
1.一緒の躊躇もなく
高市総理の台湾有事をめぐる国会答弁を巡り、中国の薛剣・駐大阪総領事がXに「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやる」投稿が波紋を広げています。
11月7日、高市総理は衆院予算委員会で、中国が台湾の海上を封鎖した場合について問われ、「戦艦を使って武力行使も伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と述べました。
これに対し、8日、中国の薛剣・駐大阪総領事は、朝日新聞デジタルによる「高市首相、台湾有事『存立危機事態になりうる』 武力攻撃の発生時」の見出しを引用し、「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか」とし、怒り顔の絵文字を添えていたというものです。
木原官房長官は11月10日午前の定例会見で産経記者からこの投稿についての受け止めを聞かれた木原稔官房長官は「御指摘の中国の大阪総領事の投稿は承知をしております。その趣旨は明確ではないものの、中国の在外公館の長の言論として極めて不適切と言わざるをえません。11月9日午前以降、外務省および在中国大使館から中国に対してその旨の申し入れを行い、強く抗議するとともに関連の投稿の速やかな削除を求めました。9日夜の時点で関連の投稿の一部は閲覧できない状況になったと承知をしております。中国側から明確な説明がなされるよう求めてまいります」と、中国側に抗議をしたことを明らかにしました。
さらに毎日記者から「政府として薛剣氏をペルソナ・ノン・グラータとして国外退去を求める考えはあるか?」と聞かれると「中国の大阪総領事による複数の不適切な発言は認識をしておりまして、中国側にも累次にわたり申し入れを行い、適切な対応を強く求めております。先ほど申し上げたとおり、中国側から明確な説明がなされるよう求めてまいります」と答えました。
ペルソナ・ノン・グラータとはラテン語で「好ましからざる人物」を指し(英語では person not welcome)、外交官のうち、接受国からの要求に基づき、その国に駐在する外交官として入国できない者や、外交使節団から離任する義務を負った者を指す外交用語です。これは、外交関係に関するウィーン条約や領事関係に関するウィーン条約で規定されていて、受け入れ国は問題のある外交官らの国外退去を求めることができることになっています。
2.ペルソナ・ノン・グラータを行使するべき
流石に「斬首」発言ともなると激しい抗議の声が上がります。
12日、茂木外相は、訪問先のカナダで記者団に「日中関係の大きな方向性に影響が出ないように、適切な対応を中国側がとるように強く求めていく……在外公館の長の発信として極めて不適切だ」とあらためて批判。ただ、「ペルソナ・ノン・グラータ」に指定するかについては言及しませんでした。
一方、自民党外交部会と外交調査会は11日、外務省から状況をヒアリングし、非難決議を採択しています。
件の採択文の内容は次の通りです。
中国の薛剣・駐大阪総領事の不適切な X 投稿に対する非難決議X(旧ツイッター)の自民党広報によると「会議の冒頭に小林鷹之政務調査会長は「自民党として看過できない。中国の適切な努力がなければ、ペルソナ・ノン・グラータ(好ましくない人物として国外退去を求めること)を含めた対応を政府に求める」と、事態の深刻さを強調しました。出席議員は「この投稿は高市総理個人だけにとどまらず、日本国、日本国民に対するものだ」「先日の日中首脳会談や日中関係を毀損する行為」「主権国家の権利であるペルソナ・ノン・グラータを行使するべき」という声が相次ぎ、政府の厳格な対応を求めました。」と報じています。
令和7年11月8日、中華人民共和国の薛剣・駐大阪総領事は、自身の X において、高市早苗内閣総理大臣の台湾有事と存立危機事態についての国会答弁に関する報道を引用し、「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか。」といった、外交官としての品位を著しく欠く極めて不適切な投稿を行った。また、その後もこれに関連して、「一部の頭の悪い政治屋が選ぼうとする死の道」等の不適切な投稿を行い、その一部は現時点においても削除されていない状況となっている。
