について) これは自民党と維新の会の連立合意の中で維新側から持ち込まれた話です。「手取りを増やすことが非常に重要」という総理の方針から、あらゆる可能性を否定するわけではありません。しかし、消費税は財源に充てられているという話も以前からあるため、軽々しく扱われるべきものではないとも思っています。連立の非常に重要な合意であることを受け止め、慎重に対応してまいります。
確かに「純債務の対GDP比」と述べています。しかもPB以上に重視すると言っています。

純債務の対GDP比と政府債務残高の対GDP比の違いは、政府が保有する金融資産を考慮に入れるかどうかです。

政府債務残高(グロス債務)の対GDP比とは、政府が将来的に返済義務を負う全ての負債(債務商品)の合計額を、国のGDPで割ってパーセンテージで示したものです。これにy対し、純債務(ネット債務)の対GDP比とは、政府の金融負債総額から、政府が保有する金融資産(現金、預金、貸付金、政府が保有する債券など、流動性の高い資産)を差し引いた純債務の合計額を、国のGDPで割ってパーセンテージで示したものになります。

当然ながら日本政府には莫大な資産がありますから、これを引く引かないでは、その見え方は大きくことなることになります。

実際、この部分については記者質問がありました。そのやりとりは次の通りです。
記者(日本金融通信社 今村):
日本金融通信社の今村と申します。よろしくお願いします。 2点お伺いさせてください。まず、あの先ほど、大臣のお言葉の中に、あの純債務の残高を重視されるというようなお言葉があったと思うんですけれども。ネット債務の、あのGDP比ですね。まあ、債務のGDP比というのは220%として高いと思うんですけど、この純債務の残高という言葉が重視される意図について教えていただきたいのが一点です。【以下略】

片山財務相:
はい、ありがとうございます。この財政問題につきましては、自民党の方でも財政の本部が2つあった時代には、あの今私も申し上げましたし、記者さんからもご指摘のあった点で、すごく長く論、議論をしておりまして、あの、格付け機関も純債務を見ているのが今多いんですよね。だけども、純債務と言っても差し引いていいのかっていう議論をする人もいるし、その資産のところがその売れる売れないの話もあるし、いやでも今その資産で持っているものは金融の資産の方が多いんだから、結局はそれは引いてもいいんじゃないかっていう人もいて。

ただ、実際に純債務の対GDP比って結構見ているところが多いので、ま、それでおけば確かに少ないですし、高市総理がよくお使いになる、え、債務残高の統計、OECDのものと、それからこの財務省が使っているもののって、やっぱりちゃんと定義が違うので、パーセンテージも変わるんですけれども、重要なことは、ま、そういうその複線的な議論ができること自体が重要だと私は思いますし、一昔前にはそれもなかったんで、ま、政治家も多少利口になったっていうか、役所の方も柔軟になったっていうか、ま、両方ですよね。あの、ま、当たり前といえば当たり前なんですけれども、そういう議論の結果で、あの、純債務だけがというつもりはありませんが、これを見ているところは多いということは申し上げてもいいかなという風に思っております。

【以下略】
日本の債務のGDP比は総債務残高(グロス)で約237%、純債務残高(ネット)で約135%とされ、ほぼ倍の差があります。片山財務相によると格付け機関は純債務残高(ネット)で見ている方が多いということですから、そちらに合わせても問題ないのではないかと思います。




3.純債務残高対GDP比を引き下げていく


では、高市総理は、所信表明で政府の債務残高を、債務残高(グロス)といい、純債務残高(ネット)と言わなかったのですけれども、確かに高市総理は総裁選で総裁に選ばれた10月4日の記者会見で純債務残高(ネット)と発言しています。

会見での該当部分を引用すると次の通りです。
読売記者:
読売の藤原です。あの、今の質問に、若干関しますけども、財政についてお伺いします。高市総裁は、これまで責任ある積極財政を唱えておられますけども、現在の少数与党下で野党の協力なければ予算を通せないという制約がある中で、プライマリーバランスの黒字化含めて、財政政策についての基本的な方針について、聞かせていただければと思います。

高市総裁:
はい。あの、私は財政の健全化が必要ではないといったことは一度もございません。あの、私自身は純債務残高対GDP比、これを、徐々に引き下げていく、ここには心を砕く、その思いでございます。ただし、ただし、今多くの方が困ってらっしゃる、物価高で生活が苦しい、事業が苦しい、ここはしっかりと手当てをする。これが国の大事な仕事だと思っております。困っている人を助けないで、何が国だと私は思っておりますので、ここはしっかりと対応をさせていただきます。

その上で財政の健全化という意味では先ほど申し上げたことが全てでございます。そしてやはりあの国が呼び水的な投資をする、例えばリスクを最小化するためにですね、国土の強靭化、しっかりと防災対策をするとか、エネルギー安全保障、しっかりと、これから、自立的にエネルギー供給ができるようにするとか、それからやっぱり食料安全保障、みんな心配されている。だからしっかりと日本国内で必要な食べ物が作れる。こういう状況を作るとかで健康医療、これも先ほど申し上げましたとも大事なテーマです。

ま、こういったことを一つ一つやっていく。ここに直接国が投資するのか、または今の世界の潮流になっているように課題を解決するために官民で、力合わせて投資を拡大していくのか、それはそのもの、そのものによって違うと思いますが、ただ投資をした場合には必ずそこに需要が生まれます。必ずそのお仕事をされる方々がいらっしゃるわけでございます。そしてまた税収も上がってまいります。全くこれは手を打たないとえいことじゃなくて、むしろ税収が増える賢いと使用するワイズスペンディング。ま、これが私の方針でございます。
果たして、所信表明の草稿を誰が作ったのか分かりませんけれども、もし財務省がつくり、少しでも政府の債務残高の対GDP比を大きく見せようと、高市総理を丸め込んだのだとしたら、まったく油断ならない組織だということになります。




