

1.GDP比2%どころでは足りない
8月19日、自民党の萩生田光一政調会長は、インターネット番組に出演し、岸田政権が目指す防衛費の「相当な増額」について、「本当に国を守るために積み上げていったら、2%どころでは足りない……限られた期間で、防衛力を高めていく、抑止力を上げていくことは、まさに喫緊の課題。政調会長として真っ先に取り組みたい」と対GDP比で2%以上の増額を求めました。
自民党は先の参院選で、対GDP比2%以上も念頭に5年以内に抜本的強化するとしていましたけれども、これまでのところはどうなっているのかというと、令和4年の防衛白書で次のように説明されています。
1 防衛関係費の概要このように、2022年度当初予算では、前年度と比べて553億円(1.1%)増の5兆1788億円と過去最大と謳っているものの、その3分の2は、人件・糧食費や装備品修理費や基地対策経費などの維持管理のためのもので、新しい装備品の購入費用は2割もありません(15.8%)。
防衛関係費には、防衛力整備や自衛隊の維持運営のための経費のほか、基地周辺対策などに必要な経費が含まれている。
わが国周辺の安全保障環境がこれまでにない速度で厳しさを増す中、各種事業の実施を加速し、必要な防衛力を大幅に強化するため、令和4(2022)年度当初予算は、「防衛力強化加速パッケージ」として、令和3(2021)年度補正予算と一体して編成した。
また、研究開発費は、次期戦闘機などの開発に加え、ゲーム・チェンジャーとなり得る最先端技術への投資を大幅に増やすこととし、過去最大となる、796億円(37.6%)増の2,911億円を計上した。
なお、令和4(2022)年度当初予算は、前年度と比べて553億円(1.1%)増の5兆1,788億円、米軍再編などを含めると5兆4,005億円であり、10年連続の増加を維持しており、過去最大である。
2 防衛関係費の内訳
防衛関係費は、隊員の給与や食事のための「人件・糧食費」と、装備品の修理・整備、油の購入、隊員の教育訓練、装備品の調達などのための「物件費」とに大別される。さらに、物件費は、過去の年度の契約に基づき支払われる「歳出化経費」と、その年度の契約に基づき支払われる「一般物件費」とに分けられる。物件費は「事業費」とも呼ばれ、一般物件費は装備品の修理費、隊員の教育訓練費、油の購入費などが含まれることから「活動経費」とも呼ばれる。防衛省では、このような分類の仕方を経費別分類と呼んでいる。
歳出予算で見た防衛関係費は、人件・糧食費と歳出化経費という義務的性質を有する経費が全体の8割を占めており、残りの2割についても、装備品の修理費や基地対策経費などの維持管理的な性格の経費の割合が高い。このため、歳出予算で見た場合、単年度でその内訳を大きく変更することは難しい側面がある。
また、使途別分類では、約4割が自衛隊員の給与や食事、約2割が艦船・航空機の燃料や維持管理であり、新しい装備品の購入は約2割に満たない。
歳出予算とは別に、翌年度以降の支払を示すものとして新規後年度負担(当該年度に、新たに負担することとなった後年度負担)がある。防衛力整備においては、艦船・航空機などの主要な装備品の調達や格納庫・隊舎などの建設のように、契約から納入、完成までに複数年度を要するものが多い。これらについては、当該年度に複数年度に及ぶ契約を行い、契約時にあらかじめ次年度以降(原則5年以内)の支払いを約束するという手法をとっている(一般物件費と新規後年度負担の合計は、当該年度に結ぶ契約額の総額(事業規模)であり、「契約ベース」と呼んでいる)。

2.予算概算要求の基本方針
8月22日、防衛省は8月末にまとめる2023年度予算概算要求を、過去最大の5兆5947億円とする方向で調整に入り、さらに、金額を明示しない「事項要求」も100件超盛り込む方向だ複数の関係者が明らかにしました。
「事項要求」とは、各省庁が財務省に次年度予算の概算要求を提出する際に、その時点で個別政策の内容が決まっていない場合に金額を示さずに項目だけ記載するやり方のことです。これは、国の基本戦略の改定や重要な国際交渉などを控えている際に適用され、年末に向けた予算編成過程で、政策の詳細を固めて予算額を追加要求します。直近では、2021、2022両年度の予算編成で武漢ウイルス対策で用いられました。
これまで、防衛省の事項要求は数件程度にとどまっていました。今回2023年度概算要求で100件超を見込むのは、年末に国家安全保障戦略など関連3文書の改定を控え、防衛力整備に関する政府方針が定まっていないからです。