これまでも同総領事は、我が国の内政に干渉するなど、累次にわたり不適切な発信を繰り返してきた。
先般の韓国での APEC 首脳会議の機会に、高市総理と習近平国家主席との間で初めての日中首脳会談が開催され、「戦略的互恵関係」を包括的に推進し、「建設的かつ安定的な関係」を構築するという日中関係の大きな方向性を改めて確認した上で、今後、首脳間での対話、そして日中間の幅広い分野での重層的な意思疎通を行う重要性を確認した。
その直後においてこうした発信が行われたことは、日本国の首長たる内閣総理大臣かつ自民党総裁個人のみならず、日本国及び日本国民に対する侮辱であり、日中関係を大きく傷つけるものである。自民党として到底看過できるものではなく、中国政府に対しては極めて強く抗議するとともに、中国側が自主的に問題解決に向けて適切な対応を行い、日中関係の前進に向けた努力をすることを強く求める。
こうした努力がなされない場合には、自由民主党として日本政府に対し、関連する国際法に基づく同総領事へのペルソナ・ノン・グラータも含めた、しかるべき毅然とした対応を強く求める。
野党からも、10日、立憲民主党の泉健太前代表は、自身のXを更新し「とんでもない暴言。こんな総領事は日本に必要ない。政府は早期にペルソナノングラータで中国に帰任させよ」とし、公明党の斉藤鉄夫代表でさえも、11日にXで「中国総領事による一連の発言は、極めて遺憾です……外交官としてあるまじき言動であり、党代表として強く抗議します……日本政府として、厳重に抗議したことは当然の対応です」との見解を示しました。
中国総領事による一連の発言は、極めて遺憾です。
— 斉藤てつお (公明党) (@saitotetsuo) November 11, 2025
外交官としてあるまじき言動であり、党代表として強く抗議します。
日本政府として、厳重に抗議したことは当然の対応です。
公明党としても、事態を重く受け止め、
大使館側に率直な懸念を伝えるなど、しかるべき対応を進めてまいります。…
3.対米批判と日中友好
一方、そうでもない反応もあります。
立憲の野田佳彦代表は11日放送の報道番組「BSフジLIVE プライムニュース」に出演し、自民の小林政調会長の発言について、「うん、気持ち分かるんですよ。だけど、党の重たい役を担ってる人としては一方でね、やっぱりそろそろ引火消しに当たっていくという構えを持ってかないと。ここまでやっていくとどんどんエスカレートしていくという可能性を私は感じますので、厳しく抗議はしなければいけないと思います。けしからんと。いうところまではいいと思うけど、ペルソナ・ノングラータまでやるともっとよりエスカレートしてく可能性があると思いますので」と慎重な対応を求めました。
また、国民民主党の玉木雄一郎代表は、11日の会見でこの発言に言及しています。記者とのやりとりは次の通りです。
フリーランス記者:最後の1点、あの、どなたもお聞きになってないので、中国の大阪総領事の発言、これについてどう対応すべきとお考えかお聞かせください。玉木代表は、薛剣氏の人柄に触れた上で、今回の発言は極めて不適切としながらも、「戦狼外交」で意図的にやっているのだから乗せられるな、と警告しています。
玉木代表:ま、彼とは長い付き合いでもあるんですけど、ま、あの、ひどいですね。あの、今回に限らず、まあ、確か私に対しても何か、あの、発信してたことありましたけども、ま、昔はね、ああいう感じの人なかったんですけど、ま、いわゆる戦狼外交ということをもって意図的にやってんではないかなという風に思いますね。だから過剰に反応する、反応することも含めて、え、向こうのあの戦略に乗ることは控えるべきだと思いますけれども、ただま、今回の発言についてはですね、え、何か、ま、その脅しをかけるようなことはですね、あってはなりませんし、ま、場合によってはペルソナ・ノングラータに当たるような、あの、私はあの、ま、職業外交官として、え、高官の長としては極めて不適切です。うん。ですから、ま、ちょっとそういうその過激な発言することも含めて、あの、外交戦略の一環だとは思いますから、あまり過度な反応はしたくありませんけれども、今回の発言は度を超してると思いますね。
もし、意図的に過激な発言をしているのなら、今回以外にも同種の発言をしているのではないかとも思いますけれども、薛剣氏が総領事として着任したのは2021年にまで遡ります。