4.徹底抗戦の準備を整えている財務省


財務省はドーマー条件についても手を打っていて、財務省財務総合政策研究所の機関紙「フィナンシャル・レビュー」に2021年3月と2022年12月号に論考を掲載しています。

それぞれの論考に記されている要約を引用すると次の通りです。
〇2021年3月号掲載「財政赤字の安定化条件「ドーマー条件」の再考察

高齢化による社会保障費用の増加や新型コロナウイルス感染流行の影響による財政出動により,日本の財政は大量の国債発行を余儀なくされており,その持続可能性が危惧されている。

財政の安定性を調べるための条件としてよく使用されるものに「ドーマー条件」がある。

ドーマー条件とは,「利子率」と「経済成長率」を比較し,前者が後者よりも大きければ財政は不安定化し,国債残高は拡大の一歩をたどるというものである。最近では,この条件式をベースに,中央銀行が金利をマイナスにするなど,利子率を経済成長率よりも低くすることで,日本を含め,財政の不安定化は防げるという見解もある。

本稿では,ドーマー条件は,国債の供給のみに注目して導出されたものであり,国債の需要は考慮していないことを説明する。次に,国債需要もモデルに含め,国債の需要と供給から,国債金利と国債の消化量が決定されるモデルを構築し,ドーマー条件に代替する財政の安定化条件を導出する。これは,国債残高を国債需要の利子弾力性と比較した条件式として導出される。また,この条件の妥当性を,以前国家破綻したギリシャと,未だに財政破綻はしていないがその債務残高が巨大な日本のデータを用いて検証する。本論文が提唱する財政の安定化条件によれば,ギリシャは財政破綻を起こし,日本は財政破綻しない状況にあることが示された。

今後,日本の財政の安定化を議論する際には,利子率と経済成長率を比較するドーマー条件ではなく,国債供給と国債需要の両面から導出される「国債残高 / 国債需要の利子弾力性」を比較することが必要であることが結論付けられる。

〇2022年12月号掲載「財政の持続可能性とは何か? ―横断性条件,ドーマー条件,物価水準の財政理論―

本論文では,最近までの関連研究を俯瞰しながら財政の持続可能性に関する議論をまとめ,最後に試験的な実証分析を試みた。

第Ⅰ節では,財政の持続可能性について概観し,政府のデフォルトについての議論をまとめた。
第Ⅱ節では,財政の持続可能性の代表的な定式化として横断性条件を紹介した。
第Ⅲ節では,貨幣を導入し,中央銀行が存在する下での横断性条件について整理した。

この設定では,物価の変動によって横断性条件が満たされると主張する物価水準の財政理論(FTPL)が重要である。第Ⅳ節では,利子率と経済成長率の大小関係,すなわちドーマー条件の観点を加味して3つの議論を行った。

第1に,ドーマー条件を考慮しながら横断性条件と政府債務 GDP 比の収束条件の関係を明らかにした。
第2に,動学的最適化・効率性という視点からドーマー条件の意味を考え,財政の持続可能性に対する含意を示した。特に,g>r のケースにおいては,財政に合理的バブルが生じうること,(横断性条件ではなく)政府債務 GDP 比の一定値以下への収束が持続可能性指標として妥当である可能性を示唆した。
第3に,r-g に不確実性がある場合の実証分析(確率的債務持続可能性分析)を試行した。計算の結果によると,r-gに不確実性があるとき,たとえ現状が g>r であったとしても,2030 年の日本の国債 GDP比は非常に大きな値となる可能性がある。
2021年の論考では、日本の財政の安定化はドーマー条件ではなく、「国債残高の大きさ」と「市場が国債を引き受けてくれる需要の強さ」のバランスを示す「国債残高 / 国債需要の利子弾力性」でみるべきだ、とし、2022年の論考ではたとえ、名目経済成長率(g)が名目金利(r)を上回る、いわゆるドーマー条件が成立する「合理的バブル」状態であっても、財政が持続可能であるかを見るためには、債務残高対GDP比がコントロール可能下の範囲に収めるべきだ、と述べているのですね。

要するに、日本において、ドーマー条件をそのまま財政安定性の指標に使うべきではないとし、「国債残高とそれを引き受けてくれる市場の強さを見るべきだ論」や、ドーマー条件が成立していても、「債務残高対GDP比は一定の値以下に収めるべきだ論」を立てている訳です。

仮に、高市総理がドーマー条件を主張して、財務省に積極財政を求めたとしても、財務省は「債務残高対GDP比は一定の値以下に収めるべきだ論」を立てて抵抗してくる可能性があることを予感させますし、その時、より対GDP比が大きく見える「政府債務残高の対GDP比」を議論のベースに使われてしまったら、収めるべき一定の値までの余裕がその分少なるなるわけです。

財務省が、「積極財政をすると死ぬ病」に罹っているのかどうか分かりませんけれども、財務省は高市政権がドーマー条件を出してきても抵抗する準備を整えているように見えます。高市総理にも財務省の理論武装に対抗し、迎撃できる経済ブレーンをしっかりと用意するべきではないかと思いますね。



  twitterのフリーアイコン素材 (1).jpeg  SNS人物アイコン 3.jpeg  カサのピクトアイコン5 (1).jpeg  津波の無料アイコン3.jpeg  ビルのアイコン素材 その2.jpeg  

この記事へのコメント