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1.時間が経つにつれて関税は溶ける氷塊になるだろう
8月11日、日経新聞は、アメリカのベッセント財務長官に単独インタビューを行い、相互関税について「時間がたつにつれ角氷のように溶けていくべき存在だ」と、貿易不均衡の是正が進めば縮小する可能性を示したと報じています。
各種報道を見る限り、ベッセント財務長官は次の内容を語ったようです。
・トランプ政権が関税を使用する主な目的は、2024年時点で主要国中最大となる1兆1800億ドルの米国の経常収支赤字を「再均衡」させることだやはりというか、トランプ大統領が関税を外交交渉の手段に使っていると、ベッセント財務長官の口から明らかにされています。
・現時点ではこのような規模の赤字は潜在的に金融危機につながる可能性がある
・トランプ大統領が外交政策交渉に関税政策を利用している
・トランプ大統領の関税政策は製造業を米国に呼び戻すことを目的としている
・貿易不均衡が改善すれば、米国が他国からの輸入品に課している「相互」関税は引き下げられる可能性が高い。
・時間が経つにつれて、関税は溶ける氷塊になるだろう。生産が米国に戻れば輸入は減少する。そこでバランス調整を行う。
・27.5%の自動車関税の引き下げ時期は、英国と同様に合意から50日前後が1つの目安になる。
・トランプ大統領の経済政策は、税制、貿易、規制緩和という『三本足の椅子』のようなものだ。税制面では、『ビッグ・アンド・ビューティフル・ビル』を記録的なペースで成立させ、7月4日に署名、発効させた。貿易面では、10月下旬までに関連作業がほぼ完了すると考えている。規制緩和については、継続的な取り組みであり、新しい規制1つにつき、古い規制10件を廃止しなければならないと明言している。
ベッセント財務長官は、時間が立てば関税は溶けてなくなるといっていますけれども、トランプ関税の目的が製造業をアメリカに呼び戻すことなのであれば、その程度にもよりますけれども、2カ月や3カ月でそれが達成されるとは思えません。
7月7日のエントリー「トランプ関税への邦人企業の対策」で述べましたけれども、邦人企業はトランプ関税に対し「価格転嫁」「USMCAの積極活用」「サプライチェーンの調整」の3つ方策で対応しようとしており、すぐに生産をアメリカに戻す姿勢は見せていません。
従って、ベッセント財務長官が、自動車関税の引き下げ時期は合意から50日前後といった意味は、製造業をアメリカに呼び戻すための時間ではなく、貿易不均衡の改善がなされるための時期とみるべきだと思います。
2.アメリカの行動は不公平、不当、かつ不合理である
今や世界各国はトランプ関税に振り回されているような状況ですけれども、国によっては、とんでもなく高率の追加関税を課されている国もあります。たとえばインドです。
7月30日、トランプ大統領は、自身のSNS「Truth Social」で、インドに25%の追加関税を課すと発表しました。これにより両国の関税率は合計50%となります。
更に、インドで精製され、最近まで制裁対象外だった石油製品として世界中に再輸出されているロシア産原油の主要購入者についても制裁を科すとしています。
これに対し、インドは8月6日、公式に反対声明を出しました。その内容は次の通りです。
米国はここ数日、インドによるロシア産原油輸入を標的にしている。声明を見る限り、トランプ大統領の要求を完全拒否しています。
・インドは既にこれらの問題に関する立場を明確にしており、輸入は市場要因に基づいており、14億人のインド国民のエネルギー安全保障を確保するという全体的な目的を持って行われている。
・したがって、他の多くの国が自国の国益のために行っている行動に対し、米国がインドに追加関税を課すことを選択するのは極めて遺憾である。
・これらの行動は不公平、不当、かつ不合理であることを改めて表明する。
・インドは国益を守るために必要なあらゆる措置を講じる。
3.なぜインドはロシアの石油購入を止めないのか
このインド政府の対応について、インド国営放送の「DD India」 は、「トランプのインドに対する50%の関税:なぜインドはロシアの石油購入を止めないのか」という趣旨の放送をしています。
件の放送の概要は次の通りです。
・トランプ大統領の関税倍増: トランプ米大統領は、インドへの関税を25%から50%に引き上げました。これは米国が他国に課した関税としては最高水準であり、ブラジルと同率です。インドは、アメリカやEUもロシアとの貿易を続けているにもかかわらず、インドのみを標的にするのは「不当かつ不公正」であると強く反論し、これからもロシア産原油を輸入しつづけると宣言しています。
・追加の25%関税は即座には発効せず、21日間の猶予期間を経て8月27日に発効します。