7月末に政府が閣議了解した概算要求基準では「予算編成過程において検討する」としていますけれども、防衛省は8月4日の自民党会合で、2023年度予算概算要求の基本方針を示しています。
その基本方針で防衛省は、5年以内に防衛力を抜本的に強化するための重点項目として、次の8つの柱を提示しています。
・敵の攻撃圏外から撃てる長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」配備
・無人機の運用開始
・陸海空や宇宙、サイバー各領域横断作戦の能力整備
・弾薬確保や施設強靱化による継戦能力向上
・装備品の生産基盤強化
・部隊の機動展開力増強
・ミサイルなど「経空脅威」への対処
・ハイブリッド戦・情報戦への対応
ここでは、政府が保有を検討する「反撃能力」については言及されていなかったそうのですけれども、国家安保戦略の改定で、この「反撃能力」の保有にどこまで踏み込むかは一つの焦点となっています。
3.部隊弾薬定数
前述の概算要求の基本方針の柱の一つに継戦能力向上が上がっていますけれども、5月20日、安倍元総理はインターネット番組で、自衛隊の状況について「機関銃の弾からミサイル防衛の『SM3』に至るまで、十分とは言えない。継戦能力がない」と述べていました。
継戦能力というのは、「有事の際、組織的な戦いを継続できる能力」のことで、継戦能力を維持するためには、予備自衛官の確保、弾薬などの作戦用資材の備蓄、輸送能力の保持などが必要とされています。
この自衛隊の継戦能力の話は昔からあって、なんと平成元年(1989年)の防衛白書にも記載されています。
そこでは、「近代戦の特徴の一つとして、弾薬、魚雷、ミサイルなどを始めとする作戦用資材の使用量が膨大となる傾向がある。これらの不足は、自衛隊の能力発揮に致命的な影響を及ばすものであるので、有事において緊急に取得することが困難な作戦用資材については、平時から備蓄しておく必要がある。しかし、現在、その備蓄は、必ずしも十分ではないため、これを確保するための努力を続けている。また、防衛力の機動的運用を図り、作戦用資材などの補給を行うための輸送能力の充実にも努めている」と記載されているのですね。けれども、当時から23年経っても未だに、継戦能力がないという現状が本当ならば、由々しき事態だと思います。
今回の概算要求の基本方針で挙げられている継戦能力向上に「弾薬確保や施設強靱化」と具体例が述べられていますけれども、自衛隊員の能力、装備・技術が優れ、火器の命中精度が「百発百中」であったとしても、弾薬が尽きてしまえば、戦うも糞もありません。
ロシアを相手にウクライナがあれほど頑張れているのも、西側諸国から弾薬や武器が尽きることなく供給され続けているからです。
アメリカ陸軍省が概念化し、自衛隊も準用している「部隊弾薬定数:Ammunition Basic Load(BL)」というものがあるのですけれども、これは「作戦戦闘の勝利に必要な弾薬・火器などの量を示す単位」のことです。
例えば、改良型パトリオット(PAC3)だと、発射ランチャーに4発(M901発射機)または16発(M902発射機)の対空ミサイルを搭載したPAC3の1単位が1BLで、3回の射撃が可能な戦闘力は3BLと表します。
同様に、戦闘機の場合、ミサイル・ランチャーすべてに空対空ミサイルを装着して出撃する1回分を1BLと言い、2BLは、同じ条件で2回出撃できるということを表わしますけれども、これが1.5BLとなると、2回目の出撃時、1戦闘機に半数のミサイルしか搭載されていない、あるいは、全ランチャーにミサイルが装着され再発進できる戦闘機が半数になることを指します。
自民党の青山繁晴参院議員は、イージス艦のミサイルポッドの中にミサイルがなく、空になっていることを漏らしていますけれども、もしイージス艦のミサイルポッドが全部空だったとしたら、その艦のBLは「0BL」になってしまう訳です。これではただの「虚仮威し」です。

4.日本は5日で敗北する
いくらF35やTHAADなど最新の装備を保有していても、弾が無くなればどうしようもありません。
2016年1月、アメリカの外交専門誌「Foreign policy」は、ランド研究所が実施した尖閣諸島を巡る日中衝突のシミュレーション結果を公表しました。それは「日本は5日で敗北する」というものでした。
