

1.ロシアが「日出ずる国」だ
9月5日、ロシアのプーチン大統領は訪問先の極東カムチャツカで若者の自然保護団体のイベントに出席しました。参加者の一人から「ロシアは"カムチャッカから"始まる」と指摘されたのを受け、プーチン大統領は、「地理的に言えば、カムチャツカに言及する必要があると思う。私たちの隣人である日本人と日本という国は、一般的に『日出ずる国』と呼ばれているが、カムチャツカやサハリンは日本より東に位置し、さらに東にはニュージーランドがあり、ニュージーランドの東にはチュクチがある。そこからわずか60キロ離れたところにアメリカ大陸がある。この観点からすると、ロシアが『日出ずる国』だ……どこに住んでいようと、ロシアは人々から始まることを繰り返し申し上げたい」と述べたとタス通信が伝えています。
カムチャッカから始まると発言した人は、あるいは、カムチャツカが極東だからといって無碍に扱わないで欲しいという気持ちからの出たのかもしれませんけれども、これに対してプーチン大統領は先述の通りに答えた訳です。
「日出づる国」というフレーズはロシアや欧米では日本の二つ名として扱われているそうですけれども、この答えの「日出づる国」を引き合いに出したということは、日本という国がロシアにとってそれなりのステータスがあると認識されていることを示しているように思えます。
そして、プーチン大統領の「どこに住んでいようと、ロシアは人々から始まる」という言葉は、質問者に対し、極東カムチャツカにはステータスがあり、人が大事なのだ」とカムチャッカの人々を慰撫したのだろうと思います。
この発言に対して、翌6日、セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ特命全権大使は「ロシアはすべてを盗む。国のシンボル、歴史、文化、土地、洗濯機、トイレ、お金、穀物、金属。そして今、最後の一撃が来た。プーチンは、ロシアは日出ずる国であって、日本ではない、と言った。他国に対する尊敬の念がない。他の文化に対する敬意もない」とツイートしていますけれども、プーチン大統領の発言は国内向け、特にカムチャッカの人々に向けたものであって、日出ずる国というフレーズをステータスシンボルとして使っているであろうことを考えると、盗むとか、尊敬の念がないということではないように思います。
ロシアはすべてを盗む。国のシンボル、歴史、文化、土地、洗濯機、トイレ、お金、穀物、金属。そして今、最後の一撃が来た。プーチンは、ロシアは日出ずる国であって、日本ではない、と言った。
— セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ特命全権大使 (@KorsunskySergiy) September 5, 2022
他国に対する尊敬の念がない。他の文化に対する敬意もない。
2.新・サハリン2
今回のプーチン大統領の「日出づる国」発言について、東京財団の元上席研究員の佐々木良昭氏は「こんな話がプーチンの口から出るということは、彼の対日感情は悪くないということであろう」と述べていますけれども、筆者もそう思います。
日本政府はともかくとしても、少なくとも日本国民に対しては、悪感情を持っているとは思いません。
というのも、ロシアは、自国産の天然ガスを欧州向けには供給を絞る一方、日本に対してはそうしていないように見えるからです。
8月31日、三井物産は極東の資源開発事業「サハリン2」の新たな運営会社への参画がロシア政府から承認されたと発表しました。またこの日、ロシア政府は三菱商事についても参画を承認したと発表しました。
三井物産と三菱商事の出資比率は旧会社と同じで、それぞれ12.5%と10%となりますけれども、参画企業が揃い次第、50%強を出資する国営ガスプロムなどと株主間協定の交渉を始めるとしています。
これについて、三井物産は「国際社会の制裁措置に従いつつ、安定供給も踏まえて日本政府や事業パートナーと協議していく」とコメント。三菱商事も「今後様々なシナリオを想定しつつ、関係者との協議を通じて株主間協定書の条件とそれに伴うリスクなどを精査していく」と述べています。
もっとも、今の段階では株式取得が決まっただけで、旧会社の株主と同等以上の地位が約束された訳ではありません。ある商社幹部は「キャッチボールを始めたばかり。今後どんな球を投げてくるのか」と警戒感を滲ませているように、まだまだこれからの部分は多々あります。
