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1.領土放棄は選択肢
7月31日、ウクライナのゼレンスキー大統領は北西部のリウネ州を訪問し、そこでフランスのル・モンド紙、リベラシオン紙、レキップ紙、AFP通信など仏メディアのインタビューを受けました。
インタビューの主な内容は次の通りです。
〇停戦ゼレンスキー大統領はこれまで、ロシア現政権とのいかなる合意も拒否しており、プーチン大統領との停戦交渉は「不可能」とする法令に署名までしていました。それがここにきて、外交的解決を口にし、領土割譲についても最善ではないとしつつも選択肢として入れてきました。
・ウクライナ領土保全に関するすべての問題は、ウクライナ国民の意思なく、大統領や特定人、または世界の他の大統領が解決することができない問題だ。
・領土を放棄して戦争を終息させることは最善の選択ではない
・ロシアとの和平交渉でウクライナ領土の保全回復が必ず含まれなければいけないがこれを武力だけで達成しなければならないという意味ではない。ロシアが戦争を望む限り我々は最前線にいるが、ロシアが望めばこの問題を外交的に解決することもできる
・そのためにはウクライナ国民がこれを望まなければいけない
〇交渉
・今日、世界の大多数は11月に開催される、第2回首脳会議にはロシアの代表が出席しなければならない、そうでなければ我々は重要な成果を達成できないと言っている。
・全世界が彼らがテーブルに着くことを望んでいるのだから、我々はそれに反対することはできない
・我々は、第1回首脳会談で公に提示された和平の公式に基づいて計画を準備するつもりだ。私は外交官たちに日程を決めたいし、我々の国際パートナーにも同じことをしてもらいたい。その結果、11月には文書が作成される
・そこには、領土保全、主権など、すべてが含まれる
〇軍事
・敵を阻止する必要があるのに兵器を使用できないという事実は、大きな課題だ
・ウクライナ軍が適切と判断するようにこれらの兵器を使用できるよう同盟国を説得するために懸命に取り組んでいる
・残念ながら、われわれのパートナーは依然として事態のエスカレーションを恐れている
・もし我々がパートナーの武器を合意なしに使用すれば、彼らは『もう何も与えない』と言うことができるだろう。それはリスクだ。
・ウクライナの14個旅団のうち3個だけが装備されていなくて、ロシアを止めることができると思うか?
・この装備不足によって、ロシア軍は年初以来、数百平方キロメートルのウクライナ領土を占領することができた。
〇アメリカ大統領選
・ハリス副大統領はバイデン大統領とは違う人物であり、トランプ前大統領が当選してもどんな対話が行われるか現在のところ分からない
・11月5日の選挙結果がどう出るかは分からないが、ウクライナ支持に関しては議会の過半数を維持すると信じている。
・この過半数はアメリカ議会にとって重荷になるだろう。なぜなら彼らは国民の代表だからだ
・ウクライナ大統領として、私は自分のチームとバイデン、トランプ、そして今回のハリスのチームとの間で対話を持たなければならない。もしどちらかの陣営が選挙に勝った場合、将来がどうなるかを議論するために、連絡を取らなくてはならない
2.変化するウクライナ世論
ゼレンスキー大統領は、「和平のために領土を割譲する用意がある」とは言っていないのですけれども、ウクライナの世論は変化しつつあります。
7月24日、ウクライナのキエフ国際社会学研究所(Kiyv International Institute of Sociolog) は、戦争終結のための領土譲歩の準備状況と、特定の可能性のある和平協定に対する認識についての世論調査を行いました。
この調査は、2024年5月16日~22日と2024年6月20日~25日に、ウクライナ全土を対象に2つの別々の世論調査「オムニバス」を実施し、独自のモニタリングを加えて算出したものです。
それによると、「和平を実現し、独立を維持する」ためには領土の割譲を受け入れる、と答えたウクライナ人は32%と、2024年2月の26%から増加しました。2023年2月にはわずか9%だったことを考えると大きな変化です。
もっとも、領土割譲に反対する人は55%と、2023年12月の74%からは減少したものの、依然過半数を占めています。
これについて、元ウクライナ軍人の防衛アナリスト、ヴィクトール・コヴァレンコ氏は「すべての領土を奪還するというウクライナ人のかつての士気は、疲労と犠牲の大きさのために低下しているのかもしれない……ウクライナ軍も反撃能力を欠き、もっぱら守りに徹している。西側諸国は揺るぎ支援を約束しているが、援助は一向に届かないようだ」とコメントしています。