・この措置は、インドがロシアから石油を購入していることが米国の国家安全保障を脅かすためとされています。トランプ大統領は、インドがロシア産石油を公開市場で高値で転売して利益を得ていると非難しています。
・よく見ると、トランプ氏は熱い言葉と冷たい言葉を使い分け、攻撃と和解を混ぜ合わせた「飴と鞭」の戦略を使っています。
・しかし、インドは態度を崩さず、トランプ氏の批判に反論しています。インドは追加関税を不公平で、不当で、不合理だと非難しています。
・トランプ氏が条件を押し付けようとする中、インドは手ごわい相手であることを示しています。インド外務省の公式声明は、アメリカだけでなく西側の偽善を露呈させています。
・インドは、米国自身が原子力産業向けの六フッ化ウラン、電気自動車向けのパラジウム、さらには肥料や化学薬品をロシアから輸入し続けていると述べています。
・欧州連合の対ロシア貿易については、インドは2024年にEUがモノで675億ユーロの二国間貿易を行い、2023年には172億ユーロ相当のサービスを取引したと指摘しています。これは、同年のインドの対ロシア総貿易額を上回っています。
・それだけではありません。ロシアからのLNG輸入だけを見ても、欧州は過去最高の1650万トンを記録しました。これは2022年の前回の記録である1520万トンを上回っています。
・さらに、欧州とロシアの貿易はエネルギーだけにとどまらず、肥料、鉱業製品、化学薬品、鉄鋼、機械、輸送機器なども含まれています。
・これは単純に、ロシアとの取引を理由にインドを批判する国々が、自らもロシアと取引していることを意味します。
・ここで留意すべきは、インドと異なり、米国も欧州もロシアとの貿易が国家的な「必要不可欠な行為」ではなかったという点です。
・トランプ氏はこれまでもインドのロシア産石油購入に反対していましたが、購入した石油を公開市場で高値で売却しているとインドを批判したのは今回が初めてです。
・確かにインドは原油を輸出しませんが、精製された石油製品は輸出しています。インドは割引されたロシア産石油を輸入し、それをガソリン、ディーゼル、ジェット燃料などの燃料に精製し、ロシアからの石油輸入を禁止している欧州を含む国際市場に輸出しているのです。
・では、このインドとロシア間の原油取引から誰が利益を得ているのでしょうか?とりわけ欧州諸国がそうでしょう。
・2022年2月にロシアがウクライナに侵攻し戦争が始まると、エネルギー価格は急騰しました。これは、欧州が代替エネルギー源を求め、インドがエネルギーを調達している湾岸諸国でエネルギーを探し始めたためです。その結果、ロシア産原油が世界の他の国々でも利用可能となる道筋を見つける必要があり、米国政権を含む西側諸国の同意を得て、インドがその道筋となりました。
・米国と多くの西側諸国は、石油販売によるロシアの収益を抑制したい一方で、世界のエネルギー市場の安定のために供給が国際市場からなくなることは望んでいませんでした。だからこそ、ジョー・バイデン氏が米国大統領だったときに、ロシア産石油を制裁下にする代わりに、ロシア産原油の価格上限が導入されたのです。
・ロシアは世界のトップ石油生産国の一つです。その石油輸出が市場からなくなれば、国際的な石油価格は大幅に上昇する可能性があります。ロシア産石油を購入してきたインドのような国々は、自国の購入が石油価格を抑制してきたと主張しています。
・重要な問題は、インドはロシア産原油を不当に購入しているか?価格上限を破っているか?制裁対象の石油を購入しているか?ということです。そうした証拠はありません。
・インドが永久にロシア産石油の購入を拒否する理由や方法があるとは思えません。
・2022年、ワシントンD.C.で開かれた当時の米政権関係者との共同記者会見で、J・シャンカル博士は「石油購入について言及されたようですね。ロシアからのエネルギー購入について見れば、欧州に焦点を当てるべきだと私は提言します。我々はエネルギー安全保障に必要なエネルギーをいくらか購入していますが、数字を見れば、我々の1カ月の購入総額は、おそらく欧州が午後だけで行う購入額よりも少ないだろうと私は推測します。ですから、そのことについて考えてみてはいかがでしょうか」と、ロシアからのエネルギー購入に関する欧州の二重基準を粉砕しました。
・J・シャンカル博士は、公平さが不可欠であり、支配は明確に拒否すると西側に示唆しています。
・多くの人々の共通の願いは、少数の国に支配されるのではなく、公平で代表的なグローバル秩序が実現することです。今回の論争は、リチャード・ニクソン政権下の1970年代、1971年のバングラデシュ独立戦争中に、米国が原子力空母USSエンタープライズを第7艦隊とともにベンガル湾に派遣してニューデリーを威圧しようとした、ワシントンの悪名高い行動を思い出させます。