一方、旧会社に27.5%弱出資していたイギリスのシェルは、そのまま撤退する模様で、ベン・ファン・ブールデン最高経営責任者(CEO)は7月末の決算説明会で「新会社へ出資する可能性は非常に低い」と発言しています。
シェルが新会社への参画を見送れば、シェルの持ち分相当の株式を9月5日から4ヶ月以内に売却しなければなりません。
これについて、プーチン大統領は5日、テレビ放送された当局者や実業家との会合で「十分な数のロシア企業と外国企業が参加を望んでいる」と発言したそうですから、シェルの持ち分である27.5%の株も売却する目途が立っているのかもしれません。
3.エネルギー安定供給の観点から非常に意義がある
日本政府は三井と三菱のサハリン2継続を歓迎しています。
9月1日、松野官房長官は記者会見で、「わが国のエネルギー安定供給の観点から非常に意義がある。官民一体でLNG(液化天然ガス)の安定供給に万全を期したい」と述べていますし、西村経産相も前日の8月31日、記者団に対し「わが国のエネルギー安定供給の観点から非常に意義がある。今後、新会社の株主の間でさまざまな議論が行われると認識しているが、引き続き状況を注視しながら官民一体となってLNGの安定供給に向けて万全を期していきたい」と述べています。
早速、1日には、ロシア政府でエネルギー政策を担当するノバク副首相が三井物産の幹部と会談したと発表しています。
ノバク副首相は「サハリン2やその他の共同事業への取り組みは両国にとって有益だ……エネルギー分野での協力の包括的強化を期待している」と三井物産のロシア事業の継続が議論されたとのことです。
また、サハリン2のほか、三井物産が権益を持つロシア北極圏の液化天然ガス(LNG)事業「アークティックLNG2」などについても話し合われたようです。
4.政府に振り回される三菱
一方、同じく新サハリン2に参画を決めたものの、若干の迷いが視られるのが三菱商事です。
サハリン2に関し、政府は三井、三菱に出資の継続を要請していました。
8月17日、西村経産相は経産省内で三菱商事の中西勝也社長と会談し、「サハリン2」事業を引き継ぐロシアの新会社に引き続き出資するよう迫っています。
これを受け、8月25日に、三菱商事は臨時取締役会を開いたのですけれども、「ロシア政府は今後もこれまでと同じ契約をきちんと履行するのか」、「政府の要請を受けて参画を決めても反故にされた場合、その損失をどう株主に説明するのか」、「リスクをどうカバーするのか。政府の支援はあるのか」など、一つの議案に1時間を超える時間を費やすなど白熱。激しいやりとりの末、サハリン2への参画を決めたのだそうです。
三井物産は、ロシア語に堪能な社員を約200人も抱え、サハリン2のほか、建設機械や自動車などの販売、ヘルスケア事業など幅広くロシアでビジネスを手掛けるなど、ロシアとのつながりも深く、資産額も22年3月末で4389億円と、三菱商事の倍近くあります。
対する三菱商事は「いつかは脱炭素の要請が日本にも来る」と再エネ事業に注力し、オランダの再生可能エネルギー大手「エネコ」に、中部電力も少額出資する形で5000億円投資しています。
2021年末に行われた秋田県沖など3件の洋上風力の入札で、他の企業グループを圧倒的にしのぐ安価な供給価格を提示して3件を総取り。欧州で原発4基分に相当する4000メガワットもの発電実績をもつエネコのノウハウを生かした連携が活かされました。
そして、新電力の一角として再エネ分野を強化するNTTや、再エネの大口需要家としてアマゾン・ドット・コムと相次ぎ提携するなど、政府の要請に呼応する形で脱炭素に取り組む一方、ベトナムの「ビンタン3」など東南アジアでの石炭火力発電からも撤退し、商社の中でも再エネ比率が3割を超えるなど脱炭素へのシフトを一気に進めていました。
ところが、先述の秋田の洋上風力の案件をめぐって、国内の中小再エネ業者が入札ルールの変更を迫り、それを受ける形で経済産業省・資源エネルギー庁が「安さだけでなく早期操業の点も重視する」と方針を変更したのですね。
政府の政策を見て再エネに力をいれていたところが、勝手にルールを変更される。その一方で、サハリン2への出資継続を求めてくる。政府に振り回されている感が拭えません。
西村経産相は、サハリン2事業について「官民一体となってLNGの安定供給に向けて万全を期す」などと発言していますけれども、三井、三菱を振り回すことのないよう、しっかりとした方針を定めて展開していただきたいと思いますね。
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