また、この世論調査で、平和のために受け入れられるシナリオについて尋ねたところ、回答者の62%が「NATO加盟を伴わないEU加盟と、すべての占領地の回復」というなら受け入れられると答えています。
そして、2番目に多い支持を集めたのは、クリミア半島と親ロ派地域であるドネツク州、ルハンスク州の支配権は事実上譲り渡すものの、ヘルソン州とザポリージャ州は完全に取り戻し、NATOとEUの両方に加盟する案で、53%でした。
これについて先述のコヴァレンコ氏は「ゼレンスキー大統領はこの戦争を、親ロシア派のドンバス地方を切り離し、ウクライナを強化できるチャンスと見ているかもしれない……ウクライナ社会のかなりの割合の人が、重工業が多いドンバス地方がウクライナの財政的な重荷になり、EU加盟やNATO加盟への道を妨害してきたことを、ためらいつつも認めている」と国境線をウクライナが独立した1991年当時に戻せと主張する人が減ったことで、ゼレンスキー大統領には、国内でほとんど反対を受けずに戦争を終結させる外交的余裕ができた、と指摘しています。
3.ウクライナ政治はアメリカの選挙劇に反応する
ゼレンスキー大統領は前述したフランスメディアのインタビューで、アメリカ大統領選を気にしている発言をしていますけれども、7月23日、アメリカのシンクタンクのウィルソン・センターは「変化の風:ウクライナ政治は米国の選挙劇に反応する」という記事を掲載しています。
件の記事の概要は次のとおりです。
・表面的には、ウクライナの政治は2022年2月以来、ほとんど停止している。2022年2月24日のゼレンスキー大統領による戒厳令宣言により、多くの憲法上の自由 が制限され、マスメディアは 政府の強力な統制下に置かれ、政治的競争 は制限された。国家の団結と権力エリートの結束は、ロシアのウクライナ侵攻によってもたらされた実存的脅威に対する答えであった。ウィルソン・センターの分析によると、ゼレンスキー大統領の戦争終結への態度の変化は、今のアメリカのウクライナ支援を巡る政治的混乱に原因があるとしています。
・しかし水面下では、様々な政治派閥が社会の共感、国家予算の支出、そして国家の将来に関わるプロジェクトに対する影響力を求めて競争を続けてきた。これらの派閥にとって、国際政治や西側諸国との関係は手の届かないところにあった。
・この領域はウォロディミル・ゼレンスキーの領域だった。そのような独占の強制の顕著な例は、野党「欧州連帯」のリーダーで元ウクライナ大統領のペトロ・ポロシェンコに対する度重なる海外旅行禁止である。彼と彼の支持者は、 2022年、 2023年、そして 2024年に米国とEUでの重要な会議に出席することを禁じられた。 ゼレンスキー大統領の任期6年目において、国際的な承認と西側諸国の支援は、大統領職と大統領政権の両方の安定にとって決定的に重要である。
・米国における現在の政治的混乱は、ゼレンスキー大統領にとって新たな課題を、そして野党にとって新たな機会を生み出している。ウクライナの各陣営の政治家は、 NATO首脳会議の宣言におけるウクライナに対する慎重な表現、ドナルド・トランプ氏に対する暗殺未遂事件、そしてそれに続く 11月の大統領選挙でのトランプ氏の勝利の可能性の高まりを注意深く観察してきた。そして、バイデン大統領が 選挙戦から撤退を決めたあと、彼らは現在、民主党の新候補者をめぐる討論会を同じくらいの注意で見守っている 。これらの出来事はさまざまな反応を引き起こし、今後数ヶ月間のウクライナ政治の変化を示唆している。
・ゼレンスキー大統領はワシントンでのNATO首脳会議から帰国し、西側諸国の指導者らがホワイトハウスとウクライナ支援に関する政策の変更を準備していることを理解した。米国政治の混乱がゼレンスキー大統領の戦争終結計画の変更の原因である可能性が高い。大統領は2年ぶりに交渉による戦争終結の可能性を示唆した。
・ゼレンスキー氏はまた、ドナルド・トランプ前米大統領とのコミュニケーション再開に不安を抱えながら試みてきた。2019年当時、両政治家の間には 多くの意見の相違があった。2024年7月19日、ゼレンスキー氏のチームは共和党候補との電話会談を開始した。ゼレンスキー氏のチームは 、この会話で、ウクライナ大統領はトランプ氏に「共和党候補としての指名を祝福し」、「暗殺未遂を非難し」、「ロシアの侵略から我が国を守るために米国議会における超党派および両院の支援が果たす決定的な役割を強調した」と報告した。一方、トランプ氏はこれを「非常に良い電話会談」と表現した。しかしその後、ゼレンスキー氏は、 将来トランプ氏と交渉するのは「大変な仕事」になるだろうと 認めた。
