
1.中国軍と自衛隊艦船の無線交信音声記録
12月9日、中国軍機が自衛隊機に2回にわたってレーダーを照射した問題で、中国国営中央テレビ傘下のネットメディア「玉淵譚天」は、中国軍と自衛隊の艦船の無線の交信記録とする音声を公開しました。
音声データは無線のやりとりとみられ、中国軍が訓練を開始する前の「6日午後2時10分」に中国海軍の艦艇から自衛艦に対して発信されたものといい、中国語と英語で「我々の艦隊は計画に基づき、艦載機の飛行訓練を行う」と呼びかけています。これに対し、英語で「こちらは日本の116艦。そちらのメッセージを受け取った」と応答したとしています。
「玉淵譚天」は「それにもかかわらず日本側は訓練区域に侵入した」と強調。空自機が「50キロに満たない距離まで近づいた」とし、「われわれのレーダー捜索範囲に入ったため自然とレーダーを感知できるようになった」と説明。中国軍機も空自機のレーダーを感知したが、「理性的に対応した」と伝えています。
これに対し、日本のネットユーザーが激しく反応。公開直後から音声の真偽をめぐる議論が活発化しました。音声の技術的・内容的な不自然さや、音声は照射の数時間前とされる一方で、NOTAM(航空通報)や公式チャネルで事前公表なかったこと。音声は艦船間の交信なのに、レーダー照射は航空機という矛盾など、様々な指摘が相次ぎ、全体として「捏造の疑いが濃厚」との意見が主なものとなっていきました。
2.小泉防衛相緊急会見
これに対し、翌10日の10:42分頃から小泉防衛相の会見が行われ、中国側の音声データを真っ向否定しました。
件の会見の内容は次の通りです。
12月6日、土曜日に発生しました、レーダー照射事案に関する中国国営メディアの報道につきまして、4点申し上げたいと思います。このように、小泉防衛相は、中国海軍艦艇から海上自衛隊の護衛艦に対し、飛行訓練を開始するという通信があったのみでノータムも航行警報も何もなかったと否定しています。
まず第1に、中国側が行ったとする通報の内容について申し上げます。中国国営メディアが報じた音声の一つ一つについてコメントすることは差し控えるべきですが、レーダー照射事案があった12月6日、土曜日、中国海軍艦艇から海上自衛隊の護衛艦に対して、飛行訓練を開始する旨の連絡があり、その内容を聞き取りました。一方、空母「遼寧」の艦載機がどのような規模でどのような区域において訓練を行うのかという具体的な情報は自衛隊にもたらされておらず、また、訓練を行う時間や場所の緯度・経度を示すノータム(航空情報)もなく、船舶等に示す航行警報も事前に通報されておりません。その結果、危険の回避のために十分な情報がありませんでした。
第2に、自衛隊によるスクランブル発進は、適切かつ必要な活動であるということです。空母「遼寧」が所在した海域周辺には、沖縄本島、北大東島、南大東島、沖大東島などがあり、その領空の保全と国民の生命財産を守る責務を有する防衛省・自衛隊が空母から発艦した艦載機に対し、対領空侵犯措置を適切に行うことは、訓練に関する事前通報の有無にかかわらず、当然であります。
第3に、6日に対領空侵犯措置を実施していた航空自衛隊F-15戦闘機が、中国空母「遼寧」の艦載機に対してレーダーを使用したという事実はありません。そして、
第4に、最も重要な点として、問題の本質は、我が方が対領空侵犯措置を適切に行う中において、中国側が約30分にわたる断続的なレーダー照射を行ったことだということであります。中国側に対しては、こうした航空機の安全な飛行に必要な範囲を超える危険な行為について、その再発防止を、引き続き、厳重に求めてまいります。また、長時間にわたりレーダー照射を受けるという極めて緊張を強いられる状況において、冷静に任務を遂行した自衛隊のパイロット、そして、そのパイロットを支える地上クルーを誇りに思います。防衛省・自衛隊は、引き続きこのようなプロフェッショナリズムを発揮し、冷静かつ毅然と対応してまいります。
同時に、先般の日中防衛相会談で、私から董軍国防部長に対して伝えたとおり、日中間では、具体的かつ困難な懸案から目を背けず、むしろ懸案があるからこそ、率直な議論と意思疎通を粘り強く重ねることが必要不可欠です。防衛省としては、我が国周辺海空域における警戒監視活動に万全を期していくとともに、引き続き、防衛当局間においても、しっかり意思疎通をしてまいります。