件の記事では、日本敗北までの5日間のタイムラインについて次のように記しています。
1日目:日本の超国家主義者(ウルトラナショナリスト)が東シナ海の小島に旗を立てる。北京は海軍の艦船を派遣。中国の海兵隊が活動家を「逮捕」する。まぁ、日本のウルトラナショナリストが尖閣に旗を立てたのが、戦端のスタートだという設定は、なんだかなと思わなくもありませんけれども、このシミュレーションでのアメリカの行動は「海・空軍で日本列島を守ることを提案するが、中国軍に対する攻撃的な行動は一切取らない」という消極的なものです。
2日目:日本が艦船と戦闘機を島に配備。東京は米国との相互防衛条約を発効させる。米国は、日本の国土防衛への協力を申し出、潜水艦を日本沿岸に配備する。
3日目:対決の末、中国海軍が日本の艦船2隻を撃沈。その後、アメリカの潜水艦が攻撃し、中国の駆逐艦2隻を撃沈。双方とも数百人の死傷者を出す。
4日目:中国がカリフォルニアの電力網とナスダックにサイバー攻撃を開始。中国のミサイルが日本軍に大きな被害を与える。
5日目:中国の攻撃により、日本の海上部隊の20%が壊滅し、日本国内の経済拠点が標的にされる。アメリカは、中国艦船をさらに攻撃するようにというトーキョーの要求を拒否。代わりに日本軍の撤退を援護する。中国は勝利を宣言する。
空母ジョージ・ワシントンを横須賀の母港から出港させるものの、中国の「空母キラー」ミサイルの餌食にならないように西太平洋を巡航させ、カリフォルニアにある第3艦隊の部隊は、あらゆる事態に備え、北中西部太平洋に向けて出撃。アメリカの攻撃型潜水艦は、係争中の島々の近くに配備するが、必要に応じて同盟国を支援することを中国に知らせる、といった具合です。
本当にアメリカがこんな対応を取るのなら、確かに自衛隊が5日間で白旗を上げることも考えられなくもありません。
このシミュレーションについて、空自元空将の織田邦男氏は、「シミュレーションの詳細が不明なため、この評価は難しい。複雑な要因が入り乱れる国際社会の中で、こんなに単純にはいかないというのが率直な感想だ。それより、ランド研究所は今、なぜこういう衝撃的な結果を発表したのだろう。筆者はその思惑の方に興味をそそられる」とコメントしていますけれども、ランド研究所の思惑は脇におくとしても、継戦能力のない自衛隊が単独で中国軍を撃退できると思うことそれ自身が「絵空事」であると認識すべきではないかと思います。
5.国民を守ることはできません
長い間、日本の防衛費はGDP比1%が続いてきましたけれども、嘉悦大学教授の高橋洋一氏は、「防衛省の会計課長が財務省からの出向者だから」というのがその理由だと主張しています。
会計課長は省の政策を取りまとめて予算で裏付ける出世ポストです。つまり予算を取れば取るほど、実績を出したことになり出世する訳なのですけれども、もし会計課長がその省出身ではなく、財務省からの出向者だと、その実績は逆になります。
つまり、予算を取れば取るほど、財務省からみたその省への支出が膨らむわけで、その会計課長の評価は低くなります。畢竟、財務省から出向した会計課長は財務省から見て評価が高くなる方向、つまり予算を絞る方向に動いてしまうのが当たり前になってしまいます。
例年の防衛省の事項要求が数件程度しかなかったのも、予算申請の段階で、財務省から出向してきた会計課長が、財務省の覚えがめでたくなるように、事前に要求を絞ってきたからだというのですね。
無茶苦茶な話です。
なにせ財務省は、ウクライナ軍がロシア軍に対して使った携行式対戦車ミサイル「ジャベリン」の方が戦車よりもコスパがよいなどと、兵士の損耗を全く考えない発言をするところです。
本来、防衛省は、財務省に対して「シロウトは黙ってろ」と𠮟りつけ、国民に装備の必要性を広く訴えなければならない立場の筈です。碌に弾もなく、継戦能力がないのであれば、尚のこと、今のままでは国民を守ることはできませんと強く主張すべきだと思います。
なんとなれば、ウクライナのゼレンスキー大統領のように、毎晩のようにビデオ演説して「武器を寄越せ」と叫ぶくらいの迫力があってもよいのではないかと思います。
少なくとも、財務省から出向した会計課長は首にして、自前の会計課長を据えるべきですし、もし防衛省に会計が分かる人がいないのであれば、経産省なりなんなり、財務省ではない人物を借りてきてでも、財務省は排除すべきではないかと思いますね。
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