・バイデン大統領とゼレンスキー大統領のチームの関係は良好のようだ。その証拠に、 バイデン大統領が11月の選挙から撤退したことに関するゼレンスキー大統領のメッセージの調子にある。「近年、多くの強い決断がなされ、それらは困難な時代への対応としてバイデン大統領が取った大胆な措置として記憶されるだろう。そして我々は今日の厳しいが強い決断を尊重する。」キエフは、大統領執務室に誰がいるかに関係なく、ホワイトハウスとのパートナーシップを継続したいと確実に考えている。
・ワシントンが自国の政治課題にますます重点を置くようになったため、キエフは国際的接触を多様化させている。ゼレンスキー大統領のチームは、明らかに国際政治における西側以外の有力者との対話を模索している。2024年7月22日、中国外相は、 中国がウクライナのドミトロ・クレーバ外相の北京訪問を企画したと発表したが、ウクライナではこの訪問を予想していた人はほとんどいなかった。これはロシアの侵攻開始以来クレーバ外相が中国の首都を訪問する初めての機会であり、一部の観測筋はすでに この訪問をバイデン大統領の発表と 結び付けている。
・この資料を準備する間、私は主に野党派閥(現在ではユリア・ティモシェンコのバトキフシチナ、ポロシェンコの欧州連帯、ホロス、および公式に合計約100票に達するいくつかの小規模な国会議員グループを 含む)の6人の国会議員と話をした。彼らは個人的および政党的な立場は異なっていたが、3つの問題で意見が一致した。
・まず、ゼレンスキー政権が非公式に民主党との関係を重視したことで、共和党との関係がかなり冷え込むという形で反発が生じる可能性がある。そうなれば、かつては疑いようのないゼレンスキー政権の国内政治の優位性が損なわれることになるだろう。
・第二に、ゼレンスキー大統領はおそらく戦争を凍結するために間接的な外交プロセスを加速しようとするだろう。民主党がホワイトハウスと上院を支配している間は、キエフはそのような交渉においてより強い立場に立つかもしれない。
・第三に、ウクライナ政治におけるポロシェンコ前大統領の役割は増大すると予想される。5年間権力の片隅にいた後、ポロシェンコはゆっくりと中道に戻りつつある。彼はジョー・バイデン、ドナルド・トランプ両大統領の任期中、両者とかなり生産的な関係を築いてきた。ポロシェンコの政党理念は、いくつかの点で現在の共和党に近い。そして、 最近、大統領選挙が発表されればいつでも選挙に参加する意向を表明したポロシェンコは、世界的な思想の右傾化が自分に有利に働くかもしれない。
・基本的に、最高会議のメンバーは権力の流れの変化を感じ取り、それを利用しようとしている。同じ現象が国会の議場の外でも発生している。
・議会外の野党政治家やグループは、米国の変化にそれほど敏感ではない。ウクライナの元ウクライナ軍司令官で現駐英大使のヴァレリー・ザルジニー氏は沈黙を守っている。ゼレンスキー大統領の最近の英国訪問中、ザルジニー氏は 忠実な外交官として大統領を出迎える写真に登場した。5か月の沈黙の後、かつては有望な新人政治家だったザルジニー大使は、 政治的な展望を失ったことを受け入れたようだ。
・しかし、戦争の最初の数か月間ゼレンスキー政権の代弁者であり、現在は 亡命中のオレクシー・アレストヴィチ氏や、他の野党勢力は、アメリカ政治についてもっと率直に発言し、それに反応している。彼らは 、ワシントンの変化が戦争の凍結と戒厳令の終了につながり、大統領選挙や議会選挙の道が開かれ、戦後のウクライナで新しい政治勢力にチャンスが開かれると考えているようだ。彼らは政治生活の復活に向けて準備を進めており、将来の競争に必要なリソースを集め始めている。
・ワシントンから吹く変革の風は、ウクライナの凍り付いた政治を温めている。今のところ、この風はハリケーンではなくそよ風だ。今後、米国の首都から流れるニュースの流れによって、ウクライナの政治情勢がどのように変化するかが明らかになるだろう。
今でさえ、西側諸国の支援が足りないと言っているのに、ここから更にアメリカが支援を止めようものなら、どうなるかなどいうまでもありません。
ウクライナ世論も、条件はどうあれ、徐々に和平交渉を是とする方向に傾きつつあります。果たしてゼレンスキー大統領がロシアとの和平交渉に臨み、締結させることができるのか。アメリカ大統領選と合わせて注目です。
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