3.レーダー照射の背景と意図
12月9日、ネット番組「ニッポンジャーナル」は、元陸上幕僚長の岩田清文氏をゲストに迎え、中国のレーダー照射の意図について次のように解説しています。
〇中国軍機によるレーダー照射の背景と意図番組では中国のレーダー照射は完全な確信犯であり、現場の跳ね上がりの単なる暴走ではないとした上で、レーダー照射があった海域が第1列島線と第2列島線の間にあることから、自衛隊機を呼び込む意図があったと述べています。
・意図的な挑発行為の断定:
+土曜日に発生した2回のレーダー照射(1回目約3分間、2回目約30分間)は、異なるF-15機に対して行われており、単なる操縦ミスや現場の暴走ではなく、完全に意図的・計画的な確信犯的行動である。
・高市政権への強い反発:
+中国側の行動は、高市総理(当時)の強硬な発言と、日本が従来の政権のように中国のハラスメント(観光停止、レアアース輸出規制、水産物輸入規制など)に屈しない姿勢を見せていることへの習近平主席の強い焦りの現れ。
+習近平主席がトランプ大統領(当時)に高市総理の対応について苦情を申し立てたと推測されるが、トランプ大統領は日米の連携を重視し、高市総理に指導的な発言はしなかった。 ・戦略的な訓練の一環としての位置づけ:
+今回の行動は、高市総理の発言への即座の反応というよりは、むしろ中国が例年実施している台湾有事に向けた大規模な展開訓練(艦艇100隻近い規模)の一環として行われたものである
+中国は事前にブリーフィングをしない「何をやっているか分からない訓練」を重視しており、これは真剣な有事対応の訓練であることを示している。
・地理的・軍事的な狙い:
+レーダー照射が発生した場所は、沖縄本島南東の公海上空、沖大東島(無人島)の近傍であり、第1列島線と第2列島線の間という戦略的に重要なエリア。
+この海域で訓練を行うことで、自衛隊機を必然的に呼び込み、緊張状態を作り出すという「呼び込み」戦術の意図が感じられる。
+過去にも(今年6月など)、中国空母艦載機J-15が海上自衛隊のP-3C対潜哨戒機に対し危険な行動を取っており、海洋進出が常態化している。
・中国海軍の外洋化の進行:
+中国の空母「遼寧」は、南鳥島の排他的経済水域まで展開し、2日間で100回もの発着艦訓練を実施するなど、外洋海軍としての自信を深めている。
+ワシントンポストも中国海軍が第1・第2列島線間でプレゼンスを常続的に示す能力を得ていると警告している。
+将来的に、新しい空母「福建」がカタパルト方式を採用することで、早期警戒管制機(KJ-600)の運用が可能になり、陸上レーダーの範囲外である第2列島線よりさらに遠方まで、本格的な空母打撃群を展開できるようになるため、より一層の警戒が必要である。
〇国内政治の反応
・公明党代表の発言への疑問:
+公明党の斉藤代表が、この30分間にわたるレーダー照射に対し「偶発的要素」の可能性に言及したことについて、国際的な緊張を避けたい中国寄りのスタンス(ポジショントーク)として、理解に苦しむ発言である。
+この発言は、公明党が連立与党から離れたことで、それまで抑えられていた本音が出てきたものであり、以前から政権内で中国への対応について「足かせ」となっていた可能性がある。
もしそうだとすれば、中国側はわざと挑発し、仮に、自衛隊機が先に手をだそうものなら、一気に日本を悪者にしようと狙っていたのかとさえ、穿ってしまいます。
そう考えると30分も断続的にロックオンされ続けながら、手を出さなかった空自パイロットの自制心には驚嘆すべきものがあると思います。
4.切り札がある自衛隊
12月11日、自衛隊は内倉浩昭統合幕僚長と森田航空幕僚長が定例の記者会見を行いました。
その中で、当然ながら、中国によるレーダー照射についての質問が飛びました。その部分のやりとりは次の通りです。
記者(日本テレビ):中国側のレーダー照射の分析結果については、自衛隊の能力が分かるので、明らかにできないとのことですけれども、裏を返せば何らかの情報を持っていることになります。