・今回の場合、インドは自国の国益と経済安全保障を守るため、必要なあらゆる措置を講じると述べています。
・ロシア産原油が代替品よりも安価である限り、トランプ氏の脅しが、モスクワから原油を調達するというインドの決定に影響を与える可能性は低いでしょう。
・インド政府はこれまでのところ、西アジアや米国からの購入に比べて大幅な割引価格で提供されるロシア産原油から、インドの石油精製業者を引き離す動きを見せていません。
・では、なぜドナルド・トランプはロシアと取引しないようインドに圧力をかけているのでしょうか? ウクライナでの戦争を終わらせるようロシアに圧力をかける西側諸国による間接的な圧力でもあります。
・ロシア・ウクライナ戦争を数日で終わらせたいと公言しているドナルド・トランプ氏にとっては、これらの国々が米国との貿易交渉を控えている今、インドや中国などの国々にロシアからの輸入を巡って圧力をかけるのに都合の良い時期なのです。
・ここで注意すべきは、ロシア産石油の最大の買い手はインドではなく中国だということです。2024年、中国は626億ドル相当のロシア産石油を輸入したのに対し、インドは527億ドルでした。しかし、トランプ氏は最近、中国よりもインドをより批判しています。おそらく、地政学的な計算から中国を批判することに気が進まないのでしょう。
・まとめると、トランプ氏の脅しは、市場の現実を無視し、貿易データを誤って伝え、インド太平洋における重要なパートナーシップを損なうものですが、インドのロシアとの石油取引は完全な透明性と、米国との広範な理解のもとで行われてきました。
・インドは自ら決定を下します。これが「戦略的自律性」と呼ばれるものです。それは、シンドゥール作戦に関してであれ、あるいは良い時も悪い時もインドを支えてきた信頼できる戦略的パートナーであるロシアとの貿易に関してであれ、変わりません。
4.インドで急速に進む対米不信と印米関係の危機
この米印対立について、8月7日、防衛大学校人文社会科学群国際関係学科教授の伊藤融氏は「インドで急速に進む対米不信と印米関係の危機」という論考を、国際情報発信ウェブサイト「国際情報ネットワーク分析IINA」に寄稿しています。
件の論考のポイントは次の通りです。
〇トランプ大統領による一方的な関税措置伊藤教授は、この25%の追加関税について、パキスタンやバングラデシュ、スリランカはじめ、周辺国の税率が軒並み大幅に引き下げられたことで、電機・電子機器でASEAN に、衣料品でバングラデシュとパキスタンに勝てないとの懸念も出始めたことから少なからずショックだったのではないかと指摘しています。
関税発効: 7月31日に大統領令が発令され、8月7日よりインドへの「相互」関税25%が発効した。
交渉の決裂: トランプ大統領は、交渉が先行し合意間近と見られていたにもかかわらず、インドの交渉姿勢に不満を示し、一方的に関税率を突きつけた。
〇関係悪化の主な原因:トランプ大統領の言動
「印パ停戦」の功績主張: インドがパキスタンと停戦した際、トランプ大統領は「自身の仲介によるもの」と繰り返し主張した。これは、カシミール問題を二国間問題とするインドの「レッドライン」を越える行為であった。
パキスタンへの傾斜: トランプ氏はパキスタンの陸軍参謀長をホワイトハウスに招待し、停戦への感謝を伝えた。この行為は、冷戦期の米国の「印パのハイフン化」政策への回帰と受け止められ、インドの不信感を募らせた。
ロシアとの貿易に対する圧力: トランプ大統領は、ロシア・ウクライナ紛争で停戦に応じないロシアとの取引国に「二次関税」を課すと主張した。ロシアから大量の原油を輸入するインドは、これによって露骨な圧力を受けることになった。
侮辱的な発言: 「インドはロシア同様、『死んだ経済』だ」と嘲笑し、ロシア産原油の購入を理由に追加の関税(合計50%)を通告するなど、インドの「大国意識」を傷つける発言が相次いだ。
〇関税交渉におけるインドの立場
譲歩の余地なし: パキスタン問題に関するトランプ氏の言動への国内批判が厳しく、これ以上の譲歩は「圧力に屈した」と見なされるため不可能になった。
現時点での評価: 周辺国に比べて関税面で不利になるものの、日本やEUのように巨額の投資や輸入関税ゼロを約束していないため、「経済主権を宣言した」として評価する見方もある。
今後の対応: 米中交渉の行方を注視しつつ、今秋に合意された二国間貿易協定(BTA)の締結に向けて、協議を継続する方針と見られる。
〇深刻化する危機と日本の役割
クアッド会合への影響: 印米関係の悪化は、日米豪印の4か国で構成される「クアッド」首脳会合の開催(今秋デリー予定)すら危ぶませる事態となっている。
日本の仲介への期待: 日印関係は順調であり、8月末にはモディ首相の訪日も予定されている。双方の威信がぶつかり合う中、日本が両国の決定的な衝突を回避する「仲介者」としての役割を果たすことが期待されている。
