

1.失地回復なしの停戦は戦争を長引かせるだけだ
7月22日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、首都キエフの大統領府でウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のインタビューに応じました。
ゼレンスキー大統領は「ロシアとの戦闘を止めるということは、ロシアに一息つくための休止を与えるということだ……ロシアが自らの地政学を変更したり、旧ソ連構成共和国に対する要求を放棄したりするためにこの小休止を利用することはないだろう」と述べ、「2つの地域を飲み込んだマッコウクジラが、今になって戦闘をやめろと言っている……クジラは一休みして、2年後か3年後にさらに2つの地域を占領し、またこう言う、戦闘をやめろと。それが何度も何度も繰り返されることになる」と語りました。
一方、最近になってアメリカなどから供与された高機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」や155ミリ榴弾砲で、ドンバス地方におけるロシアの攻勢を鈍らせ、戦況を安定させる一助になっているとの認識も示しました。
なんでもこれらの兵器の投入で、ウクライナ側の死傷者数も減少。5月と6月の戦闘が最も激しかった時期には、1日当たり100~200人の兵士が死亡していたのが、今は30人ほどに減り、負傷者は250人前後になっているそうです。
もっとも、ゼレンスキー大統領は武器や支援を提供する西側諸国に謝意を示しながらも、「HIMARS(ハイマース)」の供給はウクライナが流れを変えるのに必要なものより全然低いとし、「より緊急に必要なのは、ロシアが前線から何百マイルも離れた平和な都市に長距離ミサイルを降らせるのを防ぐための防空システムだ」と述べています。
2.ハイマースの威力
ウクライナにはアメリカに供与された「HIMARS(ハイマース)」が8基あり、ロシア軍に大きな被害をもたらしているとされています。イギリスBBCのロシア語放送によると、6月にはHIMARSがロシア軍の弾薬庫14カ所を破壊したそうです。
当局者らによれば、アメリカ国防総省はウクライナへのHIMARSの供与に時間をかけました。なぜなら、ウクライナに使いこなせるかどうかが不安だったからです。
けれども、ウクライナ軍は体系立てて標的を選び、ロシア軍の補給線を阻み、指揮所を攻撃して、敵の進軍をほぼ完全に停止させようとする巧者ぶりを見せ、今ではアメリカとヨーロッパの当局者らは、ウクライナ軍の標的の選び方を高く評価しているとのことです。
あるウクライナ軍高官によれば、軍は国内にあるロシア軍の全ての施設を破壊するため、前線の後方およそ8キロの地点にある標的を狙って攻撃を繰り返し、アメリカ国防総省のある高官は「ウクライナ軍は組織的に標的を選び、それらを正確に攻撃し、ロシア軍の能力を確実に低下させている」とコメントしています。
ロシアはHIMARSの前線投入に神経を尖らせていました。6月1日、ロシアのリャプコフ外務次官はアメリカによるウクライナへの武器提供は米ロの直接衝突のリスクを高めると述べていました。
というのも、HIMARSは重さが約18トンで、一度に6発の精密誘導ミサイルが発射可能。機動力が高く、発射後すぐに逃げられるからです。
ウクライナ軍高官は、最終的に数十基のHIMARSが供与されることを期待していると述べ、実際、ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相はHIMARSは戦況を変え得る兵器だとし、アメリカに対し100基の供与を要請しています。
その一方、ウクライナの当局者らは、いずれロシアがHIMARSへの対抗策を見つけるのではないかと危惧し、更に、イランがロシアに対し、最大100基の戦闘用ドローンを供与する可能性があることにも注意を向けています。何故ならHIMARSは空からの攻撃に太刀打ちできないからです。
こうしたことから、専門家は、HIMARSによって今後ロシアの弾薬庫がさらに破壊されたとしても、現在の膠着状態をさらに長引かせるだけではないかと考える声もでています。
3.終わりの見えないウクライナへの追加軍事支援
7月22日、アメリカはウクライナに対し、2億7000万ドル(約370億円)の追加軍事支援を発表しました。
記者会見した米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー報道官は、追加支援にはさらに、「HIMARS(ハイマース)」4基、小型戦術無人機「フェニックスゴースト」500機、砲弾3万6000発も含まれています。
これについて、明海大学教授で日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男氏は「この追加支援は5月に議会が承認した400億ドルの支援予算から支出される。しかし、この予算は9月末までのもので、10月以降は新たな財源が必要となるが、11月の中間選挙を控えて巨額の支援予算に共和党が反対するとみられている。ハイマースやフェニックス・ゴーストは成果を上げているようだが、米国のウクライナ支援は秋以降先細りする恐れがある」と述べています。
アメリカのバイデン大統領は「必要な限り」ウクライナに寄り添うとは言っていますけれども、それがどれほどの期間で、何が出来るのかを示せていません。終戦までの青写真がないのですね。
西側諸国のウクライナ支援とて無制限に続けられる訳もありません。今回のアメリカの軍事支援が尽きたら次もあるという保証もないのですね。
先週スペインのマドリードで開催されたNATO首脳会議に出席した民主党のクリス・クーンズ上院議員は、「経済的コストと他の差し迫った懸念があるため、幅広い国々の国民の疲労度を心配している……私達は決意を持って、ウクライナを支援し続ける必要があると思う……この事態がいつまで続くのか、どのような軌道をたどるのか、今はまだ分からない。しかし、ウクライナを支援し続けなければ、アメリカにとってより悪い結果になることは分かっている」と述べました。
4.我々に勝つ積りらしいがやってみるがいい
一方、ロシアのプーチン大統領は強気です。7月7日、プーチン大統領はロシア下院幹部らに向けた演説で、「彼らは戦場で我々を負かしたいのだと聞いている。やってみるがいい」と述べ、「大体において、我々はまだ何も本格的に始めていないことを皆知っているはずだ」と付け加えています。
強がりなのか何なのか分かりませんけれども、プーチン大統領は、戦争が長期化すればするほどウクライナ側は交渉を行うのが困難になると主張しています。
6月27日、ゼレンスキー大統領はドイツで行われたG7サミットにオンラインで参加し、「年内に戦争を終わらせたい」と述べ、厳冬期に戦争を続ける難しさをその理由に挙げたそうです。
これと、冒頭で取り上げた、ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューでゼレンスキ―大統領は、失地回復なしの停戦はないと明言したことを考え合わせると、要するにゼレンスキー大統領は年内にロシア軍をウクライナから追い出すといっている訳です。
けれども、現実問題として、ウクライナにそんな実力と支援体制が取り続けられるのか。
先述のクーンズ上院議員は「われわれが道を踏み外さない限り、ヨーロッパの同盟国も道を踏み外さないだろう……しかし、これは終わるには長い道のりだ」と西側諸国もプーチン大統領と同じように忍耐強くなる必要があると述べています。
ただ、イギリスのジョンソン首相が退任し、イタリアのドラキ首相が辞任。アメリカのバイデン大統領は支持率低迷で、秋の中間選挙での大敗が確実視されています。
こんな状態でどこまでウクライナを支援し続けられるのか。
ウクライナ情勢はいつ急展開を見せるか分かりません。日本もその積りで事に当たらなければならないと思いますね。
この記事へのコメント