この年の8月、J-cast ニュースは「中国在阪総領事、アフガン輸送機の人転落を揶揄 米国に「こんな『成果』を挙げた」...イラスト物議」という記事を掲載しています。
件の記事から後半部分を引用すると次の通りです。
外交官としては北京のアジア局と在京中国大使館を往復するキャリアで、米国への赴任経験はない。ツイートに一貫しているのは、対米批判と日中友好だ。例えば8月13日には「笑止千万!アメリカが民主サミットを開催するんだって?今のアメリカに民主があるとすれば、腐敗した民主、金まみれの民主、泥沼化の民主しかない。ほら、見てみよう。コロナの中で60万人以上もの人が命を失ったアメリカ、誰かが責任を取ったのか?いないでしょう?!」などと米国のコロナ対策を批判する一方で、アドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)のジャイアントパンダ、彩浜(さいひん)の3歳の誕生日にあたる8月14日には、「彩浜ちゃん、お誕生日おめでとうございます!」と日本語で祝福する動画を公開した。J-cast ニュースは、薛剣総領事のツイートについて、「対米批判と日中友好で硬軟使い分ける」と分析しています。
8月19日のツイートでは、東京五輪で大活躍した卓球の伊藤美誠選手を中国のライバル、孫穎莎選手が絶賛したことを報じる記事を張り付けて
「これこそ健全なライバル関係。お互いに尊重し合い、認め合い、相手の長所を習いながら、ともに磨き高めていく。ライバルの間でもこれができるなら、国同士の間にできないはずがない。日本の皆さん、考え方を切り替えて、一緒に頑張ろう」などと呼びかけた。
総領事館のツイートも傾向は同じで。硬軟双方のツイートが共存している。8月13日には、星条旗が入ったワシのような鳥(米国の国章にはハクトウワシがあしらわれている)が、紙幣や武器、ウイルスをばらまくイラストをツイート。イラストには「偽情報で世界一」「政治的分裂で世界一」「通貨の過剰供給で世界一」「パンデミック拡散で世界一」といった文字が入っており、さらに「さぁ、次は何で世界一を取ろうか」という一文を添えてツイートした。
一方で、「隣の国はどんな国」と題したクイズ企画も行っており、記念品として「特別職員」と銘打ったパンダのキャラクター「パンパン」のグッズを配布。グッズが届いたことを喜ぶツイートを、「絵文字かわいい」
「中日友好のために共に頑張らなきゃ」というコメントとともに引用するなどしている。
4.薛剣は攻めの広報ツール
こうしてみると、薛剣総領事の意向に沿って発言している可能性が高くなります。
冒頭で取り上げた会見で、木原官房長官は「関連の投稿の一部は閲覧できない状況になった」と述べていますけれども、裏を返せば、消した記事、残している記事の中に中国政府の意思があるともいえる訳です。
だとすると薛剣総領事のツイートは全体としてどういう内容になっているのか。
これについて試しに、Grokに分析評価させてみると、その結果は次の通りでした。
https://x.com/xuejianosaka のアカウントは、薛剣(Xue Jian)氏が運営するもので、プロフィールには「中華人民共和国駐大阪総領事」(Consul General of P.R.C in Osaka)と明記されており、公式の外交官アカウントです。フォロワー数は約11.7万人、青い検証バッジ付きで、投稿は主に日本語で行われています。Grokは薛剣総領事のツイートを「攻めの広報ツール」として機能しているとし、日本国内では「過激」「挑発的」と批判される一方、中国国内や親中層には「よく言った!」と支持される典型例だと評しています。
〇全体的な印象
・積極的で攻撃的な「狼戦士外交」スタイル:中国の公式立場を強く主張し、特に台湾問題や日本政府の発言に対しては非常に鋭く、時には挑発的・威嚇的な表現を使います。一方で、中国の文化・経済・日常生活のポジティブな側面を頻繁に発信し、日本人に好印象を与えようとする「ソフト」な面も併せ持っています。
・二面性:外交官としては異例のストレートで感情的な言葉遣い(「頭の悪い政治屋」「死の道」「民族的潰滅」など)が目立ち、議論を呼びやすい。一方で、中国の伝統音楽、輸入博覧会、学校給食、宇宙ステーション、ダンスなどの動画を共有し、親しみやすさをアピール。