他方、合意を急いだインドネシアやベトナムのように輸入関税をほぼゼロにすることを呑まされたわけでもないし、日本や韓国、EUのように大規模投資を約束させられたわけでもなく、インドは、「何の犠牲も払っておらず、何のカードも切っていない」と述べ、、今年2月の米印首脳会談時に合意した今秋の二国間貿易協定(BTA)の締結に向けて、腰を据えて協議していくことになるだろうと予測しています。
5.トランプの相互関税はいつまで続くのか
このインドのようにトランプ関税交渉を「腰を据えられて」行われると、アメリカ側に不利になる可能性もない訳ではありません。なぜなら、この関税を外交カードとして使うトランプ外交について疑義を呈する論調もあるからです。
8月7日、独立系シンクタンク「地経経済学研究所」は、「「相互」関税が発効したが、いつまで続くのか?」というポール・ナドー客員研究員の論考記事を発表しています。
件の記事の概要は次の通りです。
・トランプ大統領の「相互」関税が、ついに発効した。4月2日の発表後、2度にわたる一時停止を経て、8月7日に大統領令が施行されたためである。これはトランプ政権の「創造的破壊」政策の中核をなすものと見られる。これまでのところ、この関税をちらつかせることで、トランプ政権はEU、日本、韓国といった主要国から多くの譲歩を引き出してきた。しかし、この関税には法的な問題がある。ポール・ナドー客員研究員はトランプ関税は違法である可能性があり、訴訟如何では無効になるリスクがあると指摘しています。どのリスクの程度がどれくらいのものかは分かりませんけれども、そうしたリスクを抱えているとするならば、トランプ大統領としても関税が法的に無効だと判断される前にとっとと貿易不均衡を解消し、関税をクリアにする動機が働かないとも限りません。
・この関税は違法である可能性が高く、最終的に裁判官の判断によって無力化されるかもしれない。この戦略には大きなリスクが伴う。
・巨額の返還金:下級裁判所は、関税によって徴収された税収を輸入業者に返還するよう命じている。その額は現在700億ドルから800億ドルに上り、最終判決によってはさらに増える可能性がある。
・大統領の権限拡大:もしトランプ氏の主張が認められれば、大統領が自身の裁量で無制限に関税を課す権限を持つことになり、議会が関税政策から排除されることになる。
この問題の中心は、トランプ大統領が根拠とした1977年国際経済緊急権限法(IEEPA)と、憲法が関税権限を大統領ではなく議会に与えているという事実との間の矛盾である。トランプ大統領がIEEPAを選んだのは、この法律が手続き的な制約が少なく、外国との交渉で最大限の裁量を行使できるためだと考えられる。しかし、大統領の権限は議会の批准がなければ法的効力を持たないのが原則である。
・訴訟の論点:現在進行中の訴訟では、主に以下の2点が争点となっている。
1)IEEPAによる関税賦課の権限:裁判所は、IEEPAの文言から関税権限を推論すれば、大統領に無制限の権限を与えることになるとの懸念を示している。議会は貿易赤字に対処するための特定の法律を別に制定しており、もし大統領に関税権限を与える意図があれば、IEEPAに明記していたはずだと指摘している。
2)国家非常事態への適切な対応か:トランプ大統領は、貿易赤字や違法薬物取引を国家非常事態と宣言し、関税がその対応策だと主張している。しかし裁判所は、関税がこの問題に対する適切な手段であるか懐疑的な見方を示している。
現時点では、国際貿易裁判所を含む複数の下級裁判所が、IEEPAを利用した関税賦課というトランプ政権の考えを否定する判決を下している。政権側はこれに控訴しており、最終的な判断は最高裁判所に委ねられることになるだろう。
・今後の展望:関税が有効な間は、そのコストを負担するのは相手国政府ではなく国内の輸入業者である。そして、譲歩として得られた投資やエネルギー購入の約束は、表面的なものや非現実的なものが多く、関税が本当に効果的なのかという疑問も残る。
しかし、どのような判決が出ようとも、トランプ大統領が関税を重視している姿勢は変わらない。たとえIEEPA関税が最終的に違法と判断されても、彼には第232条など、より強固な法的根拠に基づく他の権限が残されている。
今回の訴訟は、トランプ政権の統治手法、すなわち大統領権限の拡大がどこまで許容されるのか、そして法治国家としての米国の強さを示す重要な試金石となるだろう。
ベッセント財務長官が、自動車関税の引き下げ時期は合意から50日前後と期限を切ってみせたのも、あるいは、そうした裏事情も働いているのかもしれませんね。

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