冒頭ご発言にありましたレーダー照射事案に関しまして、中国側は日本側が訓練区域に侵入し接近したであるとか、日本側がレーダーを照射したなど、自衛隊機側が中国側を挑発したとする主張を繰り返しています。これらについて幕僚長としてどのように受け止め、考えていらっしゃるか教えてください。
内倉統合幕僚長:
今回に関わらず、航空自衛隊の戦闘機は国際法および国内法を遵守し、安全な距離を保ちながら厳正に任務に当たっております。空母が所在した海域は日本の防空識別圏内であり、領空の保全と国民の生命財産を守る責務を有する自衛隊が対領空侵犯措置を適切に行うことは当然です。 中国側の「自衛隊が安全な飛行を深刻に阻害した」との指摘は当たりません。2点目の「自衛隊側がレーダーを使用した」件は、部隊に確認しましたところ、していないことが確認できました。
記者(共同通信):
レーダー照射について、火器管制目的か捜索目的か判断できないとのことでしたが、その後の分析で中国側の意図・狙いについて分析はありますか。また、統合幕僚長のご経験から、30分程度の断続的な照射をパイロットはどのように感じるか教えてください。
内倉統合幕僚長:
照射を受けた側は目的を明確に判別できません。分析の結果については、我が方の能力が明らかになるためお話しできません。 私のF-15パイロットとしての経験では、約30分間にわたる断続的な照射を受けたことはありません。飛行中は手袋に「冷静厳格」と書いて常に確認していました。そのような状況下では、大変危険を感じていたと思います。
記者(共同通信):
F-15戦闘機がレーダー照射を受けた件について、航空幕僚長の受け止めと、パイロットの状況説明についてお聞かせください。
森田航空幕僚長:
パイロットへの聞き取りの詳細はお答えできません。今回のレーダー照射は、航空機の安全な飛行に必要な範囲を超える危険な行為であり、極めて残念です。中国側には強く抗議し、再発防止を厳重に申し入れたと承知しています。航空自衛隊として、冷静かつ毅然と対領空侵犯措置を実施してまいります。
記者(毎日新聞):
現場のパイロットが冷静かつ毅然と対応するために最も重要になってくることは何でしょうか。
森田航空幕僚長:
私自身はパイロットではないので心持ちについては分かりかねますが、普段からしっかり訓練を積み重ねて、訓練でやってきたことを実戦でもしっかり行うことが重要です。また、長時間にわたりレーダー照射を受ける極めて緊張を強いられる状況で冷静に任務を遂行したパイロットや地上クルーを、組織として誇りに思っており、組織的な対応も冷静かつ毅然とした対応に繋がると考えます。
これについて、ジャーナリストの須田慎一郎氏は自身の動画チャンネルで解説しています。
件の動画の概要は次の通りです。
・中国メディアが公開した音声データを巡る「事前通告の有無」の議論は、中国が仕掛けた情報戦に誘導されているものであり、本質ではない。当然のことですけれども、自衛隊、日本政府は、レーダー照射の詳細な記録や交信記録の全容など、中国側の主張を覆す「切り札」となるデータを全て保有しているとのことです。中国が情報戦を続けるならば、どこかのタイミングでその切り札が切られることになるのでしょう。信じて見守っていきたいと思います。
・中国側の危険な行為の事実:
+中国の空母「遼寧」が、飛行計画を提出せずに日本の防空識別圏(ADIZ)内に侵入し、艦載機を発艦させた。
+自衛隊の識別要求に対し、中国側は対応を拒否し、ホットラインも機能しなかった。
+その上で、中国戦闘機は自衛隊機に対し、30分以上にわたるレーダー照射という極めて危険な軍事行動を行った。
・中国メディアが公開した事前通告の音声データには、ADIZ内飛行に必要な具体的な情報(訓練の規模や空域など)が含まれておらず、かえって日本側への情報提供が不十分だったことを証明してしまった。
・日本(自衛隊・政府)は、レーダー照射の詳細な記録や交信記録の全容など、中国側の主張を覆す「切り札」となるデータを全て保有している。
・防衛省と自民党は、世論戦・情報戦で優位に立つため、「切り札」を最も効果的なタイミングと方法で公開するための綿密なすり合わせを行っている最中である。
・現時点では「今、そのタイミングではない」として、公開を見送っている。
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