・エンゲージメントが高い:政治的に敏感な投稿は数千~数万のいいね・リポストを集め、数千件のリプライがつくこともあります。特に台湾関連は炎上しやすい。
〇主な投稿内容の分類
・中国の文化・日常生活の紹介(ソフト面)
+「毎日一歌」シリーズで少数民族の歌を紹介。
+中国公立中学校の豪華な給食、中国宇宙ステーションでの料理、女子バスケのスラムダンク、深セン交響楽団の公演など。
+→ 中国を「豊かで活気があり、親しみやすい国」として印象づける意図が強い。
・経済・国際協力の宣伝
+中国国際輸入博覧会の詳細レポート(日本企業の出展、市場の魅力など)。
+中日経済連携のポジティブな事例(MUJI、パナソニック、JETROなど)。
+→ 日本企業・消費者に対して「中国市場はチャンス」とアピール。
・外交・政治的主張(ハード面、特に台湾問題)
+日本政府(特に高市首相など)の台湾関連発言を「内政干渉」「極めて悪質」と強く非難。
+「台湾有事は日本有事」を「中国への脅迫」「死の道」「民族的潰滅を招く」と痛烈批判。
+中国人民解放軍の強さを示す動画や「逆抑止」的な投稿。
+→ 一つの中国原則を絶対視し、対日警告を繰り返す典型的な「狼戦士(戦狼)外交」。
〇総評
・薛剣総領事のアカウントは、中国政府の立場を日本向けにダイレクトに発信する「攻めの広報ツール」として機能しています。文化・経済の魅力で好感を稼ぎつつ、核心的利益(特に台湾)では一切妥協せず、むしろ相手を強く牽制するスタイルです。日本国内では「過激」「挑発的」と批判される一方、中国国内や親中層には「よく言った!」と支持される典型例で、結果として非常に注目を集めています。
・外交官としては異例の「ネット戦士」的な存在で、中国の対日世論戦の最前線に立っている印象です。投稿を見る限り、中国の自信と警戒心が強く表れています。
これをみて、筆者は、「威力偵察」ではないかと思いました。つまり、わざと高市政権を挑発し、その反応を探っているのではないかということです。
威力偵察とは、敵の勢力や陣地の様子を探るために、あえて小規模な攻撃を仕掛け、反撃の様子などから敵の情報を収集する軍事行動のことですけれども、防衛省が編集協力をしている広報誌「MAMOR(マモル)」の2023年10月号に「敵の情報を探るには、読みと忍耐が大切…軍隊における「偵察」の重要性」という記事があります。
件の記事の一部を引用すると次の通りです。
そもそも偵察は何のために行われるのか? そしてその重要性は? 陸上自衛隊の元幹部自衛官で多数の著書もある二見龍氏に、軍隊における偵察任務の内容と大切さについて聞いてみた。プロ曰く、軍にとって情報は火力と同等かそれ以上とのことです。
「軍隊にとって情報力は火力と同等、いやそれ以上に重要な“力”です。例えば敵の位置が分かればピンポイントでたたけ、戦況を有利に進められるからです」と語るのは元陸将補の二見氏。
偵察には敵に察知されないように情報を探る隠密偵察と、攻撃をして相手の反撃の規模から情報を得る威力偵察の2つがある。威力偵察は敵の位置が不明な場合に怪しい場所に射撃を行い、敵が潜伏しているか探ることもある。これらの偵察で得るべき情報について二見氏は続ける。
「まずは敵戦力の把握。どれくらいの戦力でどんな装備を持っているのか、配置はどうかなど。次に、地形が作戦に与える影響を知ること。戦場になり得る場所やそこへの進出経路、退却経路を調べます。気象条件なども含まれます。地理情報を集めることで敵の潜伏地点が予測でき、どこから攻撃すべきかを決める判断材料になります」
けれども、逆にいえば、どんなに挑発しても「判断材料」を与えることがなければ、その「戦狼外交」とて空振りになります。
今回の挑発で日本国内世論は湧き上がっていますけれども、政府はいつでもいけるぞという構えを見せながらも抗議レベルで留め「ペルソナ・ノン・グラータ」にまでは踏み出していません。けれども、与野党は「ペルソナ・ノン・グラータ」すべきだ、とか、火消しすべきだ、とか、わざとやっているだけで乗せられるな、という形で喧々諤々です。
正直どう転ぶか分からない状況です。はたしてこれで中国からみて「威力偵察」になっているのか。
もう少し様子を見てみたいと思います。
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